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(5)襲撃

大遅刻です。申し訳ないです。

 夜、アシル村は昼間の沈黙が嘘のようにお祭り騒ぎになった。

 高々と燃え上がるキャンプファイヤーの周りには、肉、肉、肉。マルクとジョンスが引っ張り出してきたスパイスが惜しげもなく振るわれて、村の中は芳ばしい香りで充満し、明日の食事もままならなかったアシル村の人々にとっては夢のような光景がそこにあった。豪勢な食事を前にして村人たちも我慢のタガが外れたらしく、地下から貴重そうな秘蔵の酒を引っ張り出してふるまったり、辛うじて残っていた保存食を全て開け放って食卓に並べたりと、持てるすべてで晩餐を盛り上げにかかっていた。

 酒を浴びるように飲む男どもはすでに赤ら顔で、酔いが回りすぎて咽び泣いているものまでいる。女子供も、生であろうが焼けていようが目についた肉から口に詰め込んで、腹が膨れたら焚き火を囲って奇怪なダンスを踊り出す始末である。はっきりいってかなりやばい光景だった。


 村の男たちを連れたディマオンの狩りは大成功だった。手始めに巨大な熊を一頭。それだけで村のもの全員が食べられる量だったが、若者へ狩りの仕方を教えるついでに、一日では食べきれないほどの雪鹿の雄を仕留めてきたのだ。白霧の森とは違って、この辺りは魔物が格段に少なく、それゆえにただの動物が多く生息しているのだろう。ディマオンの手にかかれば、白霧の森より大量に獲物が手に入るのは必然であった。

 これだけ食料があれば今日食卓に並べられている分を食べきっても三日は安泰である。それに、魔物すら捕まえられるディマオンの狩の方法があれば、今までより格段に獲物を捕らえやすくなるはずだ。アシル村はもう、マルクたちがいなくなっても大丈夫だろう。


 想像以上に早く一番の大問題が解決してしまい、マルクは村人に振舞われた葡萄酒をちびちび飲みながら呆けていた。あんなに絶望的だった村の惨状が嘘のようだ。馬車の備蓄も、今日だけでこれだけの成果が出せるなら不安はない。むしろ今までどうしてこんなに辛かったのかと思ってしまうほどである。


「なぁ、あんた……いや、ディマオン。すまねぇ、こんなにすげぇ人だなんて思わなかったんだ。この通りだ。許してくれ」


 ふと、マルクの斜め向かいで、地べたに座ったディマオンに声を掛ける青年の姿があった。確か名前はソーゾンだったか、村にきて最初にディマオンに食って掛かった人だ。申し訳なさそうに精悍な顔立ちを歪めるソーゾンを見るや、ディマオンは太い眉を下げて仕方なさそうに笑った。


「いいってことよ。お前も村を思ってああ言ったんだろ。周りに流されずはっきり言えるお前はかっこよかったぜ」

「はは、あまり褒めないでくれよ。あんたには本当に感謝してるんだ。お陰で村の人間が飢え死にしなくて済むよ。ありがとう」

「かしこまんなよ。ったく最近の若いもんは」


 あーあー、とディマオンはがりがりとかき混ぜるように頭を引っ掻くと、空いている隣の席を叩いてソーゾンをそこに呼んだ。はにかみながら大人しくそこへ座るソーゾンをなんとなく眺めていると、突然背中からどんっと誰かに抱き着かれた。


「マルクー!」

「うわ、ミレイユ、危ないだろ」

「えへへー」


 ミレイユは全く反省していない様子でぐりぐりとマルクの背中に頭を押し付けると、それで飽きたのかゴロンと仰向けに寝転んだ。その時に見えたミレイユの顔は、焚火で照らされている以上に明らかに赤く染まっていた。


「ま、まさか酒を飲んだのか!?」

「さけってなにー?」


 ひっくり返ったままだらだらと笑うミレイユからアルコールのつんとした匂いがこれでもかと漂ってきた。これはかなり飲んでしまっているに違いない。


「いったい誰が飲ませたんだよ。あーもーヨランダさん!」


 何とかしてくれそうなヨランダの名前を叫んでみたが、肝心の彼女はなぜかキャンプファイヤーの近くにいないようで、どこを探しても姿が見当たらなかった。


「こんな時に限って!」

「おーいマルクぅ!」

「今度はなんだよ!」


 どすん、とミレイユに伸し掛かられたときよりも数倍の重さが背中にぶつかってきて、マルクは咄嗟に地面に手を付きながら背後を振り返った。そこにはやはり完璧に出来上がったジョンスが首まで赤くなって爆笑していた。


「何すかマルク、お祭りに乗じてヨランダさん狙ってるんすかぁ」

「違うにきまってるだろ。というか、飲みすぎだ!」

「無礼講っすよーいいじゃないっすかぁ」

「まずは水でも飲んでこいって」

「いーやーっすー」


 普段よりも凄まじいダル絡みにマルクは頭痛がしてきた。さっき飲んでいた葡萄酒の酔いもすっかりさめてしまい、自分がこの二人をどうにかしなければと妙な使命感まで芽生えてきてしまった。まずはミレイユを先に介抱しようとと立ち上がりかけたところで、ふと村の外から奇妙な音が聞こえた気がした。


「……なんだ?」


 ミレイユを抱きかかえながら立ちあがった瞬間、ソーゾンと杯を交わしていたディマオンが突然吠えた。


「魔物が来るぞ! 全員武器を取れ! 女子供は村の真ん中へ!」


 ……ォォォオオオオオ……。


 ディマオンの声に交じって不気味な獣の叫びが夜空に響き渡る。しばらくして、森の奥から蹄を打ち鳴らす喧噪がうねりながら接近し、遠い木々が根元からへし折れ始めた。

 マルクはすぐにミレイユをジョンスに押し付けて村の真ん中へ押し込むと、腰に下げたままの剣を素早く引き抜きながらディマオンのもとへ走った。すでに迎撃態勢を取っている村人も音のする方向へ槍や弓を構えて、自然とディマオンの傍に集まっている。


「ディマオンさん!」

「来るぞ!」


 どぉん! と数メートル先の大木から衝撃音がしたかと思えば、その木は無数の雷じみた爆音を立ててこちら側に倒れこんできた。


「よけろ!」


 誰かの号令に急かされてマルクは全力で真横に飛んだ。倒壊した大木は雪煙を上げ、大地を揺らして周囲の松明を消し去ってしまった。キャンプファイヤーの灯り以外を失い、混迷に落とされた村人から悲鳴が上がる。大声で泣き出す子供に静かにしろと怒鳴る気配があり、めちゃくちゃに喚く女性の声までして全く魔物の居場所を探れない。マルクは瞼を打ち付けてくる雪塊の中、必死に目をこじ開けながら身を起こした。


 すると頭上で、雪煙の中でゆらりと動く影を見つけた。マルクの身長を優に超える、三メートルはあろうかという巨体だ。こんもりと盛り上がった部分は背中で、意外と近い場所から生々しい獣の吐息が降りかかってくる。


「マルク! あぶねぇ!」


 巨体の後ろからクジマが怒鳴り、マルクは理解する前にとりあえず後ろへ飛び込んだ。刹那、自分の背中を引っ掻くように風が吹き荒れて、大きなものが振り上がる。転がりながらマルクが見たのは、青白く輝くイノシシの牙が天を穿つところであった。余波だけで雪ごとマルクは吹き飛び、他の村人も悲鳴を上げながら数メートルの距離を転がった。


『ブモォォオオオオオオオ!』


 雪が晴れたため、ようやく奴の全容が露になった。白い毛並みと魔力が一転に凝縮された魔部の煌めきは、この辺りにいるはずのない魔物の特徴を備えていた。


「ホワイトボア……! 白霧の森から出てきたのか!?」


 白霧の森に生息する魔物が、生息範囲を超えて活動するなんて話はついぞ聞いたことはない。唖然としたままマルクが動けずにいると、いきなり背後から襟首を掴まれてズルズルと後ろに引っ張られた。見上げてみるとジョンスの怯えた顔が後ろにあった。


「な、なななんすかあれぇ!」


 驚愕に目を見開いているのはジョンスだけではない、ディマオンでさえ大剣を構えたまま口を開けていた。


「馬鹿な、何が起きてんだ一体!」

『ブモオオオオオオオオオオ!』


 考えている間、相手は待ってくれない。ホワイトボアの背後からは次々に別のイノシシ型の魔物が殺到してきて、掘っ立て小屋を片っ端からひっくり返しながら村を包囲し始めた。村人が槍を持って押し返そうにも、真っ黒な土砂となって押し寄せてくる軍勢には叶わず、瓦礫ごと人間が踏みつぶされて聞くに堪えない音が聞こえてくる。

 武器を持った男たちが絶望に満ちた表情に染まり切る寸前、ひゅん、と甲高い音を立てて一つの矢が一匹のイノシシを打ち取った。


「戦え! 目を狙うんだ!」


 ソーゾンに活を入れられて息を吹き返した男たちは、威勢よく雄たけびを上げながら一匹ずつイノシシを打ち取っていった。もともと森の中で狩りをしていた人たちなだけあって、その動きはすぐに統率がとれたものになり、着実に軍勢を押し返し始めた。


 しかし、群れを率いてきたホワイトボアだけは簡単にはいかない。


「うおおッ!」


 大剣を担いだディマオンがホワイトボアで切りかかるが、鋭く反り立った牙に防がれてなかなか攻めに行けていない。しかしあのディマオンならば一撃で仕留められそうなのに、今日の彼の動きは目に見えて鈍っているように感じられた。

 一体何がディマオンの動きを鈍らせているのか皆目検討がつかない。しかしこのままでは村の損害が増え続けるだけだ。


「どうにかしないと……!」

「マルクー!」

「今度はなんだよ!」


 今にも泣きそうなジョンスが縋り付いてきて思わず怒鳴ってしまったが、彼はぐらぐらとお構いなしに腕を揺らしてきた。


「ヨランダさんどこにいるんすか!? さっきから見当たらないっす!」

「怪我人の様子を見てるんじゃないか!?」

「それ不味いっすよ! こんな状況で一人なんて!」


 言ったそばから、怪我人が集められている掘立て小屋の方向から巨大な爆発が起きた。


「わー! わー!」


 ジョンスは情けなく悲鳴を上げながらミレイユを抱きしめた。マルクは天まで吹き上がる火柱にたたらを踏んだが、意を決して爆心地へ走り出した。

 ミスリル級であるヨランダなら、白霧の森の魔物でもない相手に後れを取るとは思えない。故に彼女の無事は心配していなかったが、ディマオンが苦戦するほどの相手ならば、自分たちが束でかかるよりヨランダが共にいた方がいい。


「ヨランダさん! どこですか!?」


 再び爆発が起き、燃え盛る炎の先に怪我人のいる粗末な小屋が揺らいでいた。爆発の炎は奇妙なことに小屋を燃やさぬよう、しかしすれすれの場所で囲うようにしながら蜷局を巻いているようだった。


「ヨランダさん!?」

「ここよ。怪我人は無事」


 小屋の近くの木の上から声がして見上げると、太い枝に仁王立ちして杖を構えるヨランダの姿があった。この爆発はヨランダが生み出したものらしいが、一体なぜここまで大規模なものを……。

 疑念が浮かんだ瞬間、炎に混ざって肉が焼け焦げる独特の臭いが鼻を掠めた。慌てて目を凝らせば、炎で焼かれている場所にあるのは木材ではなく、イノシシの形をした炭であった。小屋を囲うように燃えている炎は全て、イノシシを焼き尽くした残滓だったのだ。


「マルク。ここはいいからディマオンのところへ行きなさい!」

「ディマオンさんが今、ホワイトボアと戦っていて苦戦しているんです! ここはおれに任せて応援を!」


 ヨランダは一瞬迷ったようだったが、マルクの目を見てすぐに頷いた。


「すぐ仲間を呼んでおくわ。それまで持ちこたえて!」


 ヨランダは足元に風魔法を渦巻かせると、鳥のように飛翔してディマオンのもとへ向かった。マルクは入れ違うように炎の中に飛び込み、小屋の周囲へと気配を向ける。まもなくヨランダの気配が消えたのを感じ取ったのか、失せていたはずの魔物の気配がじりじりとこちらへ近づいてくるのが分かった。

マルクは剣を両手で握りながら、炎の向こうで赤く目を輝かせる獣たちへ笑った。


「おれだってカエヌディ出身なんだ」


まずは一頭。小屋を破壊しようと飛び込んできたイノシシの首へ斬撃を叩きこむ。鍛えこまれた一撃はあっさりと頭と胴体を分断し、鮮血をまき散らしながらイノシシは沈黙した。


「かかってこい! おれが相手だ!」


 イノシシたちは一瞬ひるんだものの、甲高い威嚇の声を上げながら我先にと突進してきた。魔物に進化したイノシシとはいえ、ホワイトボアほどの知能は持ち合わせていない。猪突猛進の獣を恐れる理由はどこにもなかった。


「うおおお!」


 マルクは全身のばねを使うように回転して襲い掛かってきた四頭を輪切りにすると、後続の群れへ猛然とうちかかった。イノシシたちは次々と殺されていく仲間に恐怖を覚えていないのか、死体を踏み越えてマルクへ何度も襲い掛かってくる。一匹一匹に知能があるわけではなく、何者かの指示を忠実にこなそうとしているかのように見えた。

 彼らの背後に言い知れぬ巨大な気配を感じながら、マルクは怪我人の建物に一匹も近づけまいと油まみれになった剣を裾で拭った。すでに十頭近くを切り伏せたが、炎の向こうからはまだまだ数え切れないほどの群れが控えている。炎の勢いが弱まったことで視界が開け始めているが、それは同時に灯りが徐々に失せていることと同義である。最悪夜明けまで戦う羽目になることを覚悟して、マルクは村に残る松明の位置を探った。光っているものは、ホワイトボアへ魔法を使うヨランダと、中央の大きなキャンプファイヤーと、この辺りの燃え盛る炎しかない。光源を確保できなければ、一気に村をつぶされてしまうかもしれない。


 焦りを覚えたタイミングで、ぎらりと鈍い輝きがマルクの視界の端を横切った。驚いてそちらを見ると、マルクを迂回するように回った大きな一頭が、わき目もふらずキャンプファイヤーのところへ突進していく姿が見えた。


「まずい!」


 追いかけようとするが他のイノシシたちに妨害され、もう走っても間に合わない距離まで引き離された。あのままではキャンプファイヤーの近くにいる女子供が殺されてしまう。諦め悪くマルクがその方向へ足をたわめようとしたその時、広場の周辺から地響きが巻き起こった。


 無視できないほどの大きな振動で、イノシシたちでさえ動きを止める。まるで地面の下で巨大な生物が動き回っているかのようだ。マルクはラグネル湖にいた白鯱を思い出し、思わずその場から飛びのいた。


 刹那、マルクが先ほどまで立っていた地面が断裂し、雪崩じみた音を立てながら雪ごと大地がせり上がっていった。それはキャンプファイヤーへ向かっていたイノシシを跳ね飛ばすと、奥に見えていたホワイトボアの腹も殴打して外へ追い出してしまった。マルクが驚いている間もなく、それは見る見るうちに表面が削られて、人工物の、それこそ城の外壁の様な滑らかさになって静止した。壁の左右に視線を巡らせると、それは緩いカーブを描いていて、ちょうどアシル村を囲うようにできているらしかった。


 イノシシたちは突然現れた外壁に恐怖の悲鳴を上げると、じりじりと後退してから森の中へと逃げ出した。しばらく警戒するように周囲を見回してみたが、静まり返った森の中からはもう何かが動く気配もない。


 しばらく剣を構えたままじっとしていると、壁の表面に魔力が走り、やがてぞりぞりと削れて門に変形した。目を見開いたまま門の先を見ると、全身に淡いラインを纏わりつかせたミレイユが、心配そうにマルクを見上げていた。


「マルク、大丈夫?」

「あ……ああ。この壁は一体誰が……」


 ミレイユは意味がわからないという風に首を傾げた後、ああ、と諒解したように声を上げた。


「これ私が作ったお城! すごいでしょ!」


 えへへ、と自慢げに笑って見せるミレイユの言葉を理解するまで、マルクは数秒を要した。彼女がかなり高度な魔法を使えることは理解しているつもりだったが、まさかここまで大規模なものを作れるとは全く想像していなかった。あっけにとられながらもう一度外壁を眺めた後、マルクは引きつった笑顔のまま、ミレイユの頭を撫でた。


「助かったよ。すごいよミレイユ」


 ぐりぐりと頭をなでると、彼女は腕に走る魔力らしき光のラインを瞬かせながら嬉しそうに笑った。

 予定していたシナリオの見直しをしているので不定期更新を続けます。気長にお待ちください。

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