にのよん 逃亡
佐々木さんは、僕が事務所に来た……つまり事務所ができて割と早めの頃にもう顔見知りになっていた。その頃は今と違ってとげとげしい感じで、先輩の刑事さん?によくたしなめられていたっけ。
今は自分が先輩になったからか、はたまたあののほほんとした奥さんの影響か丸くなったけど、その分ゼンチさんに頼っては割を食う頻度が高くなっている気がする。
まあ、人生ってそんなものなのかもしれない。
階段を駆け下りて、マンションから脱出した僕たちは、そのまま佐々木さん達の乗っている車に駆け寄った。ドアを開け、まず僕が乗り込んでゼンノーさんが抱えていた子ーーたぶん一ノ瀬さんをやや乱暴に乗せる。
「ゼンノーさん、さっきの男ーー」
「ああ、分かってる。悪い佐々木さん、車借りたいから降りて。」
「お、降りてってそんな急に。」
運転席の門倉さんは困惑している様子だが、佐々木さんは冷静に何かを考えている様子だ。
「頼むよ。二人がいるとややこしくなる。」
「なるほど、分かった。追いかけるから位置は教えてくれ。」
「僕の方から知らせます。」
地図アプリを開いて、佐々木さん宛に現在位置を共有設定をする。佐々木さんの方も確認できたみたいだ。
「じゃあよろしく。あ、あと車傷つけないでね。」
車から降りて、佐々木さんはちょっと困った顔でゼンノーさんに告げる。ゼンノーさんの方は、
「……頑張る!」
乗り込んだらバタンとドアを閉めて発車させた。
「千枝ちゃんに電話。」
マンション前の細い道からさっと大通りに出た辺りでそう言われ、ゼンチさんに電話を掛けた。
「やっぱり追っ手がいるんですか?」
「ああ。もう一台張り付いてる。」
言いながらライトや座席の位置を調整している。もちろん本来は発車前にするべきだろう。というか、動いてるときでも変えられるものなんだ。
「シンはそっちの子の手当してやってくれ。」
え?ああ、ちょっと忘れてた。
一ノ瀬さんの方を見ると、緊張した様子で端に寄っていた。あまり年は離れてなさそうだ。
よく見ると腕の辺りが赤く線のような傷が付いている。たぶん拘束されたときに付いた傷だろう。……着衣がそれほど乱れてないので、そういうことはなかったようだ。
「あの、大丈夫ですか?」
声を掛けながらホームセンターの買い物袋の中を見ると、包帯や消毒液など、一通りの応急救護品が揃っていた。
一ノ瀬さんは腕を出しながらも、やはり不安そうにこっちを見ている。
「あの、誰、ですか?」
「え?ああ、僕は普賢心です。運転しているのはゼンノー……じゃなくて得能さんです。あなたのお父さんに雇われた……でいいのかな。探偵です。」
自己紹介をしたところでちょうどカーブしたようで、つい体が一ノ瀬さんに覆い被さるようになってしまう。
「あ、す、すみません。」
「い、いえ。」
「おっと、悪いけど今日は揺れるからな。普段はもうちょっとマシな運転するんだ、が!」
言ったところでもう一度急カーブを決めて少し細い道に抜ける。一ノ瀬さんは「あ、いえ……」と歯切れは悪いが明らかに僕のときより表情が柔らかい。これがお姫様抱っこ効果か?
『アキラ、次もう一回左』
「おお!」
もう一度急カーブを決め、また広い通りに出る。後ろを見ると黒塗りの車が、出るに出られないというような形で止まっている。
「今の声は。」
「アレはウチのーー」『どーもお嬢さん。私とはたぶん会うことはないから気にしないで。』
ゼンチさんの声はどこかそっけない。ナビゲートに集中してるのかな。
その後も何度か急カーブや急ターンを繰り返す。いい加減酔ってきた。
「どこまで行くんですかゼンノーさん!?逃げ切れるまで!?」
「いや、逃げ切るのは簡単なんだが……今回はもうちょっとややこしい。」
ゼンノーさんはちらりと一ノ瀬さんを見て、そしたらゼンチさんから『次の角右で終わり』という声が聞こえた。
右に曲がると切り返しもできないほど狭い路地で、目の前に車が止まっている。振り返ればこちらも閉じられている。なるほど、これで終わりか。でも、ということは狙い通りってこと……?
「よし、じゃちょっと行ってくるわ。嬢ちゃんは一緒に来てくれ。」
「え……・でも……。」
「大丈夫、絶対守るから。」
にっと笑うゼンノーさんに、ぽっと顔を赤らめた一ノ瀬さんはそのまま手を引かれて外に出て行った。出かけに窓だけ開けて。




