(10)かまくら
ウェンドベアの洞窟を後にして、黙々と南に進む旅に出て数日。兄達の襲撃もなく、他の魔物からの奇襲も程々にいなして、旅は順調に進んでいた。今の時期の森は吹雪もなく降雪も少なく一番過ごしやすい。少女がこの時期に遭難したのはある意味幸運だったのだろう。
たまに固まっていない雪に沈んで足を取られながら、俺は少女を落とさないように歩き続けていた。食料はまだあるが、南へ進んでも全く気温が上がらない。少女が温暖な地域までまだまだかかりそうだ。白霧の森を出るのは今回が初めてだから、いったいどれほど長い旅になるのか皆目見当がつかない。それがとてつもなく不安だった。
「ねぇ、休まなくても大丈夫なの?」
頭上で少女が話しかけてきて、俺はぴんと耳を立てながら頷いた。少女が毎日話しかけて来るおかげで、彼女の言葉が今ではもうはっきりと分かるようになった。洞窟を出てからは特に彼女の言葉が明瞭に理解できるようになったので自分でも驚いている。あの洞窟の中に自分の脳みそを馬鹿にする成分でも漂っていたんじゃないかと思うほどだ。
話しかけてくれる少女にご機嫌になりながらしっぽを振り回していると、首の後ろ辺りをぺしぺしと小さな手のひらで叩かれた。
「本当に大丈夫? 昨日からずっと移動してるよ? 何も食べてないでしょ?」
少しでも兄達から距離を離したいからな。それに走っているわけじゃないし、全然疲れてないぞ。
そういう意味を込めて俺は少女を見上げるが、そんな細かい情報まで伝わるわけもない。案の定、足を止めない俺に彼女はむっとしていた。
「食べないとだめだよ。だめだってばー」
さっきより強めに背中を叩かれるが全く痛くない。だがそんな風に暴れられると振り落としてしまいそうなのでやめて欲しい。
本当にお腹は全然空いていないのだ。旅に出る前に胃袋に詰め込んだウェンドベアの肉がまだ消化されていないから、あと一週間はそこら辺の白木を齧っているだけでも平気だ。毎日三食なんて贅沢なことは言えない。いつまで旅が続くか分からないのであれば猶更だ。
……いや待て、この数日間食べてないのは少女も同じじゃないのか?
俺は今さらそんなことに気付いて足を止めた。近くには魔物の気配はない。ここは丘になっているので見晴らしも良いので、休憩するには丁度よさそうだ。
俺が足を止めたのが嬉しかったのか、少女は「ほらやっぱり」と自慢げな声を上げた。違うんだけどなぁ、と苦笑しながら尻尾で少女を下ろし、俺は傍の雪をある程度平らにしてから座った。それから、少女が小脇に抱えている毛皮で作った魔法陣を鼻でつつく。その魔法陣の中にはブランオスターの肉が入っているはずだ。
「分かってるからちょっと待っててね」
少女は言いながら筒状になった毛皮を広げ、中の魔法陣に手を当てた。すぐに周囲の魔素が吹き込んで魔法陣が美しく光り、その中心へ向けて少女が手を突っ込むと、見る見るうちに手のひらが吸い込まれていった。
「えっと確か、ここら辺に……あった!」
何度か探るように腕を動かしてから、ミレイユは肉を引きずり出した。やはり自分の魔法陣が仕事をしているのを見ると興奮する。早く俺も魔法を使えるようになりたい。
しっぽを高速回転させる俺の前で、少女は天真爛漫な笑顔でブランオスターの骨付き肉を掲げた。
「はい、どうぞ!」
ブランオスターを狩ってからそれなりの日にちが立っているはずだが、肉はまだ新鮮な赤でおいしそうだった。俺は思わず齧り付きそうになったが、寸でのところで当初の目的を思い出し、鼻でぐいぐいと少女の方に肉を押し付けた。
「私が食べるの? でもさっき食べたよ?」
そう言って少女は腰の後ろから巨大な骨をひょいっと引っ張り出した。
いつの間に喰ったんだよ。
「貴方が歩いている時、ちょっとずつ摘まんでたんだ。そうしたほうがお腹が減りにくいから」
という事は、この子は足だけで俺にしがみついて、両手で優雅に肉をむさぼっていたのか。恐ろしい子。
あれ、ちょっと待てよ。そういえばこれ生肉じゃん。俺なら食っても大丈夫だが、少女が食べたら間違いなく腹を下す。焚火の魔法陣は洞窟に置いていったままで……あれ、じゃあこの子生で食べたの?
うわぁ、少女、恐ろしい子。
まぁ、ともかく、既に食べたのならここで無理に食べさせる必要もないわけだ。俺は魔法陣にその肉を戻してもらおうと、肉を鼻でつついてから、右手で魔法陣をちょんちょんと触った。意図を悟った少女は一瞬頷きかけたが、はっとして眉を吊り上げる。
「だめ! 貴方も食べるの!」
怒られた。俺が食ったら二口で終わっちまうよそんな小さい肉。それでもぐいぐいと押し付けられてしまったので、俺は仕方なくそれを咥えた。途端に少女は笑顔を見せて、いつものように顎の下をわしゃわしゃしてくる。
むぅ、撫でられては仕方ない。
あっと言う間に肉を食べ終えると、少女はまた朗らかに笑った。
「今度は一緒に食べようね! それまで私も我慢する!」
お前は我慢しないでもっと太りなさい。そう思ったが、ここで少女の言葉を否定するのも野暮なので、尻尾を一つ振って了承しておいた。
さて、ひと悶着あったが、俺がここで休憩をしようと思った訳はもう一つある。ずっと外にさらされた状態で寝起きしていたから、今日はかまくらでも作って休もうと考えたのだ。
ウェンドベアの洞窟がどれだけありがたいものか、今なら分かる。俺とコートにくるまっている少女はともかく、外にさらされている俺の体は夜中になると雪はカチカチになるし、寝転がってると体温で少し解けた雪が体に纏わりついて物凄く寒い。昔は兄達と集まって寝ていたからこんなことはなかったので、同時に集団生活のありがたみも理解する羽目になった。
そうと決まればさっそく近くの雪を集める。最初は少女が入れるぐらいのものにしよう。その後に自分用の巨大なものをのんびり作ればいい。
二メートルほどの雪山をざっと作ると、足元で声がした。
「何してるのー?」
かまくら作ってるんだよー。
それにしても少女は体が小さいから、俺の手にかかれば一瞬でかまくらが出来上がりそうだ。
俺は少女の等身を確認しながら、集めた山の形を整え、入り口の穴をざくざく爪でほっていく。それから手首を回して崩れた雪を掻きだそうとした。
だが、腕を突っ込んだところでやっと気づいた。俺の腕は太いから、奥まで綺麗に掘ろうとすると絶対に洞窟が開通するか、削りすぎてかまくらが崩壊してしまう。そこまで思い至らないなんて馬鹿か俺は。
自分の頭の足りなさに項垂れながら腕を引っこ抜くと、少女は作りかけのかまくらに目を輝かせていた。
「すごい! 雪のお家だ!」
少女はそのまま作りかけのかまくらに入ってしまう。
ちょ、崩落したら危ないって。
俺は伏せの状態でかまくらの中を覗き込んだ。
「すごーい! 雪でできてるのにあったかい!」
かまくらの内壁は凸凹していて、見るに堪えない代物だった。それなのにご満悦でくつろいでくれる少女を見て、俺は何だか申し訳なさと照れくささでペタンと耳を折りたたんでしまった。
少女は隅々までかまくらの中を堪能すると、外に飛び出して俺の顔に抱き着いた。それから徐に俺の鼻に背を持たれて、両手をかまくらに向けた。
「えい!」
という掛け声が響くなり、少女の両手に空気中の魔素が青白く反応しながら吸い寄せられる。それは少女の腕を導火線として魔力となって収束し、かまくらに放たれた。その現象はちょうど魔法陣に魔力を流したときのようだった。
…………え?
俺が呆気に取られてる間に、少女の集めた魔力がかまくらを包み込んだ。歪に丸みを帯びていたかまくらの表面が、魔力に操られて二本のとんがりを作り上げる。さらに内側の荒々しかった壁が滑らかになり、入口には牙のようなものが生えてきた。
は? 何してんのちょっと!?
思わず体を持ち上げると、俺に寄りかかっていた少女がコロンと後ろにひっくり返った。それと共に、かまくらの変化も停止する。
かまくらが獣の生首を模した家にグレードアップしていた。
…………どうしてこうなった。
俺はあんぐりと口を開けて少女を見下ろした。耳が立ちすぎて後ろに反り返るんじゃないかというぐらい俺が驚いているのに、少女は仰向けに寝転んだままドヤ顔だった。
「えへへ。うまくできた!」
そうかそうかよかったなぁ。
じゃねぇよ! なんで魔法陣なしで魔法使ってんだこらぁ!
べしべしと尻尾を叩き付けながら俺が鼻息を荒くすると、少女はきょとんとしながら起き上がった。事の重大性を全く理解していないらしい。
まさか魔物化してしまったのかと不安になって、俺は少女に顔を近づけた。だがコートを捲っても肌に異常は見られない。魔法を使った腕にも異常はなく、呼吸も安定しているようだ。
納得がいかないまま俺が顔を上げると、涙目になった少女の顔がようやく目に入った。
「わ、私、何か悪いことした?」
急に俺があれこれやったせいで怯えてしまった様だ。俺はおろおろとしながら、とりあえず首を横に振る。
「本当に、怒ってない?」
俺は何度もかぶりを振って見せた。少女はしばらく疑う様に俺を見上げていたが、やがて表情を和らげて、恐る恐る俺の首元に触れてきた。俺も内心でビビりながら少女の手に顔をこすり付けると、今度はぎゅっと抱きしめられた。
「よかった。貴方に捨てられたらどうしようかと……」
透明な声音が耳に沁みて、俺は思わず息をのんだ。白霧の森で一緒に暮らしていた時も、少女は度々一匹で出かけようとする俺を追いかけてきたが、あれはそういうことだったのだろう。
まだ幼い少女が両親から引き離され、奴隷にされ、更には魔物に喰われそうになったのだから、彼女の孤独や恐怖は計り知れない。一緒にいてくれるのは言葉を扱えない魔物だけなのだから、俺に執着するのも仕方ないことだ。俺も家族から捨てられた身として、今の彼女の気持ちもある程度は理解してるつもりだった。
俺は前足で少女を軽く抱きしめるようにしながら、少女の顔を一度だけ舐めた。捨てるつもりなら最初から拾ったりするわけがないだろう。そう言って少女を安心させてやりたいが、獣の喉から出てくるのは鳴き声ばかりだった。
長い間少女と身を寄せ合っているうちに冷たい風が出て来た。
俺は身を起こして少女から離れると、鼻でつついてかまくらの中に入る様に促した。少女は頷きながらかまくらの中に入ると、入り口の前に座り込んで俺の方をじっと見つめていた。まだ俺が去ってしまうのではと心配なのだろう。俺はどこにも行かないから、という意味で尻尾を振ってみたが、少女は入り口の傍から動かない。そこでは全然風を凌げないだろうに。
少女を奥に行かせるのは諦めて、俺はかまくらの周りを警戒した。まだ魔物の姿は見られないが、人間の匂いが丘の下に流れているのでまた襲われるかもしれない。今のうちに自分用のかまくらも作りたいのだが、風が止むのを待った方が安全だろう。魔素のおかげで夜でも明るい森の気候に、今だけ助けられた気分だ。
太陽が雪原に沈み始めると、魔素で満ちた空は白色から灰色に染まり、東の方ではすでに重たい鈍色が混ざっていた。風もさらに冷たく強いものになっていく。これだけ冷え込んでいたら獲物を探しに出かける魔物もいないだろう。
俺は薄暗くなった白い地平線を睥睨したのち、自分用のかまくら制作に着手することにした。
先ほど簡単なものを完成させたからもう要領は掴んでおり、雪を集め終われば後は早かった。純度の高い雪特有の青い影で満たされたかまくらは、中に入ってみると魔素の隙間から見える星空のようにきれいだった。これなら確かに、少女が歓声を上げて中を見回していたのもよくわかる。
「わぁ、こっちのほうが大きいね!」
いつの間にか少女が俺専用のかまくらの中にいた。びっくりした俺をよそに、少女はさっきのようにかまくらの中をぐるぐる見回って、最後に俺の尻に飛び込んでにっこり笑った。
「これだけ広いなら一緒に寝られるね!」
確かに一緒に寝る分には支障はないが、入口が大きい分冷たい風もたくさん入ってきて寒い。小さいかまくらの方が見た目もかっこいいのだから、あちらで寝ればいいものを。
まぁ、どうしてもというなら、一緒に寝てやらんこともない。
俺はしっぽで少女を腹のあたりまで追いやってから、首と胴体で包み込むようにして丸まった。きゃははっと笑い声をあげて俺の体毛に埋もれた少女は、手を精一杯伸ばして俺の耳の後ろを撫でてくれた。入口の先では向かい側にそびえる獣の顔のかまくらが見える。自分のかまくらよりクオリティが高いそいつが恨みがまし気にこっちを見ている気がして、俺は片目をつむって見なかったふりをした。
それにしても、少女が先ほど行った不思議現象は間違いなく魔法によるものだった。さっきコートを捲って確認してみたが、少女の体には魔回路らしきものもなかったし、手の平にも魔法陣はなかった。とりあえず、魔物化したわけではないようだ。
動物が一般的に魔物化するには、白霧の森のように空が見えないほど魔素で満ちた場所で半生を過ごす必要がある。この条件はもちろん人間にも当てはまるので、人間も魔物になる可能性はあるのだ。だが、魔素溜りにいる魔物はミスリル級でも苦労するもので、とても人間が五十年も生き残れる環境ではない。よって、人間が魔物化する事例は滅多になかった。
一応、歴史上一度だけ人間を無理やり魔物に作り替える実験が行われた事がある。魔物特有の魔回路を人間の身体に直接入れてみようという、単純な計画だった。暴走事故が起きる可能性も考慮して、実験に使われた魔回路はウェンドベアとは比べ物にならないほど貧弱な魔物のものが使用された。しかしその配慮もむなしく、被験者は凶悪な魔物と化してその国を一夜にして滅ぼしてしまったらしい。人型魔物が放った魔法は甚大で、その地域はしばらく魔素溜りで誰も住めなくなったという。
魔力はあらゆるエネルギーの源だが、多すぎると肉体が破裂する。もしこの記録が本当であれば、国民全員が風船になるほどの魔素溜りが出来たのだろう。あまり現実的な話ではないが。
ともかく、今の少女は魔物となるための条件をどれも満たしていない。だから魔物になるはずがないのである。
では、どうして少女は何もなしに魔法を使えたのだろう。残念ながら狼の俺に分かるはずもない。
身体が冷えてきたので、俺は雪の上から起き上がり、かまくらの中をぐるぐると回った。少しでも身体を動かさないと体がこわばりそうだ。風が遮られているおかげで昨日より過ごしやすいが、それでも寒いものは寒い。
天井にぶつからない程度にジャンプを繰り返していると、それをいつものように眺めていた少女が声を上げた。
「ねぇ、ちょっといい?」
首をかしげながら少女の方へ歩み寄る。少女は寒さで赤くなった鼻をこすりながら俺の真似をするように首を傾けた。
「貴方、名前はあるの?」
ゆっくりと首肯した。
「じゃあ、文字は……書ける?」
もちろんだ。文字を書けねば魔法陣なんて書けないからな。
鼻高々に頷いてから、俺はすぐに眉を顰めた。魔物なのに文字を書けるのか? だが魔法陣に書かれた文字もしっかり読めるし……なにかおかしいな。
俺が悩んでいる間に少女はこんなことを頼んできた。
「名前、書いて教えてくれないかな」
なるほど、言葉が通じるのなら、話せなくとも筆談すればいいじゃないか。この子頭いいな!
俺は喜々として自分の名前を書いた。
「…………よ、読めない」
なん……だと……。
いやいや待てよ。そう言えば少女と初対面の時は全く言葉がわからなかったじゃないか。つまり言語が違うのだから、俺の文字が少女に理解できないのも当然ではないか。俺は既にリスニングは完ぺきだ。後はライティングを学べば済む話。ザッツオールライト。
一人で納得していると、少女がちょいちょいと俺の前足をつついてきた。
「名前だけなら、音を知るだけでいいと思うの。ちょっと待ってて、発音を書くから」
そう言って少女はわざわざかまくらの外に出ると、地面に大きく文字を書きながら「オ」「エ」「イ」と一つずつ言葉を発し始める。俺は最初こそ意味がわからなかったが、整然と並んだ文字列を眺めていくにつれてようやく理解した。
名前は、国が違っても発音はほとんど変わらない。例えばマイケルという名前の人が、言語圏の違う外国人からもマイケルと呼ばれるのと同じである。だから少女は俺に名前に一致する発音の文字を一つずつ選ばせ、名前を割り出そうとしているのだ。
少女は赤くなった指先で一通り書き終えると、俺の方を見上げた。
「もう一回読み上げるから、名前にある発音の時に尻尾を振ってね」
言われた通り、俺たちは時間をかけて一つずつ名前の音を拾っていった。
俺が拾った文字は「イ」「ヴ」「ハ」だけ。この状態ではまだアナグラムなので、正しく並び替える必要がある。少女は俺が示した三文字を別の場所に書いて、それから順番を訪ねてきた。
俺が一番目、二番目を答えて、ようやく俺の名前が出来上がる。
「ハ・イ・ヴ……『ハイヴ』?」
俺はゆっくりと頷いた。『テレパシー』とは違う響きを持った、肉声で呼ばれる己の名前。久しく呼ばれなかった自分の名前が、まさか兄達ではない、人間に呼ばれるとは今日この瞬間まで思いもしなかった。
少女は瞼を下ろし、小さな声で何度も俺の名前を繰り返す。それから、顔を真っ赤にして、ありったけの声で叫んだ。
「ハイヴ! 私の名前はね、ミレイユっていうの!」
ミレイユ、か。綺麗な名前だな。
幼い声の余韻に浸りながら、俺は優しく少女に触れた。少女──ミレイユは至近距離から俺の目を真っ直ぐ見つめて、微笑み返してくれた。透き通ったミレイユの紅の瞳が柔らかく弧を描いて、目じりにうっすらと涙をにじませる。
それを見た途端、上手く言葉にできないが、俺は胸の中に暖かなものが注がれていくような気がした。
たかが名前を教えあっただけなのに、はっきりと少女の顔が見えるようになった。意外と筋が通った鼻や薄い唇も、俺にそっくりな黒い髪も本当に綺麗で、種族が違うのに一瞬で大好きになってしまった。
俺は、兄達からずっと『泥』と呼ばれて、必要にされることがなかった。兄達には憂さ晴らしの道具にされ、自分で問った獲物でさえ奪い取られ、仕舞いには生贄のような形で捨てられた。だから、俺にはもう何も残っていないと思っていた。
少女を拾ったのは、本当に気まぐれみたいなものだったのだ。なんとなく生き残れたのはこの子のおかげだと最初は思っていたが、本当はもっと独善的な理由だ。一人で生き残る自信がなかったから、勝手にこの子に依存しようとしただけなのだ。
だというのに、俺に寄り添ってくれたミレイユは、母が死んでから久しく得られなかった大事なものを与えてくれた。
俺が来るのを待ってくれる人がいる。感情を分かち合える仲間がいる。一人ではないとは、これ程嬉しいものなのか。
「ハイヴ、泣いてるの?」
何を言ってるんだミレイユ。魔物が涙を流すわけないだろう。
そう伝えるために小さく鳴くと、目元からポタポタと雫が垂れた。




