ごのいち 衝撃
いつもと同じ朝。コトとタマが家に出るのを見届けて少しして事務所に向かう。例の一件以来コトとタマは欠かさずにアクセサリーを付けて登校している。学校でも付けてるかは聞いたりしてないけど、まあきっと大丈夫だろう。
ただ今日したいのはその話ではない。そう、いつもと同じ朝。僕は事務所に向かい、そしていつものように鍵を開けて中に入る。入って左を見れば受付兼客間権事務室になる。もちろんいつもはこの時間には誰もいない。ゼンノーさんはトレーニングに、ゼンチさんはちょうど起きたくらいなのである。そこでようやく、僕は今日がいつもと同じ朝ではなかったことに気付いた。
人がいる。長い黒髪の妙齢の女性だ。その女性が豊かに育った胸やらお尻やらを強調するようにポーズを取っている。バスタオル一枚だけを羽織って。 これは、いわゆる通報案件なのか?
「はぇ。」
思わず変な声が出た。僕の声に気付いたかその女性はポーズはそのままに顔をこちらに向ける。目が、あった。どこかで見たような顔だ。
間。
「い、いやああああああああああああ!」
「す、すみません!」
静寂を切り裂く叫び声に反射的に謝って慌てて事務所を出る。いやまてよ。僕が悪くはないんじゃないか?そもそもあの人は誰……?
「い、今のは、ふ、普賢くん?」
どこか聞いたことある声だ。というか、ゼンチさんの声に似ている。でも少し落ち着きがあるというか、微妙に低いのかな。ちょっと違う。
「あ、もしかしてゼンチさん、じゃなくて草全さんのお姉さんですか?」
そうだとしたらあの成長したような姿も、僕のことを知ってるのもまあ腑に落ちる。ゼンチさんに姉妹がいたとは知らなかったけど。
お姉さんの方はというと、なんだかためらいがちに肯定した。
「え、そう。そうね。あなたのことは妹から聞いてて。あ、私は姉のち、ち、知雪です。」
自分の名前を噛むなんて、よほどの人見知りなんだろうか。いやまああんな姿を見られたら誰だって動揺するか。……バスタオル一丁の姿を思い出して顔が熱くなってきた。ゼンチさんはあの姿だから忘れがちだけど、結構美人顔の家系なんだな。
「あ、えっと。それで、知雪さん?はなんであんな格好を……。」
「え、と。それは……。」
うーん、これはちょっと馬鹿なことを聞いたかな。こんな質問答えづらいよね。
「と、とにかくに何か着て――」「あれ、シンじゃん。入んないの?」
後ろからゼンノーさんが服屋の紙袋を携えて戻ってきた。そのままためらいもせずに事務所のドアノブに手をかける。
「いや、いまちょっと入らない方が。」
制止も聞かずそのままドアを開ける。
「おーい、知枝ちゃん。下着とか買ってきたぞ。」
「ば、ば、バカノーナシ!」
ゼンノーさんのことを脳無しと呼ぶのはゼンチさんだ。けど、いま声を出したのは知雪さん?
「あーなるほどそっか。シンはいいって言うまで入ってくんなよ。」
「あ、あのゼンノーさん。ゼンチさんのお姉さんとは。」
「お姉さん?知枝ちゃんは一人っ子だぞ。」
「バカ……。」
話が分からなくなってきた。とりあえず事務所に入ってゆっくり聞いてみよう。
*****
事務所の外で待ってると、サトリさんがやってきた。
「あれ、いつもより早いですね。どうしたんですか?」
「いや今日は臨時休業やっていうからな。なんやおもろいことになっとるんかなと。」
ひどい考えだ。でも僕のところにその話は来てないぞ。サトリさんに詳しく聞こうと思ったら、妙に眉間に皺を寄せている。
「どうしたんですか?」
「いや、おもっとったより数おもろいことになっとるみたいやな。ともあれ普賢くんももう入ってええと思うよ。」
ニヤニヤ顔に変わったサトリさんがドアを開くと、スーツ姿の例の女性が腰に手を当て見事な仁王立ちで待ち構えていた。けどサトリさんの法を見てみるみる顔が青ざめていった。
「私もう今日は部屋から出ない!」
「そんないけず言わんといてや。」
逃げようとする女性の腕をサトリさんが素早く掴み上げ、また僕の前に連れてこられる。
「さあ得能、ウチらにこの子の紹介してくれや。」
サトリさんに言われてようやく得心したかのようにぽんと手を鳴らした。
「これは俺らのボス、草全知枝ちゃんだ。」
ゼンノーさんから紹介されたその女性は唇をとがらせ、かなりふてぶてしい表情をしている。せっかくの美人が台無しだ。
いやまて。今なんて言った?
「だから、知枝ちゃんなんだって。まあ、ちょっと成長したみたいだけどな。」
成長……。成長の意味がなかなか引き出しから出てこない。あ、そうだそうだ。思い出した。
「えええええええええええええええええええええええ!!!!」
僕の声が事務所中に響き渡ったのだった。




