306話 加湿器の横展開
一粒で何度かおいしいのは、理想ですね。
「第1段階」
花瓶の横に置いた黄銅の箱、その上面の黄色く輝く魔石に触る。
「むっ」
花瓶の上方、天井のすぐ下に、鈍く青く光る発動紋が現れた。
「第2段階」
風速は第3水準。秒速4メト。
「花瓶から、風が吹き出したぞ」
4つの花瓶から、強制的な上向きの気流が生まれた。
「おお、上の発動紋で吸い込んでいるのか。入試の魔導具みたいだな」
「ああ、似ていますね」
そう言われてみればそうだ。
「これも循環魔術なのか?」
「そうです。では、第3段階。蒸気を出します」
青い魔石に触ると、花瓶の上が一瞬にして白く煙った。
「おお、蒸気だな……」
「すごい。面白いけれど」
ターレス先生とリヒャルト先生が顔を見合わせる。
「これは魔導アイロンの規模が大きくなっただけではないんですよね?」
「はい」
「でも、これが我々の懸案の解決策なのか?」
「まるで蒸気の壁ですね」
ソリン先生が、いつの間にか並んだ花瓶の横に移動して見ている。
「ん? あっ!」
「ソリン先生、どうしました?」
「もしかして、これに純粋光を当てるのですか?」
「えっ?!」
「あっ。そうか! 屋外!」
「オデット離宮公演での幕の役目か」
確かに屋外には、大学祭の実証における壁も幕もない。
「幕……にも使えるかも知れませんが、幕については主に魔導鏡を劣化させて乱反射させるものを予定どおり使いたいと思います」
「では、この魔導具の方はどういう使い方を?」
「光束そのものを見せます」
「光束そのもの?」
「たしかに、広くなれば純粋光の断面積が狭いのは不利だ」
ソリン先生があごを摘まんでいた手を離した。
「相対的な話ですな。光束の焦点以外に、光の経路を見せることで、見応えを増そうということですね」
「どうなんだ?」
「はい。ソリン先生のおっしゃる通りです」
「いや、霧を出す魔道具の代わりなのでしょうが。でも、よくわかりません」
「リヒャルト君……」
「だって、見てもいないものは、わからないと思いませんか?」
「至言だな。抽象的に捉えて、わかった気になるのはよくないか」
「いやいや、抽象化はわれわれ学者の地歩の1つなのですが」
「もちろん、そうだが」
ふぅむ。
考え事をしつつ、何気なく蒸気に手を伸ばす。
「おい、レオン君」
「あぶな……え?!」
「熱くないのか?」
あぁ。
「熱くないですよ」
体温よりちょっと温度が高いくらいだ。
「本当だ。あれ? 手が濡れないのだけど」
「一体どういう理屈で、蒸気になっているんだ?! ああいや」
「いったん止めますよ」
魔石に触れると、水蒸気の噴出が止まった。
「熱が入っていない状態で蒸気が出せるのか?」
「自然では……」
ソリン先生だ。
「……寒い日に、水温が高いと水蒸気が上がる時がありますが」
「この部屋は暖かいですよね」
「そうですね。それもぼやっと水蒸気が上がるぐらいで、さっきみたいに勢いよく噴出はしない」
「いや、そんなに難しい話ではないです。水を振動させると、この場合は、加減速を掛けるわけですが」
「振動……周波数は?」
「1秒間に2百万回ぐらいです」
「むう。2百万回」
怜央の記憶にあった、超音波霧化だ。だが、地球のように振動子を使用してはいない。直接水を加減速させるので、大きな断面で、蒸気を発生することができる。また、熱を印加するより大幅に魔力を節約できる。
ただし、水循環の有無が魔力消費に大きく効くので、最初は花瓶に溜まった水を蒸発させて使う。衛生面重視の加湿魔導具では加熱も併用している。
「あと蒸気の粒子が、とても細かくなるので、ちょっと触ったぐらいでは濡れた感じにはなりません。それで、高出力光実験室で、これを使っても良いですかね?」
3人の先生方が顔を見合わせる。
「もちろんだ。許可するぞ」
†
「レオン様……何をやっているんだ?」
館に帰ってきて自室に居ると、リーアがお茶を持って来てくれた。ああ、夕食前だからな。その用意でルネは手一杯なのだろう。
「何って、顔の美容……ああ、もうすぐ終わるから、そのまま置いておいて」
うなずいて、トレイをサイドテーブルに下ろした。
「美容って、その霧? 蒸気? 顔に浴びているのがそうなのか?」
机の上に置いたツボから蒸気が噴き出していて、それを顔に当てているのだ。音はさほどでもなく、会話に支障はない。
「うん。こうやって、蒸気を浴びていると肌にいいよ」
「肌って。男の癖に美容って、すこし気持ちが悪いな。くくく」
おい。
「別に、これ以上綺麗になりたくてやっているわけじゃないよ」
「ふん。アデルのために、自分の身体で試しているのだろう?」
わかっているじゃないか。
「それはいいけれど、熱くないのか?」
「熱かったら、肌によくないからね」
温度は40度ほどだ。怜央の記憶には、そこまでなかったので、風呂の温度に合わせた。
シュゥゥと蒸気の勢いがなくなって、止まった。水が切れたのか。
すこし濡れた、顔を拭き上げる。
「ほう。いいじゃないか、しっとりして見えるぞ」
「うん。さっぱりしたよ。でも毎日やるものでもない気がする」
ん。
「やってみたい?」
「いっ、いや、私なんか……」
「リーアは、僕と違って女だからな」
「ふん。一応な」
「ここに座って」
立ち上がって、席を譲る。
「水を……いや。化粧水にしよう」
瓶を出して、小さなツボに移し替える。
「化粧水を浴びるのか? いや、普通の水で、ああ。入れちまった……」
木の箱のくぼみにツボを置くと、まもなく、蒸気を噴き出し始めた。
「おお、おおぅ。なんか気持ちいいな」
「だよね」
「うん。これはいいかもしれない」
†
数日後。トードウ商会会議室。
「では、本日の打ち合わせは、以上で」
「おつかれさまでした」
代表とナタリアが立ち上がった
「おつかれ……ああ。ちょっと待って」
冊子を差し出す。
「こちらは?」
「特許の明細書……までは行っていませんね」
「うん。要点と、図だけ描いてきた」
「はい。承ります。えっと。加湿魔導具と美顔……」
「美顔!?」
「うん。館でなかなか評判がいいよ」
リーアが使用後。エストやルネに広めてしまった。
「加湿の方は、エストさんから、館の各部屋に導入したと報告が上がってきております。が、美顔というのは?」
いつもより食い付きが良いな。
「代表も興味ある?」
「そっ、それは、私も女ですし」
「ほう。蒸気を顔で浴びるのですか」
ナタリアが、冊子を後ろの方から……実施例の説明図を見ているな。
「えっ、あっ。ナタリア、ちょっと見せて。ほう。こういう風になっているんですね。本当に肌によいのですか?」
「蒸し風呂に入ったことはある?」
「あります。なるほど、あれと同じようになるんですね」
「そうそう。ええと。とりあえず、試してみる?」
「試すというと?」
「この商会の部屋数分、加湿魔導具との兼用品を作ってきたけれど。使って……」
「使います」
「是非」
ああ、そう。
そのあと、使用方法を説明すると、ひとしきり、事務所にいた皆が使いはじめた。
それで、僕には自分の部屋に行けと言われて、引っ込んだ。化粧が落ちるからねえ。僕には見せたくないのだろう。
まあいいけれど。1時間くらいして、代表とナタリアが僕の部屋に来た。
「お待たせ致しました」
「別に良いけれど」
「それで、あれは特許出願でよろしいのですね。ヴィクトル弁理士事務所へ」
「ああ、加湿の方はそれでいいけれど、美顔と吸入の方はどうしようかなと」
「なぜですか?」
「出して良いと思いますが」
ふむ。
「いやあ、気持ち良いし、化粧もよく落ちるから良いと思うけど。健康に良いかどうかを、予め確認した方がよいのか、どうかと思ってさ」
「うーん。おっしゃる通りですが。アーキ茶の件で調べたことがありますが、医療用品とすると権利化まで時間が掛かります」
「オーナーは、確認した方が良いと思われますか?」
「できれば」
「アーキ茶は、既存の成分がわかってよろしかったですが。今回はどうでしょう」
ナタリアだ。そうだよな。たまたま、工学部で分かったからよかったが。
「新たな効能が見つかった場合は、特許期間が延長されますので。それでよろしいのでは?」
「そうなんだよな」
迷いどころだ。
「わかった。出願は進めよう」
「承りました」
ナタリアが冊子を持って部屋を出て行った。
「ふぅむ」
「どうした? 代表」
「最近、発明というか、技術の横展開が増えてきましたので、人を増やす必要が高まってきたと思います」
「いいんじゃない」
「恐縮ながら、魔術が分かるであろうオーナーの大学の卒業生などがよろしいかと」
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2026/04/11 脱字訂正 (ferouさん ありがとうございます)





