にのじゅう 一件落着
ゼンノーさんの能力は、「人間にできるうこと」の塊みたいなものらしい。例えば十時間の訓練で得られる最大の効果。例えば五秒間に取り得るあらゆる体の動き。例えば初見で取れる最高率な行動。もし初見の人が訓練を受けた人を超えることがあり得るなら、ゼンノーさんは最大限の確率でそれができる。
だから、全能の力を持つ人は無気力になることが多いらしい。それでもゼンノーさんがこうやって働いているのは、きっとゼンチさんがいるからなのだろう。
地方選のニュースもなくなり、ゼンチさんの自己嫌悪タイムも過ぎ去った頃。我らが神能探偵事務所はやっぱり暇だった。
ゼンノーさんは携帯ゲーム機をいじっている。ゼンチさんの方を見るが、いつものようにモニターに隠れて何をしてるかは見えない。まあどうせまたまとめサイトでも見てるんだろう。
と思ったら、ガタリと言う音がした。たぶん立ち上がったんだろう。見えないけど。
「普賢くんは後でシンクの掃除ね。」
……顔に出ていたか。
ゼンチさんが立ち上がった理由はすぐに分かった。幾日ぶりにか一ノ瀬さんがやってきたのだ。
「あの、得能さん、いますか?」
「営業時間外ですから、お客じゃないならーー」「お、久しぶりだな。監視は解けたのか?」
玄関で追い返そうとしたゼンチさんは、しかしゼンノーさんが反応したのですごすごと戻っていった。それで一ノ瀬さんは事務所の中に入っていった。
「あ、あの……先日はありがとうございました。これ、お礼にクッキーを焼いたんですけど。」
「謝礼はいただいてますので、お気になさらず。」
「まー固いこと言うなって。ありがとな。」」
ゼンチさんはますます不機嫌な顔になっていく。ああ、ようやく機嫌が直ってきていたのに。
「普賢くん、ちょっといい?」
……八つ当たりじゃないことを願おう。
給湯室に連れられ、言われるがままにココアを入れる。しかもわざわざ鍋を使って。
「……それで、どうしたんですか。」
ゼンチさんは何も言わず、出来上がったココアを飲み出した。え?ゼンチさんが飲むの?
「……なに?たまにはココア飲んだっていいでしょ。」
「いや、まあそりゃ飲むものは個人の自由ですけど……・。」
とりあえず八つ当たりではなさそうだ。しばらく黙っていたゼンチさんがぼそっと口を開いた。
「普賢くんは、2%をどれくらい信用する?ハズレが2%のくじがあったら、躊躇なく引ける?」
「ええっと……ハズレの具合にもよりますけど……。」
あ、何の話か分かった。
「もしかしてゼンノーさん、今告白されてるとか?」
ゼンチさんはココアを吹き出した。コップに吐いてるから掃除の心配はなさそうだ。
「……役たたずだったのに今さら察しがよくなるのね。」
ゼやっぱり。ンノーさんが一ノ瀬さんの告白にOKする確率が2%ということかな?
「あー!役立たずで思い出した!最初のマンションアタックのときってもしかして一ノ瀬さんとゼンノーさんの接触減らすためだったんですか?」
「そうよ!悪い!?ほとんど危険もなかったんだからいいでしょ!」
顔を真っ赤にしてぷるぷる震えているゼンチさん……。なんだかかわいそうになってきた。
「私……こんな体だし、アキラももっと普通の女の子の方がいいって思ってるかもだし。」
「でもたった2%だったんですよね?」
「2%でも!……怖いものは怖いのよ。」
確かにゼンチさんはちんちくりんで小学生みたいな体つきをしている。でも。
「まあ、ゼンノーさんなら大丈夫ですよ。根拠はないですけど。端から見てても通じ合っているというか。」
少なくともゼンノーさんはゼンチさんが悲しむことはしない。ゼンチさんの知っている未来は分からないけど、僕は本心からそう思う。というかそもそもこの人達付き合わないの?
ともあれ、ゼンチさんもようやく落ち着いたらしい。
「……ありがと。」
ぼそりと、ギリギリ聞こえるくらいの声でゼンチさんがつぶやいた。
「さ、あっちも終わったみたいだから戻りましょう。……・一応言っておくけど、今の話アキラに行ったらコロスカラ。」
……分かっています。乙女心は複雑なようだ。
戻り際、涙目の一ノ瀬さんとすれ違う。彼女は目をこすりつつこちらに会釈をして去った。
「アレ、普賢くんが泣かせたようなものだから。次は頑張りなさい。」
なるほど。そういう考えもあるか。一瞬納得しかけたけど、やっぱり理不尽な気がする。
部屋に戻ったらゼンノーさんが珍しく神妙な顔をしていたが、僕たちに気付いたらまたいつもの大型犬のような笑みに変わった。
「お、戻ったか。」
「終わったみたいだったから……。」
ゼンチさんはやっぱり歯切れが悪い。ゼンノーさんもなんとなくいつもの快活さがない。まあ、流石に人を振った後に明るくもならないか。
僕は、お疲れ様の意味を込めて二人分の飲み物を用意することにした。
人知を超えた力で手に入れた知識は、理性的な場では受け入れられることはない。
例えば学術論文。結論だけが書かれた論文を評価し掲載する雑誌は信頼されるものではないだろう。
あるいは裁判。いかなる証拠も、それが正当な形で得たものでなければ証拠としては認められることはない。
だからこそ、ゼンチこと草全知枝は自らの力で得た知識を「写真」と「調査報告書」という形で認める。
あるいは、もし誰も疑いようもない物証が見つかるのであれば、そのほうが簡単かもしれない。
*****
警察の取調室には、事件の被疑者と担当捜査官がいる。強面の被疑者に対して、その女性の捜査官は一歩も引かず、不敵な笑みを浮かべている。
「さぁて、ウチが来たからにはもう黙っとることはできんで。」
「へっ自信満々じゃないか警察さんよ。でも、前にも言ったようにおたくらの言い分はただのこじつけでしかないんだよ。そりゃ俺がやってない証拠はない。でも俺がやったっていう確たる証拠もないんだろ?」
その見た目通りタフな被疑者のようで、実際事情聴取をするのもこの捜査官で三人目だ。それでも彼女、覚 聡美はひるまない。
「さあて、そいつはどうやろな。まあはじめましてやし最初から始めよか。」
そしてこれまでの調書などを広げて読み始める。
「さて、えーなになに?殺されたんは横井安美。近くの山ん中で刺殺体で見つかった……うへぇ、何度も刺すなんて悪趣味やなぁ。」
いちいち自分の感想を交えて読んでいく覚の姿に、被疑者はイライラを隠せなくなってきている。繰り返し繰り返し聞かされる内容である、というのもあるが、それ以上に覚の態度がどうにもイライラを呼び寄せるのである。
どこか、こちらを見透かすような、そんな感覚。
「で、どうにも見つからんのが凶器というわけやな。」
チラリと見てくるその目に腹の内側まで見られているような。
「さて、どこにいったんやろうな、このフルーツナイフは。」
「ま、まて!凶器の種類なんて分かってなかったはずだ!」
「ん?そうやったか?……ほんまや、書いとらんかったな。すまんすまん。」
覚はとぼけるが、実際凶器はフルーツナイフで合っていた。そしてそれを、被疑者は知っていた。
被疑者だけが知っているはずだった。
「まあとりあえずはフルーツナイフでええやろ。違うてもアンタには関係ない。そうなんやろ?」
「う、ま、まあそうだな。」
「でまあそのフルーツナイフが見つからんわけや。……しかしようこんなちっさいナイフで人殺したな。」
「お、おい。そういう思わせぶりなのはだめなんだろ!?」
「そういう話もあるな。ともあれ、ウチらはそのナイフを見つけてはおらん。」
被疑者は顔には出さないが、内心ほっとしていた。どうも目の前の奴はブラフをまき散らしているだけらしい。
「どこに行ったんやろうな。川ん中やろか。それとも、山の中やろか。」
どうせ見つからない。真理からも離れた、あんな山の中に埋めたんだから。
「そうか、山ん中か。」
そうさ。見つかるわけがない。
「それはどうやろな。一回掘り起こした後っちゅうんは案外分かるもんやで。」
「え……は!?」
口に出していた!?
「いや、口には出しとらん。安心してええで。やけど、それも凶器が見つかるまで、やろ?どうせ拭いたりもしとらんのやろうし。」
まさか……
「心を読んでいる。簡単な話やろ?さ、どうする?ナイフを見つけてからこれにサインするか、先にサインしてからナイフを見つけるんに協力するか。どっちが心証ええやろな?」
被疑者はがっくりと肩を落とし、自らが犯人であると証言したという調書にサインを書いた。
それを受け取って不備がないことを確認し、バシンと指ではたいてにっこりと笑う。
「よっしゃ。お疲れさん。ナイフが見つかったまた会おか。」
「もう……いいです。」
本心からの言葉に、覚はフット笑って取調室から出て行った。
自分の席に戻るまでの間にも、どこからともなく心の声が聞こえてくる。
また自白の調書を取ったらしいよ。どうせまた心を読んだんでしょ。心を読むってやつか。なんだか気味が悪いな。
そんな声はもう聞き慣れた。言いふらしたわけでもないのにもうこの署内の誰もが知っている。会ったこともないくせに、心を読めるというだけで自分のことを評価してくる。そんな扱いももう慣れた。
こっち見るなよ。私達のことも見てるんじゃないの?なに考えてるんだか。
どいつもこいつも自意識過剰が多すぎる。誰が隣に座った奴の世間話なんか気にするか。
はぁ、こいつはまたゼンチさん案件かな。
覚はピクリと足を止めた。それで周りの「声」が一層大きくなるが、頭の中で振り払う。ゼンチ?全知っちゅうことか?
……なんや面白そうな響きやな。
声の主を探すと、異例のスピード出世を遂げている佐々木警部が頭を抱えていた。その出世の理由が「全知」にあるなら……ますます面白そうやないか。
覚が近づいても佐々木警部は気付かない。肩にぽんと手を置かれてようやく振り返った。
「誰です……か?」
ため息交じりの表情のまま固まった佐々木警部。またこれは面倒そうな人に見つかった……。
もちろん覚は気にしない。むしろ人の悪い笑みを一層濃くする。
「なんや面白そうなこと考えとるやん。ウチにも一枚かませてな。」




