よんのじゅう 一件落着
コトとタマは家ではいつも一緒にいる。いつもっていっても……いや当たり前のことを言うのはやめよう。とにかく、僕が目にするときはいつも一緒だった。両親は時々仲がよすぎて離れられないことはないかと心配していたみたいだけど、たぶん大丈夫だろう。
二人にとってお互いが特別な人なのは間違いないだろうけど、たとえば実家みたいなもので、大人になったら時々帰るだけになるんだと思う。まあ家を出てない僕が言うのもなんだけど。いつか自立して、それぞれの居場所ができて。何かの節目に会った時に、こういうこともあったなんて話をしたりするんだろう。
あの後、コトとタマは授業には戻らなかった。というか、落ち着いたら授業が終わってた。それから僕が事務所に戻ろうとすると、
「待って、アタシ達も一緒に行く。」
タマの方をみると、こちらもうんうんと頷いている。
「来るって、部活はどうするの?」
「体調不良で休む。その方が六限休んだ言い訳になるし。」
なるほど。確かにそうかもしれない。でもゼンチさんは嫌がるだろうなぁ。
それでも断れない僕だった。名誉のために言っておくと、決して『言霊』で操られたわけではない。……逆に名誉が傷ついてる気もするけど、まあいい。
「それで、いつまでお仕事見学は続くわけ。」
ゼンチさんはやっぱり不機嫌だった。今日はゼンチさんしかいなかったはずだから、機嫌が悪いのは僕たち以外に理由はないだろう。ゼンノーさんが何かやらかしてなければ。
「アタシはいたいところにいるだけだけど。」
「一応言っておくけど、私にはあなた達を不退去で訴える権利があるのよ。」
ため息交じりのゼンチさんの声にコトがぐっと詰まる。
たまには兄らしく話を進めよう。
「ほら、言うことあるんだろう。」
タマも空気を読んでコトの言葉を待った。僕たちの様子を見て、いまいましげにコトが口を開いた。
「――りがと。」
「なんて?」
ニヤニヤしながらゼンチさんが聞き直す。ぜったい分かって聞いてる。
コトは吹っ切れたように喚き散らした。
「ありがとって言ってんの!その、アクセのこととか……。」
「そう。これからはちゃんと付けてくれるみたいでよかったわ。」
「これからは……?お兄、まさか。」
「言ってない言ってない。そんな時間なかったでしょ。」
「そっか、じゃあ……。」
しばらく考えて、はっと気付いたようだ。
「『全知』の能力!よく考えたらさっきの聞き直したのだって。」
「聞き取れなかったのは本当。」
親の敵でもみるように睨み付けるコト。期待してなかったけど仲良くなるのは無理みたいだ。
コトとゼンチさんの間に割り入るようにタマが入る。
「僕からも、ありがとうございます。に……兄を送ったのもゼンチさんなんですよね。」
「どういたしまして。間に合ったようでよかったわ。」
ギリギリだったみたいだけど、とこちらに視線を送る。僕としては全力を出したつもりだから非難を受ける筋合いはない。と言いたいけど間に合わなかったときを考えると何も言えない。
「それじゃあ、用がないならお帰りなさい。普賢くんは……せっかく来たんだし仕事してく?」
まあそれもいいか。二人を玄関まで送って、僕は事務所に残った。
事務所でする仕事は、実際にはそんなに多くはない。サトリさんが来てからは特にそうで、せいぜい書類整理くらいなものだ。ゼンチさんは相変わらずパソコンに向かってるけど、仕事してるのか遊んでるのかはここからじゃよく分からない。
「そういえば、二人がアクセサリー付けてなかったのってゼンチさん知ってたんですよね。」
「まあね。」
「どうして教えてくれなかったんですか?言ってくれれば、何かできたかもしれないのに。」
何ができるかは分からないけど。ゼンチさんは何か考えるようにコーヒーを口に含んだ。
「それが、あの子達にとっての幸せかもしれないから、かな。」
「幸せ、ですか。」
「私は何が起きているかは分かる。何が起こるのかも推測出来る。でも、何がその人にとって幸せかは分からない。端から見て不幸な状況に思えても、その人にとっては幸せに満ちていることもある。そして、私はそれが現実にあるということを知ってる。多くを知ってる分、もっと多くのことが分からなくなってるの。」
禅問答みたいな話だ。けどまあゼンチさんなりに二人を思っての行動ということだろう。
「だから私は自分からは動けない。『最悪』が分かってるときだけしかね。」
「あ、もしかしてだから探偵なんですか?探偵って依頼がないと動かないし、ちょっとその話と似てますよね。」
思いつきでいった言葉だったけど、ゼンチさんは笑って「さあね」とだけつぶやいた。
その笑みは満足げで、なんだかいつもより大人びて見えた。
日本の山奥に、それはひっそりとあった。
『やまがみさま』と呼ばれる男、いや少年といった方がいいだろう。その者の住む家に手紙が届いた。
少年はその手紙を使用人に取らせて音読させる。使用人の操る巧みな声色で読まれる手紙は、まるで送り主が声を詰めて送ってきたかのように聞こえる。
その声を満足そうに聞き終えると、少年はなにやら指折り数え始めた。
「さて、ふたつ分となると、何をさせようか。」
少年の浮かべた笑みは、それだけで年を錯覚させてしまうほど邪悪なものだった。
それから少年は、しばらく自分の工房に引きこもって作業をしていた。使用人の出す飯も半分ほどしか手を出さず、ただ黙々と何かを作っていた。
そうして出来上がったのは白い錠剤。四つある内の半分を封筒に詰め、にやりと笑う。
そして片脇にあったネックレスとリストベルトも同じように詰めて、使用人を呼び出す。
「これ、『全知』に届けといて。」
使用人は言葉もなくただお辞儀をして、さらさらと宛先を書いていく。その様子を見てまた満足げに笑う。
「さあ、これでようやくまた会えるはずだ。いや、初めてだったかな。ともあれ、どんな声をかけてくれるかな?」
高笑いをする少年を横目に使用人は舌打ちをひとつ打ち、封筒を出しに山を下りていくのだった。




