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さんのいち サトリさんは距離が近い

 (サトリ)とは人の心を読む妖怪だという。山に住んで、出会った人の心を読んでは驚かせ、時には取って食おうとするとか。その一方で自分に害をなさんとする人からは逃げるらしく、あるいは火に弾ける栗のような、予期せぬ動きにも怯えるらしい。

 妖怪の割に、というと変な話だけど、びびりなところは人間っぽいなと思う。


 いつものようにお客様の来ない事務所で、僕たちはゆっくり過ごしていた。が、

 「普賢くん、今すぐ看板回してきなさい。」

 「は、はい?」

 「いいからはやく。」

 時刻にして午後三時。どう考えても店じまいにはまだ早い。まあ、ゼンチさんのことだから何か考えがあるのだろう。

 「普賢くん、何してるの!」

 「は、はい!」

 まあ、良い考えとも限らないけど。


 表に出て看板を「CLOSED」にしようとしたところで、階段を上る足音が二人分聞こえてきた。現れたのは、刑事の佐々木さんだった。

 「あれ、佐々木さん1人ですか?」

 「いやー……。あれ、もう店じまいかい?ずいぶん早いね。」

 どうしたものか。ゼンチさんが止めようとしてるのはたぶん佐々木さんだろうけど……そうだとしたらいったい何があるっていうんだ。やっぱり自分勝手な話なんだろうか。

 「そうですけど……まあたぶん大丈夫ですよ。せっかく来てもらったんですし、どうぞ。」

 ドアノブに手を掛けると、ガチャリと音が聞こえた。ゼンチさん、鍵を掛けたのか……。ため息をつきながら合鍵を出して鍵を開ける。

 「いいのかい?」

 「いいんですよ、たぶん。」

 それで佐々木さんを中に入れる。中ではゼンチさんが仁王立ちで待ち構えていた。

 「普賢くん、何か言うことは?」

 鋭い目線を飛ばしてくる。ぐ、ここまで怒るとは。

 「まあまあゼンチさん、僕が無理を言ったんだ。」

 「嘘の取りなしはすぐに分かりますよ、佐々木さん。まああなたはいいのですが……。」

 「なんやバレとったんか。」

 ゼンチさんの見ている方、僕らの後ろから聞き覚えのない声がする。振り返ると見覚えのないスーツ姿の女性がいた。

 「えーっと、そちらは……。」

 「実は、今日の僕は案内役でね。お客はこの子なんだ。なんだか騙したみたいで悪いね。」

 「みたい、でなく騙したんでしょ!」

 ゼンチさんはぷりぷり怒り続けて素が出てきてる。ともあれ、さっきの人は……あれ、いない。

 「なんやウチのこと気になるんか?」 「うわぁ!」

 いきなり耳元で囁き声がしてびっくりした。と思ったらあっちもなんか驚いた表情をしていた。

 「あーびっくりした。なんやねん自分、いきなり大声出して。」

 「いやびっくりさせたのはそっちじゃないですか。なんなんですかいったい。」

 今回ばかりはゼンチさんが正しかったかもしれない。これはあまり関わりたくないタイプだ。

 「そうやゼンチはん!ゼンチはんっちゅうんはアンタのことか?」

 例の女性はいつの間にやらゼンチさんの方に行って、中腰で目線を合わせている。子どもの扱いには慣れているようだ。ゼンチさんは頭をなでようとするようなてをバシッと払う。

 「子ども扱いすんな!そうよ、私がゼンチ。初めまして『読心』さん。」

 「……『どくしん』っちゅうんは響きが悪いな。日本らしく『サトリ』って言ってや。」

 読心でサトリと言われれば僕でも察しがつく。

 「つまり、人の心が読める?」

 「そうやで普賢くん。ウチの名前は(かく) 聡美(さとみ)。あんたら流に『サトリ』さんって読んでな。」

 覚さん「『サトリ』やって」……サトリさんは肩くらいある髪の毛先をいじりながらこっちに近づいてくる。

 「な、なんですか……?」

 そしてまた耳元で。

 「アンタがうちのおっぱい見とったんも全部わかっとるんやで。」

 「お!?」

 ぎょっとして一歩引く。一歩引いた分サトリさんと距離が出来て、体が、つまり、その、胸が目に入る。確かに見るものがあるような。

 「ホラまた見た。」

 サトリさんは意地悪そうな笑みを浮かべながら手で胸を隠すようにする。

 「い、いや違、今のは言われたから見ただけで、それにまたというわけでも。」

 振り返るとゼンチさんが痛い子を見るような目で見ていた。

 「いやホントはゼンチさんも分かってるんですよね!?」

 僕がおろおろしている間に佐々木さんはそそくさとドアを開けていた。

 「じゃあ僕は帰るから。」

 「佐々木さん。……覚えていてくださいね。

 ゼンチさんの睨みを背中に受けながら、佐々木さんは逃げるように去って行った。

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