311話 年末最終日
連休前の感慨でも、やはり年末は少し特別感がありますね。(って、GW直前に何を書いているだか)
……在庫がそれなりなので、GWも通常通り投稿します。
トードウ商会。会議室。最近定例となった、全体会議だ。月に1回で開催される。
「ついては、イザベラ先生の個展の準備は順調と申し上げます。それと、図録出版と複写使用権契約書は、ナタリアさんに渡してあります」
商会内での呼称を先生に改めた。
「わかったわ、ティーラ。ありがとう。あとは撮影日程の調整をお願い」
「はい」
個展の会場が決まって、先生のやる気が出て来たようだ。2月開催の予定になっている。主要作品はできているが、思ったよりも会場が広いので、素描を描き足すらしい。心配なのは例の画廊主の妨害工作がないかだ。画壇の全体反応としては新たな業者、つまりトードウ商会とラケン商会の参入を必ずしも嫌がってはいないようだ。あと、モノクロではあるが、主要作品の図録を作ることになった。売値は結構高くなりそうだ。
「次は」
「はい」
ナタリアが立ち上がった。
「アーキ茶の事業体について報告します。リオネス商会殿のレオーネについては、アーキ茶提供開始時の回転率よりは下がりましたが、提供以前の5割増しということで、今でも待ち行列が絶えないとのことです」
それはいい。
「対照的に、モルタントホテルは当初からじわじわと喫茶部門の売上を伸ばし続けており、アーキ茶提供前より3割増との報告がありました」
客層が違うから消費傾向も違うのだろう。
「提供しているホテルでは、宿泊客数が1割強も伸びているとのことでした。貢献できていると思われます」
「へえ。宿泊客までねえ。次の例会では、ちょっと誇らしいわね」
「次にレナード商会ですが。前記2者に供給を絞っているものの、生産量と販売量が同じになっていて、オットーさんが大変だとおっしゃっていました」
「未加工茶葉は潤沢と聞いておりますが……」
ナタリアが、こちらを向いた。
「そうだね。ガライザー農業クランでは、臨時雇いをクラン員以外からも募ると言っていたけれど、手作業だとほぼ現在の量だね」
「はい。発注した設備の方は?」
「すでにリオネス商会から資材発注を掛けていると聞いており、1月中旬に製造完了見込みとの連絡がありました」
「早いな……」
「ああ。副支配人殿の筋から、圧力が掛かっているそうです。なんでも3号店のご予定があるそうで」
「「3号店!」」
知らなかった。まあ、でも店舗を増やしたいよなあ。あれだけ流行っていれば。
そうか、その需要を賄うためには、もっと茶葉が必要。つまり、魔導具設備完成が一刻でも早い方が良いということだな。
レオーネの好評を受けて、執事喫茶の他社店舗が数店立ち上がったが、数カ月たった今日に残っているのは、1店舗と聞いている。僕自身は行っていないので、うわさ程度の根拠だが、内装がレオーネに比べて格式が落ちる上に、執事喫茶以外の売りがないらしい。
その点、レオーネは、エルボラーヌケーキに、アーキ茶、黄金トーストと看板商品が多い上に、その他にも地味にマドレーヌやパウンドケーキなどの定番商品も好評であると聞いている。
「わかったわ。他に何か案件はあるかしら?」
代表が顔を巡らせる。
「あのう」
「サラ。何?」
「リオネス商会から、特殊仕様の投光魔導具の見積もりが届いたのですが」
代表が、僕を見た。
「ああ、それは例の件だから、こちらで受け取るわ」
「はい」
サラが微妙な表情で、代表に書類を渡した。
「他に? ……ないようね。では、ナタリア。新規製品の件を」
きたか。
「はい。商会内でいくつか動いている加湿魔道具の件です。先日、特許出願が終わりましたので、医療器ギルドへ問い合わせをして回答をいただきました。使用形態によって異なるというのが大筋です」
(1)部屋を加湿する形態は医療器非該当。美容器もしくは雑貨一般魔道具に該当。
(2)人体の顔面を含む皮膚に蒸気を当てる形態は、医療器非該当。(1)と同じ。
(3)主に吸気として水の蒸気を用いる形態は医療器であり、分類は管理医療器に該当。
「つまり、吸入に使わない限りは、普通に販売して良いってことね」
「はい。ただし、広告や包装、取扱説明書に肌質が良くなる、あるいは医療的に明確な効果を記載するのは認められません。ただし、個人の感想として、気持ちが良いとか化粧落ちが良いとかならば大丈夫です」
「なるほど。管理医療器とは?」
「分類として人体への危険度が小さい医療器です。基本的に医師や看護師でなくても使用できます。ギルドへの型式申請を出し、指定の確認項目により危険度が小さいことを証明する必要があります。また、肺への吸入であれば、基本型式ごとに臨床試験が必要とのことでした」
「臨床試験か。そうだとすると、それは、商品化企業に任せる方向でしょうか? オーナー」
「そうだね」
「吸入用途かそうでないかの切り分けは、何か見解はあった?」
「口や鼻を覆う機能の有無で切り分けられるとの、見解書をいただいています」
「わかった。ありがとう」
ふむ。予想通りではあるが、ちゃんと書面でもらってくるのは優秀だな。
「それでは、商品化はどういたしましょう。リオネス商会、コンラート商会にお知らせでよろしいでしょうか?」
「そうだね。たぶん、やらないとは思うけれど、ラケン商会にも出しておいてくれるかな」
「はい」
代表の眉が一瞬持ち上がり、下がった。
†
12月下旬に入った日。
「ええ? レオンは、今日で年内最後……なのか」
ディアの顔が曇った。ベルもスープを掬っていた匙を下ろす。
「研究員とは良い身分だな。こっちは、そろそろ学位論文で大変になりかけているってのに」
「僕だって、論文は書いたさ」
「そうだろうけど。技能学科と理工学科とでは、論文に対する嫌悪感が違うんだよ」
「あははは、嫌悪感ありが前提か」
「レオン、技能学科学生の8割方を敵に回したぞ!」
「それで、休みはどうするんだ」
ディアに向きなおる。
「大学には来ないけれど、エミリアや、ガライザー他、いくつか仕事で回るよ」
また一緒に狩りに行こうと思っていたのかな。
「仕事か、それを先に言えよ。経営者ってのも大変だな。いいところに行っても、仕事じゃあ、うらやましくないな」
「2人はどうするんだ? 冬休み」
「私は、マキシアに帰るけどな……」
ベルはディアを見て顔を顰めた。
「ん?」
「私は王都に留まる」
ディアは憮然としている。
「実家と折り合いが悪いんだと」
「おお。そうなのか」
彼女は横を向いた。
レオンには関係ないだろうという風情だ。確かにそうなのだが。
「子爵家の次男と、くっつけられそうになって、断ったのが准男爵の逆鱗に触れたんだって」
「おい、ベル。まあ、一応母上の取りなしでなんとかなったが」
冷却期間ということか。
友人であれば、何か言うべきなのだろうが……。
†
「失礼します」
「おう」
部屋に入ると、ターレス先生が居た。ここは、准教授になった彼の個室だ。場所はジラー先生の個室の隣で、部屋自体は10月末には割り当てられていたのだが、やっと引っ越してきたのだ。
「何かな?」
「学会での特別講演の発表骨子をまとめました。確認をお願いします」
「えっ、早くないか?」
ターレス先生は、立ち上がって席の前のソファーへ来た。
手で示されたので、対面に座り、テーブルに冊子を出した。うなずいた先生は、ぱらぱらとめくって見始めた。
手持ち無沙汰になったので、辺りを見回す。
この部屋に入ったのは、初めてではない。ガライザーに行く前に、日頃お世話になっているので、一部引っ越しを手伝って、倉庫から木箱をここへ運んできた。しかし、その時は曇天の日で、もっと寒々とがらんとしていた印象がある。
それが、どうだ。
部屋の広さは、隣と同じぐらいだろうけど、狭く感じるな。書籍や、書類がすでに両脇の壁にある棚を埋め尽くしているからだろう。
「へえ、この部屋、見違えましたね」
「そうか?」
思ったより綺麗に収納されている。ソリン先生は片付け魔の呼び声が高いから、彼が手伝ったのかもしれないな。そんなことを思っていると。
「ふぅむ。学位論文とあとの論文の組み合わせが大部分だな」
「はい」
「大筋は、これで良いと思う。原稿も流用できるしな」
「良かったです。それと、こちらを。先生のご講演で、入り用になるかと思いまして」
「ん? 銀板写真の乾板か」
実験結果を脳内システムで撮影して、純粋光純魔術と刻印魔術の組み合わせで、乾板に直接露光したものだ。
「試し刷りがこちらです。2番街にあるラケン商会、直営の印刷所でやってもらいました」
そこに、イザベラ先生の図録を頼んでいる。
「写真製版……」
試し刷りを見たターレス先生が、眉根を寄せる。
「えらく鮮明な画像だな。これは食肉なのか。えっ?」
僕を見た。
そう。豚肉の塊に純粋光を当てて反応を見たものだ。皮膚に当てた場合と、筋肉に直接当てた場合の2種。
「この一番右の条件は?」
鋭い。
「はい。学内にある魔導具では発振できない出力値です」
「これは、なかなかに扇情的だな」
線状の痕は、出力ごとに移動させた場合。丸い痕は、2種の出力条件で照射時間を変えたものだ。
「魔導収納に、この肉を収納しておりますが、ご覧になりますか? すこし匂いがしますが」
「ああ、是非」
先生は、焼け爛れた部位を、眉根を寄せながらも真剣に見つめていた。
†
年内最終日ということで、高出力光実験室の片付けをして、しっかりと施錠した。
なお、実験機器は同実験室手前の耐火金庫に収納した。また王宮庁案件絡みのものは、所有権がトードウ商会にあるので、それについては僕の魔導収納に入れて、学外へと持ち出す。
校舎を出て門へ向かって歩くと、既にアーキの実の色に似た夕焼けが広がっている。僕はすこしの切なさと、同量の開放感を胸に家路へ就いた。
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訂正履歴
2026/04/29 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)





