はちのはち 予知
イナバさんは、変わらず占い師をやっているらしい。コトによると雑誌に連載も持ってるらしく、もしかしたら一番稼いでるのかもしれない。
そして、いつだったかの宣言通りあれ以来悪いことはしていないらしい。まあ、実際に会って聞くことも少ないから本当のところは分からないけど、まあたぶんしてないだろう。
ふと時計を見ると午後五時半。閉店の30分と考えるとラストオーダーの時間だ、
「ポッテさん、表の看板片付けてきてください。」
「かしこまりました。」
もう店内にも身内しか残ってないし。まあオムニさんはいるけど。
「オムニさん、何か注文はありますか?」
「イエ、大丈夫デす。」
それじゃあ道具も片付けていくか。そう思っていると、ポッテさんが看板を抱えて戻ってきた。
「ポッテさん、ありがとう――。」
イナバさんを連れて。たぶん仕事着だろう、ドレスのようなものを着ている。
「いやーぎりぎりセーフ。先に言って欲しかったな。あ、コーヒー淹れてもらえる?アメリカンで。」
「イナバさん、ずいぶんお久しぶりですね。今日はどうして。」
「俺が呼んだんだ。オムニが会いたいと思ってな。」
ゼンノーさんがひらひらメッセージを見せながら言う。イナバさんは実明の方にずずいと近づいて来る。
「あらーかわいい、この子は?」
「僕たちの息子で、実明って言います。」
「そう。どんな漢字を?」
レーちゃんがさらさらと紙ナプキンに字を書く。きれいな字だ。
「実は、ちょっとずつ練習してるんですよ?」
「知らなかったな。教えてくれてもよかったのに。」
「びっくりさせたくて。」
優しく微笑むレーちゃんに和んでいると、コトとタマがしらけた目線を送ってくる。
「はいはいごちそーさま。」
よし、気にしない。イナバさんの方を見ると、書かれた名前をじぃっと見て何か考えてる風だった。
そうしてにっこりと笑って実明の頭をなでた。
「うん、良い名前。ここの人たちと一緒だったら、きっともっと良い名前になる。」
「いーい?」
「そう。だから仲良くね。」
実明は「うー!」と言ってタマの指を握った。
「そうだ、シンくん手伝います。」
ぽんとレーちゃんが立ち上がってカウンターに来ようとしたけど止める。
「え?ああ、いいよ。それより実明と一緒にいてあげて。」
レーちゃんは「そうですか?」と、実明を膝に乗せ、その椅子に座った。そして空いた席をイナバさんに譲った。
「あぁ、ありがとう。」
イナバさんが座ったところでコーヒーを出す。
「ナイスタイミング。」
「まあ、給仕はよくしてましたからね。」
イナバさんは一口飲んで、目線までカップを上げる。優雅なものだ。それで、オムニさんの方に向いた。
「それで、人生相談がしたいって?占いならお金取るところだけど。」
「アー、占いヨり、聞きタイことが。」
鞄をごそごそしていたオムニさんは「そう?」と、ちょっと残念そうに出しかけていたタロットをしまった。
「それで、何を聞きたいわけ?」
「えっと。『予知』を手にして、どうデシた?」
あまり意識していなかった質問だったのか、イナバさんは黙って目線を上に上げながらコーヒーを口にした。
「うーん、別にどうってことないんじゃない?困ることがあるわけでないし。私のは特に。」
「デも。じゃ、後悔はないんデスか?」
イナバさんは半目になってオムニさんを見る。
「あのね。私は後悔なんてしない。私は私のために力を使ってる。それで後悔するなんてナンセンスでしょ?占いするのは好きだからだし、人生相談はお金のため。未来を見るのだって。」
イナバさんは言葉に詰まって、コーヒーを飲んでごまかした。一つため息をついて、それから話を続ける。
「あなた、やっぱり『全知』なのね。先代にそっくり。」
「そう、デスか?」
「ええ。その見透かしたみたいな話しぶり。せいぜい世のため人のためにがんばんなさい。」
「知枝ちゃんだって自分のために頑張ってたけどな。喜んでる顔が知枝ちゃんの見たかったもんだった。」
ゼンノーさんの言葉に、イナバさんは忌々しげに「知ってる」とだけ言った。




