愛を告げる春、呪いの夜
*
エレーミナルス王国に伝わる建国史には
以下の記載がある。
木立の下に 眠る ものたちは
静かな 鏡のごとき 動かぬ その雄弁さを語りけり
この木立は 光と陰を 讃えたもう
ほの暗き その悲しみに よろこびを
恐ろしき祭祀は 君臨す
かの者は 木立を まもりし 乾いた陰謀を倒し
しかして 自らも また 弑されるに至るべし
ーー
四方を原始林に囲われたこの王国に住まう王と民は
森の名を表す、”アンデリダ”自体が聖域であると信じ
樹木を崇拝していた。
このアンデリダの森は、森の女神ディアナの聖域とされ
世界中から巡礼者たちの参詣場所とされていた。
巡礼者たちは、森の女神ディアナの守護神木マルムに祈りを捧げる。
女神ディアナを祀る神殿は聖域の中にあり
北側と東側には巨大な石壁で遮られ
礼拝堂をなす円柱が取り囲んでいた。
規模こそ大きくないものの
凝灰石で作り上げられた石壁は美しく
朝の日差しを浴びると森の輝く緑の葉を吸ったように
白く、碧色に反射し光った。
*
エレーミナルス王国の5月祭。
通年、こんな風に進んでいく。
皆、ワックワクだしウッキウキだ。
祭に向けて、皆準備に余念がない。
その興奮度といったらー
『おらが国の超目玉、5月祭って言ったらよぉぅ
フェスよ、フェス。フェスったら、なんだ知らんけど
若けぇモンはタオル振り回すんだろ?
なんでタオル振り回してんのか知らんけども
こっちはもうあれよ、腰痛くて無理よ、そんな動き無理よ、
こっちはもうドンチャンフェステバルよ。牛も連れてほれ
なんだってもう、飲めや食えやの大騒ぎよ。
俺ぁ、今年もよ、王様にたらふく酒、飲ませんだわ。』
『父ちゃーーんっ牛、ちゃんと繋いでねえから
うんこ踏んだじゃねえかぁ!くっせえ!!』
『あ?牛つれてたのはじいちゃんだべよ。
じいちゃんどこ行ったよ、いねえでねえか。
どこさ行った?!』
『神木マルムさまの前にゴザ敷きに行ったー』
と、まぁ、たいそう自由で、無礼講だ。
王であろうが、王妃であろうが関係なく
なんなら肩を組んで酒を飲み交わし
記憶がなくなるまで酒を飲み
浴びるように酒を飲み
二日酔いでも酒を飲み
迎え酒で酒を飲み
飲んで、飲んで、飲まれて、飲む。
下戸には辛い祭かと思うなら、それは違う。
下戸には下戸の楽しみ方があるものだ。
死ぬほど食べて
好きほど食べて
なんなら食べ物作るかたわらでつまみ食って
何作ってたか覚えてないぐらい食べて
寝転びながらだって食べて
食べ歩きしながら よそんちのご飯も食べて
お腹がいっぱいになったら
甘いものを食べるのだ。
その双方どちらでもなくー
それら誘惑に我慢ができる若い人間がすること。
それこそが、この5月祭の真骨頂である、
別名、”愛の告白祭” だ。
じゃーん。
この日、エレーミナルス王国で祭の最中
いかなる階級すらも度外視され、男女関係なく
意中の相手に愛の告白をできるのだ。
その告白を受け取った者は、ご神木マルムの前で誓う。
「オラ、この人と結婚すっから。
どぞ、よろしくです、はい。」
それを、酒を飲みまくって
ご飯食べまくった人たちが、見守る。
実際は見守りなんて生やさしいものでなく
歌えや踊れやの、大騒ぎ中での誓いだ。
多分告白内容とか聞こえてない。
内容とかどうでもいい、飲んで食えればいい。
だって、彼らはご神木のアリーナ席に
誓いの生ライブを見るために
誰より早くゴザ敷いて
朝から陣取ってもう、飲んでる。
(早朝5時から飲んでもいいルールがある)
フェスだ、フェス会場でぐでん、ぐでん。
ここからが見ものだ。
カップルになった者たちは
酒を飲んだ者たちの目を盗んで
食べ物をたらふく食べた者たちから勧められる菓子を適当に貰って
白い衣装を着た幼い少女たちから
祝福の5月の薔薇をもぎ取って
ー 祠の祭壇まで逃げねばならない。
愛の告白祭は、告白するだけが、誓いが目的ではない。
迷惑千万な酔っ払いと、食べさせたがりの食いしん坊
そして、無邪気な意地悪ガキンチョの横暴から逃げるのが
最大にして最高の見せ場なのだ。
“ほっといてやれ”、という意見は毎年出るものの
神木マルム前での誓いを子供以外、皆うろ覚えなので
実質、誰もやめようとは言わないことを付け加えておく。
*
一例をお見せしておこう。
ご神木での誓いから約5分以内に実際に起きた話である。
A男:「おうおう、オメぇ、
隣村のケーシーに告白たぁ、いい度胸だ」
B男:「オイラだって告白したのによう」
妙齢女子A:「ケーシー、このキノコパイ食べなさいな。
ベーコンはカリッカリで
うちの牛のバターが効いてるのよ。
レシピが欲しいなら今からでも教えるわぁ〜」
妙齢女子B:「あら、うちのキノコパイなんてキノコ
6種類も入れてるけど混ぜたらわかんないわ。」
老齢女子C:「それな。食ったら一緒。」
A男:「ケーシ〜ぃ、モーゴなんてやめて俺にしろよぉ〜」
妙齢女子A:「あんた、それ去年のパルメにも言ってなかった?」
妙齢女子C:「ハーブティに蜂蜜入れたの、いかが?モーゴ」
C男:「モーゴに色目使うなって、お前。ゲプッ」
合体妙齢女子ABC:「酔っ払いは引っ込んでな」
老齢Z男:「牛がヨォ〜、俺げのめんこい牛がなぁ〜」
老齢X男:「あるぇ?ワインどこ行った〜あ?」
老齢Y男:「わしが若い頃はの〜ぉ
スージーが一等人気での〜ぉ」
ガキンチョM:「じいちゃん、スージーは牛だよ」
ガキンチョN:「ねぇねぇ、おばちゃん。
赤ちゃんってどこから出てくるの〜ぉ??」
A男:「モーゴなんて
去年の祭でモロ出しで寝てたじゃね〜か!」
C男:「お前は素っ裸で城で寝てただろうが。ゲプッ」
B男:「スヴァンテ(男)に呼び出されてんだけど何?
薔薇持ってこいって。」
妙齢女子A:ゴクリ(それは告白準備のやつ)
妙齢女子C:(ウホだな。)
妙齢女子B:(メモメモメモ。B男は受け、と)
C男:「ゲプッ俺もうは、吐くっゔ」
B男:「あっち向け!あっち行って吐けって!」
ー お゛ろろrrrrrrっ!! ー
ガキンチョM:「トーマス兄ちゃんが
オエー鳥になったぁぁぁ!!」
ガキンチョ軍団:「ウギャハハハハ!!!ヒー!」
ガキンチョN:「オエー鳥からキノコ飛んできたぁ〜!
ヒィイっヒっヒ〜ぃ!」
妙齢女子C:(トーマスだけは一生の汚点になるわ。
減点マイナス5、と)
妙齢女子B:(うちのパイだ。吐いたけど・・・
あんなに食べてくれたんだもの。
しゃーなしね、助けに行くかぁ。)
妙齢女子A:(あ、隣村のエリオンだ。挨拶行ってこよ〜)
老齢Y男:「スージーに会いたいのぅ。
あれはマリリンだったかのう」
老齢X男:「モーゴ、男には3つの袋があってだなぁ、
その袋っていうのが」
老齢Z男:「うちの牛連れてこればいがったなぁ〜、
モーゴ行ってくれんか」
A男:「じっちゃんよく言った!ついでにチーズな。」
B男:「オイラは、メルビンさんとこのクッキー」
王:「私は、隣村のサーシャが作ったピクルスだ。」
あ、王さまだ。
モーゴ:まじか(絶望)
全員総意:(鬼畜や。隣村って、こっから半日かかるとこ。)
とまぁ、黙っていればいつの間にか巻き込み事故に遭う。
早いこと切り上げないと
この祭は夜明けが来れば、終わりを告げる。
飲んで食って、寝るのは二日間だが
愛の告白祭は、当日の聖日だけだ。
祠まで辿り着けなければ、告白も婚姻すらも白紙だ。
だから、酔っ払いも、食い倒れも
その日ばかりはだれかれ構わず2人をめちゃんこ邪魔しにくる。
むしろ、本気で邪魔をしに行く。
ー それが使命だと言わんばかりに。
事実、この告白と誓いに異議がある場合
申し立ての代わりに、邪魔をするようなものだ。
だが、異議がなくたって、邪魔はする。
なぜかって、楽しいからだ。
幸せそうなやつは、なんとなく茶化したいし
なんとなく末長く爆発していてほしい。
幸せそうにしてると
なんかムカつくとか思う気持ちもある。
やっかみ半分、お祭り気分半分の
なんとも難しい感情を発散させているのだ。
この日は、そんな感情すら、皆寛容だ。
このひどく迷惑な人間たちをうまいことかわしつつ
白い衣装を着た幼い少女の中の代表
薔薇少女から5月の薔薇の“柱”を受け取らねばならない。
だが、この薔薇少女はその辺にはいない。
わざと隠れていたり
タオル振り回して踊り狂っていたり
夢中で菓子を食べていたりする。
何せ、村々の幼い少女は皆、揃いの白い衣装を着ている。
探す方だって、苦労だ。
唯一のヒントは、1人だけ白い羽根を背負っている。
アンデリダの精霊の羽だという。
ただ、この羽、背中に収まる大きさだから
正面から見てもわからない。
もう、探させる気もないのではないか。
諦めたら試合終了だよ、若人。
祠には王が宣言した宣誓書が祭壇にあり
王の名の下、このアンデリダの森の精霊に
将来を誓った2人の名を書き記し
住所とか職業とか家族構成とか書類を書いて ー
最後に
5月の薔薇の柱を捧げ
2人は、本当に、ようやく
熱い接吻を好きなだけするが良い。
それ以上はダメだよ。
アンデリダの精霊がお顔真っ赤になってしまうからね。
家でやろうね。
お手てはそこじゃないわよ、ダーリン。
今は手を握っておきなさい。
なんと告白から長い旅路であろうか。
邪魔する者どもの
めんどくさい対応をかいくぐり
祠へ持っていくために
必要なものをもぎ取り
暗い祠で面倒な書類手続きをする。
この祭がこのようになったのは
そうする必要があるからだ。
祭の様子を見てアンデリダの森の精霊が笑うのだ。
精霊が笑えば
アンデリダの森は恵みをもたらし
精霊が喜べば
アンデリダの王国は繁栄を約束される。
歴代王だって、この祭で妃を迎えた。
だから、皆
誠心誠意の心で、邪魔をする。
祝福の門出を
心を鬼にしてこの2人がこれからの困難を
2人、共に手を取り合い
互いに飲んだくれても
互いに年月を経て太っちょになっても
思春期の部屋から出てこなくなった子供ができても
迷惑な人が、あなたたちを邪魔してきても ー
乗り越えていけますように。
ー そんな意味を込めて。
*
春を迎えるその王国に、報せが届いたのは
最もその王国が賑わう祭の前日だった。
「5月の薔薇が咲いてないだとー?」
「っは。アンデリダの森を巡回しておりました所ー」
「何を言っている。ー祭は明日なんだぞ。なぜ急に ー」
「王、5月の薔薇は咲いたのです。ーしかし、半日と保たず散りました。」
「そんな・・・!」
王は祭祀の剣を握った。
城に、闇が覆った。




