天敵、あらわる
*
ー 見つけた。
お前がここに来る。
かつての光なるもの
かつての闇なるもの
分離し、微小にして膨大なるもの
はじまりを手にしたお前は
まったきものとなり
その終わりを能うものなり
限りなきときの向こうへ
おいてきたと思われた時間が もし
ー 巻き戻るというのなら
力なる力を 正すためー
お前は、ここへ 来るのだな ー
※まったき:完全で欠けたところがないこと
*
ガサガサっ!!
「 ! 」
森の中から出てきたのは、白銀の大きな獅子。
背に人を乗せているらしかった。
幸か不幸か、背の人は何の反応も示さない所を見ると気絶しているのだろう。
かたや魔女は気こそ失ってはいないものの、
まばたきすら忘れ息をのんだ。
空気の塊が喉を通る。
その大きさにようやく、目の前の獅子が
ゲーム上で出てきたキャラだと気づき
「・・・うそ・・・」
震えるくちびるから声にならぬ声を発した。
「(あれは・・・ ”聖獣 バロン”だ。)」
思い出したら、余計に目が離せなくなった。
聖獣バロンは魔女の天敵。
唯一にして最大の壁になる、勇者の護り神。
その両眼は紅く、その口からは上下2本ずつ鋭い牙が生え
雄々しい白銀の立髪は流れるままに肢体を覆い
唸る声は竜巻を巻き起こす。
獰猛なる爪から繰り出される一撃は、大地を引き裂く。
物理攻撃をも防ぐ魔女に対して
聖獣バロンは瞬間の攻撃力で、その防御を破るのだ。
ゲーム内での勇者の立ち回りは、まず魔女への攻撃を可能とする”力”こそが
聖獣バロンの一手からだった。
だというのに
「(ど、ーど、どうして、え、だって
まだ、出てこない、・・・はず)」
ダラダラと嫌な汗を感じる。
ゲームでは物語後半に出現する天敵が、目の前にいる。
「(ー 殺される ー)」
自分の生唾を飲み込む音が聞こえる、目が逸らせない。
少しでも動いたら首をはねられる瞬間を容易に想像できた。
冷たい手先も、根が張ったような両足も
銅像になったみたいで動かせない。
極限の緊張が、気を失う直前の耳が聞こえなくなる状況に似ていた。
耳が聞こえなく、ー
グゥォギュルゥゥゥ〜ッッ!!
「? 」
自分の喉が鳴ったんじゃない。
空気を切り裂く腹ペコ音は
聖獣バロンから、音が出た。
「え?(すっごい音した・・・。
お腹空いてるのかな。)」
腹ペコ音に対し、緊張が緩和した。
ゴギュュゥルルルゥゥ〜〜っっ!!
(意訳:死ぬかもしれないほどのハラヘリ音です。)
腹の音で返事されたみたいだ。
かばんから出てきて魔女の肩にのぼっていたラースの
押し殺した緊迫の声がする。
「魔女、まずいぞ。」
魔女はラースの方を見ずに、小声で返事した。
聖獣バロンを意識して、見ている。
「わかってる。」
「私が転移魔法を、」
「(逃げる? ・・・いや、それは悪手になる。)」
魔女に一計の案がひらめいた。
「・・・しなくていいよ。」
「?! 何を、あなたは今魔法が使えないではないか」
非難めいた声に、魔女は聖獣バロンを見つめたまま
ラースに言った。
「大丈夫、な気がするから、任せて。」
アテになんねぇ。
だが、魔女は肩掛けかばんにそっと手を差し入れた。
「(魔女の家で用意しておいたものを・・・)」
自分の手より少し、大きな塊をつかむ。
「(大丈夫、きっと、大丈夫)」
耳の後ろから首に、汗が落ちた。
ちら、と目の隅にラースを見た。
ラースも聖獣バロンを見たまま動かない。
まとわりつく嫌な予感に、ラースは思う。
「(こんなところで聖獣バロンに出会うとは
あまりに出来すぎている、黒竜の魔力を察知したとは
考えにくい。だとすれば聖獣が供犠を得たからか
もしくは預言者が先回りしているかだ・・・。
魔女が魔法を使えない今、分が悪すぎる。
どうする・・・。)」
ラースすら気圧されているが、どちらとも言わず動かない状況は
互いにこう着状態だ。
だが、魔女はまったく別のことを考えていた。
「(聖獣だからって、
天敵だけど、怖いけど
お腹鳴ってたし。お腹鳴るぐらい
お腹空いてるの、・・・かわいそう。)」
魔女はいまだかばんの中の手を引き抜けず
聖獣バロンを見た。
「(けど、襲われたらどうしよう。)」
ゲームの中の聖獣バロンといえば
そりゃもう、“聖”なんてついてるが
えぐいくらい強い。何つったって
魔女の魔法をものともせず、腕を引きちぎる。
もう“聖”獣じゃない。“猛”獣だ。
だが、魔女は
「(でも、ひもじいって、悲しいから。)」
なんとなく聖獣バロンの腹ペコ音に同情してしまった。
食べられなかった辛さを覚えてた。
「(お腹空いてると不幸が駆け足で寄って来るから。)」
そう思ったら、魔女はかばんから自然と手を出し
聖獣バロンに見せつけた。
「?」
じっとこちらを見るだけで
聖獣バロンも動かない。
魔女は一歩、聖獣バロンに近付いた。
「魔女?! やめろっとまれっ」
ラースの制止を求める声が聞こえた。
魔女はその手を前に突き出しながら、また一歩近づく。
聖獣バロンは攻撃を仕掛けようとするでもなく
じっと魔女を見ている。また一歩。
後もう一歩近づいたら
「(逃げても多分死ぬ。)」
そんな位置まで近づいて
聖獣バロンの前にしゃがんだ。
手の中のものを、見せた。
それは、銀紙に包まれた、ー おにぎり。
魔女はぺりぺりと銀紙をめくる。
おにぎりが姿を現して、魔女は聖獣を見上げた。
雄々しいその獅子の眼は
「(ほ、本物ーす、すご、こわ、ー)」
鋭く、紅い。視線はおにぎりを見ていた。
「? あれ」
生ぬるい何かが魔女の手を伝う。
「(? よ、よだれ? え? よだれ???)」
緊迫した空気もあってか
聖獣の偶発的な生理現象に、魔女は思わず吹き出す。
「ぶっ、ふふふっ!お腹、空いてるよね?
召し上がれ〜。これ、”おにぎり”って言うんだよ。」
軽口叩きながらも、やっぱり恐怖心がある。
少しばかり震える手に、おにぎりを乗せて見せる。
「(食べる、かな・・・)」
大きな獅子はじっとおにぎりを見た後
その体に似つかわしくなくそっと口を開け
魔女の手からおにぎりを舌で器用にくるんで口に入れた。
「!!」
手、食われそう。ヒヤヒヤ。
3回ほどの咀嚼だった。
ゴクンっ
魔女はもうひとつ、銀紙をぺりぺり。
じ〜〜ぃ。
聖獣バロンはおにぎりガン見。
「ーまだ、食べる?」
表情こそわからないものの、両眼が頷くようにまばたきした。
「はい。どうぞ」
差し出したおにぎりを、また食べ始める。
「(やっぱりお腹空いてたんだね)」
魔女は自分の顔の二倍はありそうな聖獣バロンの顔を見上げた。
「(こうして見ると・・・やっぱりこわい)」
聖獣バロンの背中から
「っんん〜・・・」
人の声だ。
おにぎりを飲み込んだ後
聖獣は静かにその背の人を地面に下ろした。
「ん?人だ。死んでない。」
顔を上げれば、聖獣は目の前からいなくなっていた。
*
「っふあーーっ!!」
魔女は肩の力を抜いて、深呼吸した。
気付けばラースが覗き込んでいた。
「魔女、聖獣バロンに何かされたか? 」
「な、何もされてない、と思う」
じっとラースは魔女をくまなく見て、大きく息を吐いた。
ラースも怖かったのだろう。
大きく吐いた息が、安堵してるようだ。
「攻撃を仕掛けても来なかった、なんだったんだ。」
聖獣が去って行った方向を見ながら答えた。
「お腹空いてたんだよ。きっと。」
ー それよりも。
「(聖獣はとんでもないものを置いてったな)」
魔女は地面に仰向きになった人を凝視した。
死んだ人置いてかなくて良かった、じゃない。
というか、魔女の前に置いてくか?人だぞ。
魔女がどういうものか知ってて置いたのか?
おにぎりのお代の代わりに置いてった?ひど〜い。
だって、この人 ー。
「(叫びたい。私は今、叫びたい。
世界の隅っこから、ど真ん中へ移動して
拡声器を持ってご報告申し上げたい。
画面から出てくることはないと、
お前を見つめる日なんか来ない、と
”だってそれ、絵だぜ?”と
自分で思いつつ費やしたあの時間たちは
無駄じゃなかったんだ。じ〜ん。)」
という、魔女の心の震えを感じた上で
申し上げると ー そこにおわすは
「(“勇者”だああああああ〜〜っっ!!
私がつくったやつぅ〜〜っ!
3Dの等身大なんですけど〜〜〜ぉ!!
やだぁーっ!足なが〜ぁい!顔ちっちゃ〜ぁイィ!
あれ、でもいいのか??いいの?
私、魔女だよ?? )」
脳内で叫んでた。
魔女の心の中で
歓喜と動揺が入り混じっている。
顔は相当複雑な顔をしてたはずだ。
「(だって、こんなに早く会えるなんて! )」
聖獣バロンに引き続き、勇者まで登場した。
「(聖獣ばっかり気にしてたから
気付かなかったとは言えー。
遠くから見るだけのつもりが、
目の前でこんな、うわ、えっぐぃ。
国宝指定の、顔面偏差値100だな。
まつ毛長いし鼻筋も口も満点。
もう少し近付いて、ん?
あれ?この服、初期装備じゃないな。)」
「ん」
「ん?」
ご失神遊ばれていた勇者その1と目が合う。
「うっ、うわぁ〜っっっ!ま、ままま、魔女だぁぁぁ〜!!」
勇者その1は起き上がりしな、
四つん這いで魔女から飛び離れてく。
「あ〜、やっぱそうなるよね。」
魔女は薄ら笑いで、余裕のご対応。
「ま、魔女っ、た、たっ頼むはんで助げでけ!!!」
「は?(何つった?この人ー)」
魔女は真顔になった。
「わぁただ隣村さえぐって森抜げたっけ
どってこぐってしたばってぇ
わぁ、けんどさまよてまたんばて村ばどぢだが
おへでけらえねえべがのぉ」
勇者その1がなんか喋った。
「こ、これは何かの呪文か?」
ラースは身構えた。
「ラース、これは・・・方言です。津軽方面の」
「ツガルホーメン?」
カタカナ表記だと新しいラーメンみたいだね。
今は勇者その1が何を言っているのか分かってないラースに
魔女は、翻訳してあげた。.
「この人はね、こう言ったのよ。(多分)
私は隣村へ行こうとして、森を抜けたら驚きました。
あ、迷ってるわぁ、やばいわぁ、村、どっちだったっけ?
あんたら教えてくれませんか』ー ってね。
(こんなところで仕事での経験が活きるとは・・・。
担当してたおじいちゃんが津軽弁で喋るから
なんとなくわかっちゃうんだよな〜。)」
だが、魔女は落胆を隠せない。
「(残念すぎる・・・。いや、いいんだけど。
超イケメン面の男から繰り出される津軽弁、っぽいもの。
ボイスが戦闘時の時しか発せられないからってこんな。
いや、いいんだけど。国宝だもの。
けど、こんなとこで会ったらダメじゃん。
遠くから見守ることも、アイテムを先にゲットするのも
全部できなくなるじゃん!!
あ、呪いも解かないと。)」
喪女だからな、イケメンと目を合わせるわけない。
遠くから見守るのが自分にはお似合いだと信じてる。
早く、勇者から離れたいのが
魔女の本心でもあった。
「あのっっ!!」
イケメン勇者その1は、立ち上がった。
ちょっと焦ったように、話し出した。
「ま、魔女!わぁ なんもまいねぇじゃいごじゃ...
明日は5月祭だどいうばって、薔薇さ散ってまっただはんで
はえーっぐこのおべさせ隣の村ど、それがら王城さ伝えでんだ。
したばって、いぎなし真っ黒なドラゴンば現れるす、
ゾンビは追いがげでくるす、わっきゃお腹ペゴペゴで
もうまいね、って思ったっきゃ獅子現れだんだ。
わいは!どんだばって!一発でゾンビば倒すては〜
すばらぐすたっきゃ消えてまったよ。
だはんでわ安心すてまって、気ねぐすたんだ。」
長い、長いぞ、勇者その1。
そしてなんて読みにくいんだ。
さすがのおネズミさまも
顔から表情が抜け落ちてる。
魔女は頷いて勇者その1の話を聞いて
ラースに向いた。
「ー、えぇと。魔女、私は使えないど田舎もんですよ。
明日は5月祭だって言うのに、薔薇が散りましてね。
ああ、こりゃやべえってんで早くこの知らせを
隣村とそれから王城へ伝えなければいけないって言うのに
いきなり真っ黒い竜は現れるし、ゾンビが追いかけてくるし
私はお腹ぺこぺこでもうだめだ、と思ったら
獅子が現れたんだ!わっ!びっくりだぁ!
でも一発でゾンビを倒してしまって
しばらくしたらゾンビがみんな消えたんだ。
だから安心したら、気を失ってしまったみたい。
てへ。
と、いうようなことを言ってる。」
ラースは関心したように私を見上げる。
「魔女、あなたの特技か」
「ち、違うよ、」
ふと思い出して、自分の口元が微笑んだ。ー
「ー 教えてくれた人がいるんだぁ。へへっ」
転生前、教えてくれた入所者のおじいちゃんを思い出す。
「(最初は何しゃべってるか
本当にわからなかった。ありがと、おじいちゃん。
ずっちゃの方が何でしゃべっちゅが分がねがったよ。)」
(意訳:おじいちゃんの方がなんて言ってるかわからなかったよ。)
変わった特技ある人って、いるよね。
「じゃ、そういうことで」
魔女が勇者その1の顔を見ずに、その場を立ち去ろうとした。
「まって!」
勇者その1が、魔女の手首をつかむ。
「お、俺も連れてってください!!!」
は?
勇者、自分で何言ってるか
わかってる?一方、
魔女はつかまれた手首をガン見してた。
「(イケメンが、私の手首、つかんどる。)」
死んでもいい、と思った。




