305話 加湿器
この話を錬っているときはガンガン使っていたのだけど。年月の過ぎるのは早い。
12月に入り、数日たった夜。
「どうぞ」
「ありがとう」
夕食を取って居間に移動すると、ルネがお茶を出してくれた。
アーキ茶もおいしいけれど、ずっとそればかりだと飽きるので、普通のお茶も挟まないとな。
ルネは下がっていかず、壁際に控えていたエストとリーアの間に戻った。
ゆっくり喫しながら考える。そう、ゆっくり飲まなければならない。
夜が暇になった。
11月の間は、頻繁にアデルが泊まりに来ていたのだけど、今月になって年末公演に向けての舞台稽古が始まって来なくなった。さびしい半分と、手持ち無沙汰半分だ。
寝るまで何をするかななどと考えて、話しかけられるのを待っていた。
そう。いつものように自室もしくは書斎に引き上げず、わざわざここに居るのはメイドたちの話を聞くためだ。2階では、揃って話がしづらいらしい。しかし、今週は話題がないのかな。もうすぐ飲み切りそうだけど。
「あのう。お寛ぎのところ恐縮ですが」
「何、エスト?」
ここで来たか。
「魔導ボイラーに警告が出ました。魔石を取り換えますので、立ち会っていただけますか」
「うん」
取り換えるときは、立ち会うからと言ったのを、ちゃんと覚えていてくれたようだ。
放熱器を見る。瞬きすると40度弱の暖風が出ているから、もうひとつの蓄魔石に切り替わって問題なく動作はしているようだ。
茶を飲みきると、席を立った。
廊下を通り、階段を下る。
ちょっとした広間を通り抜けて、魔導ボイラーの前に立った。
「たしかに、青色で点滅しているね」
青は、青色の蓄魔石を交換しろという意味だ。
鍵を魔導収納から取りだして、解錠する。
「あとは私がやりますので」
「ああ、ごめん」
そうだった。彼女にやってもらわないと意味がなかった。
「では、開けます……あ、痛た。罪を赦したまえ」
ノブに触った手を離して、胸に持っていく。
ああ、結構信心深いんだな。
「エスト。それは神様の罰じゃないよ」
「はい?」
「静電気っていうのが、エストに溜まって、さっき金具に触ったから流れて、痛かったんだよ」
「そっ、そうなんですか? 罪は関係ないんですか?」
「考えてみて。冬はよく起こるけど、夏に起こったことってないんじゃない?」
「そういえば」
「そもそもは、空気が乾燥しているのがいけないんだけどね。おっと魔石を替えようか」
開けたボイラーの扉の裏に交換手順を書いた紙が貼ってある。
「皮手袋を填めます」
「うん」
「光っていない方の、蓄魔石を外します」
エストは、青い魔石を摘まみ、ゆるゆると揺らしていると台座から外れたようだ。
「新しい魔石を填めますが……こちらでよろしいですね」
うなずくと。エストは、見せた魔石を填め込んだ。
「扉を閉めます」
閉まった扉に填め込まれた魔石は、緑に輝いていた。
「問題なく、交換できたようです」
「うん。ちゃんとできたよ」
「では、次回から私ひとりで交換いたします」
「そうだね。すぐもう1個が駄目になると思うから。使い始めたのは、10月の下旬か」
「1カ月強ですね。以前の取扱説明書に半月で交換するようにありましたので」
ふむ。魔石の個数を勘案すれば、ざっくり10倍は持った計算になる。とはいえ、取扱説明書の方も余裕を持っているだろうから。7割減は妥当というところか。悪くない。
「あのう」
「何?」
「お向かいの館にも、こちらを取り付ける件。賛同することを代表に報告します」
「あ……そう」
「ええ。アデレード様も首を長くしていらっしゃることでしょうし」
「うん」
「それから、ときどき代表……アリエスさんが厳しいことをおっしゃいますが、すべて、レオン様のことをお考えての上ですので、そのことはご理解ください」
「うぅん。そうだね。僕は後先を考えない時があるからね。それに、人の守備範囲をちゃんと意識するようにするよ」
怜央がはしごから落ちたのも、できるなら、何でも自分でやろうとした延長線上だからな。
幸か不幸か、僕の立場は変わったんだ。人に任せることで、その人の存在意義を認めなければ駄目だ。
自分の部屋に戻って来た。
静電気か。湿気があれば起きなくなるよな。
加湿器……なんかまた知らない単語が浮かんだ。怜央の記憶か。さっきはしごのことを考えたからか。それはともかく。
加湿器。ふむ。部屋の中の湿気を保つためのものだな。
翌日の夜。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ありがとう。ルネ」
「冬は乾燥いたしますので、水分を多めにお取りください」
「うん。そうだ、僕はあんまり感じないのだけど、乾燥して嫌なことってある?」
「もちろんございます。若い頃は……レオン様はまだお若いですからそうでしょうが、何か塗らないと肌がカサカサいたしますし。厨房ではいいのですが、外に出ると喉も枯れやすいですね」
「ああ、確かに。喉はすこしあるね」
「今はまだ大丈夫ですが、本格的に寒くなりますとひどくなります。1月、2月でしょうか」
「うん。参考になるよ」
「はい。では、私はこれで」
ニコッと笑うと、ルネは下がっていった。
やっぱり加湿器は要るかな?
怜央の世界には存在したとしても、僕は余り必要と思ったことはない。
どうかな。そのような贅沢は不要っていう人がいるだろうなあ。
肌に喉か。喉!
そういえば、アデルが以前ウチの館へ来たとき、何かチンキを吸入していた。彼女のためにも作ってみるか。売り物にはなるかどうかわからないけれど。
†
「これは、なんですか?」
「加湿魔導具というものだそうです」
エストが答えてくれた。
館の1階ホール。緩やかな弧を描いた階段脇に、館に住む者達が集まっている。
皆が見ているのは、花瓶が置かれた小テーブル。花瓶の脇に、木の箱がある。箱の上面には小さな魔石が埋め込まれ、その横に似たような陶器が填め込まれている。
エストが皆に説明したのは、事前に彼女へ説明したからだ。
「出ているのは蒸気ですか? すごい勢いで出ていますが」
リーアが訝しそうに見ている。
彼女の言う通り、シューと蒸気が上がり、吹き抜けの天井まで届かんばかりの勢いだ。
「ええ、蒸気です。このホールの湿度を高く保つためのものです」
「それは、何のために?」
エストとルネが、顔を見合わせた。
「リーアさん。空気が乾いていて、嫌だなと感じたことはないのですか?」
「いやあ、ないですけど。洗濯物がよく乾いてうれしいです」
なるほど。下宿で居たときに、聞いた事はない。
「まあ、リーアさんはまだ若いですから」
「うらやましいですわね」
微妙にリーアがニヤけた。
「ではレオン様。加湿魔導具の追加は、私の部屋とルネの部屋。ふたつでお願いします」
木の箱は既製品で、穴をあけて魔石と一輪挿しの小さな花瓶を填め込んで作った。
同じ物を作るのはわけがないことだ。
「ああ、そう。ふたつね」
「いや、もらえるものなら、なんでも……ああ、やっぱり、乾燥してきついかなあ」
「ふふふ。ちゃんとレオン様は、必要であれば、皆の部屋の分を作ってくださるそうです」
「なんだ……」
リーアがギロッと僕を見た。
「でも、こんなに勢いが要るんですか?」
「うん。ホールは広いし、天井も高いからね。みんなの部屋に置くやつはそこまで強くなくても良いと思う」
「ですよね」
蒸気に触れてみる。
「レオン様!」
「ん? 何?」
「熱くないんですか、その蒸気は」
「ああ、そこまで熱くないよ。少なくとも、ちょっと触ったくらいじゃ、火傷はしない。この花瓶の中は、それなりに温かいけどね」
「はい」
リーアは、首を振っていた。
†
数日後の午後。大学の研究室。
僕の他には、ターレス、リヒャルト、ソリンの3先生だけだ。学生の姿はない。
「今度は何を作ったのかね?」
ターレス先生は眉根を寄せた。
作業台にのせた物が興味を惹いているようだ。
「陶器製か?」
「はい」
そう、幅広断面の直方体状だ。寸法は30ミルメトと100ミルメトほど
「花瓶じゃないですか? どこかで見たことがありますよ。花を飾っているところを」
リヒャルト先生は、自信があるようだ。
「花瓶? ……そう言われると、見えないことも」
「リヒャルト先生がおっしゃったように、元は花瓶です」
「うっ、そうなのか」
「ですよね」
すこし得意そうだ。
「はい。本体はこちらですが」
黄銅の箱状の器を取り出す。
「これらは対で使うもので、蒸気発生魔導具です」
「蒸気を発生?」
「面白そうな題材だが、余り横道に逸れるのはどうなのかな」
「ターレス先生。言い方が学科長みたいですよ」
「えぇ」
苦い顔をする。
「いや、もともと違う用途で考えたのですが。我々の懸案解決に使えるのではと思えまして」
「懸案だと」
「ええ、ともかく行使してみます」
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