308話 ガライザー再訪問
季節に合わせて錬っていた話だったのに……もう桜も散ってしまった。
「寒い……」
よく日が照っていた上空から、雲を突き抜けてガライザーの町中に降り立つ。
風除けを兼ねる光学迷彩魔術を解除すると冷気が襲ってきた。身体強化への魔力を増す。町中は除雪されているが、一面雪景色だったからな。表通りに出て、雪が舞ってきた。
おっ! これか。
ふと、雪に惹かれて見上げると、建屋の上にアデルがアーキ茶を飲む広告が架かっているのが見えた。王都南区中央の広告と比べると二回りは小さいものの、ここいらの建物は小振りだから相対的に目立つ。
数分歩いて、商工会の建物に入った。受付に行って、ラトルト会頭に面会を申し込むと、応接室に通されて30分ほど待たされた。ノックがあって、会頭が入ってきた。
「いやあ、レオンさん。お待たせいたしました」
「お久しぶりです。理事長」
「はっはは、なってしまいました」
そう、彼は先頃結成したガライザー農業クランの理事長に納まった。今後しばらくは商工会の会頭に付いて回る役職で、もし会頭を交代すると自動的に新会頭が新理事長となるそうだ。
「どうです、冬のガライザーは? この前、お目に掛かったのは、まだ雪が降っていませんでしたからね」
「正直寒いですねえ。王都も雪は降りますが、ここまで積もりません。ありがとう」
お茶を替えてくれた。
「オットーさんから、聞いておりますが。クラン員集め、それと出資の件、大変でしたでしょう。ありがとうございます」
商工会は公的機関だ。出資するにあたっては、会頭といえども大規模な根回しや手続きが必要だったに違いない。
「いやあ、募集については、オットーさんをはじめとしたレナード商会とパウロ理事の働きによるもので、私など大したことはありません」
パウロさんは、理事として中核クラン員となっている。
「それに、出資者集めと契約に至るところは、すべてはレオン殿の人脈。歌劇団の方にアーキ茶を渡して流行らせ、学術界からも効能を謳わせることで銘柄価値を押し上げられた、手腕。個人的に尊崇しておりますし、ガライザーとしては感謝してもしきれないところです」
「仰ったことに関わっておりますが、半分以上は偶然です」
「偶然大いに結構、汗を流さない者に幸運は訪れないというのが私の信条です」
「いやあ」
えらく買い被られたものだ。
「それで、今回はどのような用件で」
「はい。こちらヘは、しばらく間が空いてしまったので、現状の確認です。それと、工場の仮稼働状態を見せていただこうと思いまして」
「そうでしたか。私としても、レオン殿に聞いていただきたいことがあります」
ラトルトさんの表情が重めだ。
「何でしょう?」
「はい。近く……といっても、ガライザーには隣り合っては居ませんが、それほど遠くない村の件です。ここと同時期にアーキを取り入れた村が、いくつかあります。ご存じの通り、実の商品化は芳しくなく、果樹面積を減らしてしまったところが多くあります。とはいえ、残している地区もありまして、そこからなんとかならないかと」
「なんとかとは?」
大体想像は付く。
「今年の葉については、初冬に入った段階で概ね落ちてしまったので今からは無理ですが、来年の葉について、商品化させてもらえないかという要望が来ています」
「つまり、特許の件は、ある程度知れ渡っているということですね」
「はい。11月末にあった商工連合会で報告しました。我々事業体以外が茶葉を作って販売するのは違法行為であることを、その場で説明しました」
「なるほど」
「そのときの反響は、さほどでもなかったのですが、月刊歌劇界の騒ぎで一変してしまいまして」
「それで、ラトルトさんはどうお考えですか?」
「はい。我らクランには、許諾する立場にはない。事業体へ問い合わせ願いたいと答えてはおりますが。まあ、売れ行きがよければ、茶葉の仕入れをするのは良いとも思えますが、そうなると区別が……」
確かに。茶葉を納入してもらうことで、農業クラン員になるのだ。その線で行けば、代金を支払うにしても、額の違いを付けることになるだろうが、それはクラン員も同じ。ならば他村の農家をクラン員にしないというのは、道義的には疑義が生まれる。とはいえ、際限なくクラン員を増やせば茶葉の供給量も同様になってしまう。年月がたてば、それでもいいが、商売が軌道に乗るまではきびしい。
ふむ。ラトルトさんの、額のしわ。
有形無形の圧力が掛かっていそうだな。
「そのうち、私どもに話が来るということですね」
「はい」
「承りました。それはこちらで対応します」
話の筋は、ガライザー以外でも商品化したいので認めてくれということだ。認めなければ、なぜガライザーのみを優遇するのかと、食い下がるだろう。向こうは向こうで今まで肥料ぐらいにしかならなかったアーキの葉が金に換わるのだ。必死になるのは当然だ。しかも、評判が良いからな。
当然ながら有意な差として、ここには工場があるし、クランが出資している。この2点で押し返す予定だ。そういった面でも、ガライザー商工会が出資してくれたのは英断だったな。商工会はガライザーからの税で運営されているのだ。
「それから、アーキ茶事業ヘの反対派はどんな感じでしょうか?」
「そうですな。レオンさんから手紙をもらったので、警戒はしています。ただ、一時に比べるとおとなしくなりましたな」
「ほう」
「オットー理事たちに嫌がらせまがいのことをやっていましたから」
そうなのか。申し訳ないな。
「それも、アデレード嬢の広告が効いていますよ。ウーゼル・クランが、彼女の後援会長であることも広まったので」
ん?
「それは意外ですね。ウーゼル憎しで、彼女まで嫌いになるのかと思いました」
「ははは。サロメア歌劇団の人気はそんなものではないんですよ。特に女性にはね」
「あぁ」
「主婦層に絶大な人気がありますから。そうなると、男なぞ物の数ではないです。特にこの土地は女性優位ですから」
「そうなんですね」
「したがって、反対派はグルバン氏を含めて、数軒になりましたが……」
なんだろう。
「どうかしたんですか?」
「レオンさんも出席された、ここでやった説明会で参謀のように見えた人物は最近見ないのですが、その仲間のような者たちは残っているのですよ」
「ほう」
仲間か。
「いずれも、この辺りの住人ではないということはわかっているのですが。工場の回りで見掛けた者が何人かおります」
「ほう」
「ともかく、レオン殿は目立ちますからね。気を付けて下さい」
†
1件寄り道をしてからガライザーの町並からすこし外れた。パウロ農園へ向かう小街道沿いで、ごく近いところに工場があると聞き、歩いて移動する。3時を過ぎて、だいぶ日が傾いてきた。敷地に入っていくと、建屋と門の間は除雪されている。
ふむ、木骨レンガ造りの建屋は、まあまあの大きさだ。(大学の)60号棟ぐらいか。こっちは2階建てだが、工場らしく1階だけ高い。
中に人は居るが、外には誰も居ない。寒いからな……ん?
看板だ。ご用の方は2階へどうぞ、か。この外階段を上るらしい。
上りきると雪国らしく風除け室があって、後を閉めて前を開ける。おお、暖かい。
人が居た、4人ぐらいか。
「こんにちは。トードウ商会のレオンと申します。理事の……」
「おお。レオンさん」
奥の方にパウロさんが居た。
「やあ、久しぶりです。お元気そうで」
「はい。待っていましたよ。じゃあ、1階は後で見て貰うとして、まずは打ち合わせを」
奥の一角に案内された。
壁があるわけではなく、衝立でただ区切っただけの空間だ。まあできたばかりのクランだ。
「ふむ。事務所もできていたんですね」
「いやあ、正直急転直下っていうか、まだまだですが事務所がこうなったのは、4日前ぐらいですかね」
「ほう。それは、それは」
「はい。オットーさんから、手作業でできるだけ茶葉を生産してくれと言われていますから」
パウロさんは満面の笑みだ。
「それもこれも、この建物が使えるおかげ、ウーゼル・クランのおかげですよ」
「そうですか。後で見せてもらいますが、使い心地はどうです?」
「古いが動力兼暖房用の蒸気ボイラーも使えます。納屋で作業するよりは、相当マシですよ。朝、来たばかりは寒いですが」
ふむ。新型ボイラーを導入した方がいいかな。
「失礼します」
事務員さんだろうか、女性がトレイを持って区画に入ってきた。
「どうぞ」
もちろん出してくれたのは、アーキ茶だ。
ん?
事務員さんが下がっていかず、なんだかパウロさんにしきりに目配せをしているような。
「ああ。そうか、初めてか。レオンさん。紹介します。妻です」
妻?
えっ?
「夫がお世話になっております。パウロの妻、ヘンマです」
ああ……立ち上がる。
「こちらこそお世話になっております、トードウ商会のレオンです」
年の頃は30歳代後半ぐらいか。
「では、失礼します」
立ったまま見送った。
「えっ、どういうことです。パウロさん」
思わず小声になる。
「まさか、レナード商会の紹介で?」
さっきの話じゃないが、急転直下だ。もう縁談がまとまったのか? イレーネさんの手腕がすごいのか?
「レナード商会? ああ。いやいや。実家から戻って来ただけですよ」
「えっ?」
「義母さんの具合が悪かったから、看病や身の回りの世話にいっていただけで。かあちゃんとナラムが勘違いしていただけです」
「じゃあ、逃げられたってのは?」
パウロさんが首を振った。
ああ……いわれてみれば、牙猪を狩った時にナラム君へ、違うって言っていたが、本当だったんだ。
「それは、おめでとうございます」
「いやまあ、別に」
むう。用事で実家に帰っていたのが、戻ってきただけなら、めでたくはないのか。
うれしそうに笑っているが。
「そんなことより、生産の話をしましょう。だいぶ慣れてきましたから、日産は乾燥後で30キルグラほどです。歩留まりはもうひとつで2割……2割5分は捨てています。オットーさんに多少量は減っても品質を守ってくださいって言われているので」
「はい。聞いています」
「やり手ですね、彼は」
その通り。
「王都の様子はどうですか?」
「なかなかの反響ですよ。喫茶店には毎日列ができています」
「そうですか。アデルさんのおかげですね」
むっ。途中から声が小さくなった。
「ウチの農園に来てくれた、アデルさんでしょう」
「ああ……まあ」
「大恩ある人たちのことです。死んでもしゃべらないから安心してください。嫂さんもそう言っています」
「助かります」
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