魔女の罠
*
エレーミナルス王国 5月祭 前日夜。
アンデリダの森、入り口に魔女とラースは立つ。
ラースは森を警戒するように見ていたが
魔女は、肩掛けかばんをゴソゴソ。
「あ、あったあった。ーよし。
せえので行くよ〜! 」
「は? 本気か?」
「うん、まじ」
見上げたラースの目に映る魔女は、空を見上げていた。
「でっかい鳥?・・・」
木々から見える空の隙間を縫うように
白い鳥が横切った。
*
魔女はこの地に降り立つ前
無駄なじかn、貴重な作戦会議で聞いたことを
決して忘れているわけではない。
そのために、より貴重な睡眠時間を割いて
部屋の中をウロウロしていた。
戸棚を開けたとき、ラースが言った。
「アンデリダの森に一歩でも足を踏み入れれば
私が敷いた予備機動の魔法陣が、反応する。
ー あなたの魔力に。」
ましてや ー
『ブッチュブッチュすれば、問題解決だよ』
という、ケトル野朗の言ったことを
真に受ける気もない。そして部屋はウロウロする。
「(接吻は最後の切り札ってことで)」
ちゃんとしたたかだ。
では、どうするつもりなのか?
ちょっと、何してんのよ、いい加減座りなさいよ。
作戦会議中、ラースはあらかじめ予防線を張っていた。
「ご存じだろうがアンデリダの森にはそこら中に
魔女の罠が仕掛けてある。
さらに、その罠はあなた自身が解除しないと
敵に襲われることになる。
いくらあなたでも、無傷で森を抜けるのは無理だ。
だがその、アイスクラピウスのいう方法は
使い魔の立場でいうのもなんだが、ー」
「ん〜?大丈夫だと思う〜っていうかぁ〜
あ〜、どうかな〜、いけるかな〜? えっとぉ〜
ごめ〜ん、ちょっとまだわかんないかも〜。
でも〜、・・・あ、これはここ回すのか。」
何かを探しているのか、魔女の気もそぞろだが
「お、あるじゃ〜ん。もらっとこ。あ、えっとなんだっけ。
ああ、(接吻)しなくてもいける方法考えてるから〜。」
この、なんとも腑に落ちないイライラする回答に
ラースは色々言いたいことを飲み込んで、
「対策があるということか?」
なければ、ネズミにブッチュブッチュコースだ。
「(ないわけじゃないけど、確かなものはない。)」
魔女は口をつぐんで、考えた。
手にしたものをじっと見下ろしたまま
「アンデリダの森対策ね・・・」
対策と言われたら・・・。
*
場所は戻って、アンデリダの森だ。
今の魔女にできることは
「(対策? そんなの決まってる。)
せぇええのぉーーーっっっ!」
魔女は森のある一点を指差しながら、叫んだ。
「っ(くそっ使い魔の契約さえなければ
魔女のいうことなんかーっ)」
ラースは森の地面を一直線、走り出す。
「いけええええええっっ!!」
魔女の声より早く、ラースの走り抜ける地面に反応した魔法陣は
赤黒い穴を開け、次々に不死人を湧き出させた。
ラースは、不死人の気配に少しも後ろを振り返らなかった。
なぜなら
「っな、何が作戦だ、ーっ7、ー8っ」
作戦通り、数を数えながら走っているからだ。
何を言われたかって
『ラースは、突っ走って。
とにかく、遠くへ全速力で。
そんで〜、15秒後に振り返って
こっち戻ってきて。』
とは、魔女の言葉。
全速力で走って、15秒後に戻って来いという
横暴さに意味を問いただすも
『へへ、それが作戦なんだ〜』
という始末。
使い魔ラースは、全然やる気も気合いもなかったが
こうして全速力で走って
「ーっ15っっ」
振り返った。わかってはいたが、いざ目の当たりにすると
魔女の罠に手ぬるさは一切感じなかった。
悍ましいほどの数の不死人たちが、ネズミという生命体を標的に向かってきていた。
「(この数を相手にするのは無理だ)」
本能的に、ラースは自分の毛が逆立つのを感じた。
不死人らは単体では強くないし、動きもそこそこ緩慢だが
囲まれると急に動きが俊敏になる厄介さだ。折れた剣や、盾と槍を装備している。
ざっとその数を見ることはない、黒だかりの群衆のようだ。
「(こ、今度はこの中を走れっていうのか、)」
一旦呼吸を整えようにも、漂う腐臭にラースは地面に顔を向けた。
地面付近にまではまだ腐臭はしなかった。
「(こんなときぐらいしかネズミの恩恵を受けないのか)」
我が身に鳴り響く大きな心音に合わせて、短く息を吐く。
「行くしか、ーない」
奮い立たせ、走り出す。
おぼつかない不死人らの足元をすり抜けるようにしてラースは一路、魔女の元へと戻る。
だが、“生”への執念がそうさせるのか、足元をすり抜けるほどに不死人は滅茶苦茶に武器を地面に叩きつけた。血飛沫の代わりに乾いた地面から土煙が立った。
金属音に混じるうめき声と一緒に、不死人の腐った肉片や骨片が落ちてきた。
腐臭が濃くなる、不死人の集団の中ー
「(まずい、つかま、)」
毛先をかすめた、刹那の直感的な死は ー
「うおおりゃあああああっっっ! 」
聞いたこともないような魔女の声と
っドゴォォオオオオオオオ!!!
頭上の爆炎はかき消した。
*
「せぇええのぉーーーっっっ!」
言った後、魔女はその場ですぐに
手にしていた種を口に含み、ガリっと噛み砕き、飲み込んだ。
「ゔげっにがっっっべえっ」
口の中の水分が吸い尽くされそうな乾燥と渋みが走る。
魔女は口をすぼめつつ耐える。
肩掛けかばんからメロンほどの大きさの壺を3個、取り出した。
ラースを見る。
小さな背中はすぐに、不死人の中に消えた。
「(5、ー6)」
魔女自身も数を数えながら
ポケットにしまい込んでいたものを次々壺に入れていく。
「っと、最後にこれを ー」
顔を上げれば、ちょうどラースはこちらを振り返った。
「きたっっ」
魔女はひとつ壺を持ち半歩、後ろへ足を引き ー
上半身を、大きくふりかぶった。
「うおおりゃあああああっっっ! 」
吼え声に違わぬ、見事な投擲であった。
壺は、不死人の集団の上で爆発した。
「(っしゃああ!!うまく行った!
“力の種”と“爆炎壺”の合わせ技だぜっ!!
不死人の出現人数は3〜5だから
今出てきた奴らはうまくやれば片付けられる。)」
魔女は小さくガッツポーズだ。
「(エレーミナルスの最初のフィールドは逃げても無駄。
あいつら武器振り回してくるし、数増えるから
早いところ倒すか燃やすかしないと。
不死人が火に耐性なくてよかった。)」
空から降る炎に巻かれた不死人らは、攻撃の動きを止めた。
崩れ落ちる不死人の陽炎の中から
ラースがこちらに向かってくるのを確認し、魔女はひとつ大きな深呼吸をついた。
「ふぅーーっ、うまくいってよかった〜ぁ! 」
壺の素材もすべて、魔女の部屋にあったのもラッキーだった。
「(あると思ってた)」
アイテム情報:力の種
一時的にスタミナを底上げする。
見た目はひまわりの種のようだが
硬くて、苦い。
アイテム情報:爆炎壺
素材を壺に入れ、敵に投げると
着弾地点で爆発炎上する。
爆発に巻き込んだ敵全てに
ダメージを与える。
消耗品の一種。
だが、ラースはまだこちらに戻ってきてないし
不死人たちもまだいる。
「あと2個 ー」
地面に置いた壺を拾い上げ、不死人を見据えた。
「(足を開いて軸足の股関節に体重を乗せてー、)」
職場にいた、野球好きの(自称高校野球監督だった)老人がいつも言ってた。
『大事なのは腰の使い方ぢゃ』
多分、諸君の思うような桃色方面の腰の使い方の話じゃないが
どちらにせよ、腰は大事だ。
魔女は習った通り、動く。
「(地面を蹴って体をひねって体重を前にー、と前の足で踏ん張るっ)
ーっっひゅっっっ」
全身の力を壺に流し、短く深い息を吐いた。
ビュンッッッ!!!
魔女の足が、キックバックする。
キックバックとは・・・ふみ込んだ足(右投手なら左足)を着地後
球を投げる際、地面をひっかくように
後方へ引き戻す動作のこと
ふたつ目の壺も見事、不死人に命中した。
ひとつ目の壺の火が消えない中、爆炎が上がった。
「へへへ〜、体育はいつも優秀だったもんね。」
自称高校野球監督も誉めていたぐらいだ。
『ほう。お前さん、体幹整っとるのう。』
魔女の前世のボール投げ記録情報:28メートル(平均16メートル)
「(“力の種”のおかげで、倍は飛んでるはず)」
地面を走るラースがものすごい勢いでこちらへ向かってくる。
加勢とばかり、魔女はラースを応援した。
「がんばれえ〜!!もう少しだよーっっ!!
私の方も、あと一個か、よしっ」
残りの不死人の集団はわずかとなった。
魔女は最後の壺を拾い上げ、ー
ふりかぶったとき、風切り音と一緒に
空を横切る白い鳥が
「(あれ?フクロウだったんだ)」
と気づいた。そして ー
パリン、とガラスが軽く割れるような音を聞く。
「?」
*
ラースは思った。
「(他人を心配する余裕があれば
自分を心配するのが先だ)」
いや、それな。
ヘラヘラ笑いながら爆発する壺を投げる魔女が
恐ろしい。だが、不死人はまだいるし
安心はできないというのに、あの魔女は手を振って
『がんばれ〜』
能天気だ。お前が、がんばれ。
「(さっきの爆発は正直助かったが
なんだ、あの壺は・・・。またか。)」
ラースは魔女の元へ向かいながら、考える。
「(・・・かくれんぼの時といい、魔法ではなく
素材を組み合わせた術など、あれは ー)」
ありえないことではないが
ラースはどこか不思議な気持ちにもなった。
だが、そんな不思議な気持ちは
近づく魔女の異変に気付けばこそ、焦る気持ちに瞬間、変化した。
だって、魔女 ー
「魔女っっっ!!!踏んでるっ!!」
ラースは叫んだ。
「え?何を」
魔女、キョトン。
「おまえが 魔法陣 踏んで どうする!!!」
「あ」
踏まないようにしてた自分の罠、踏んで投擲してた。
踏まないように、森の入り口前に足で線引いたのに
思っきし線超えて、アンデリダの地面を踏みしめてた。
魔女の足元に漆黒の魔法陣が展開される。




