にのご 結末
ゼンノーさんは、脳無しなんて言われるけど本当は頭がいい。ただ、普段はその頭のよさを表に出していないだけなのだ。
ゼンチさんの話を聞いている時なんてほんとに何も考えていないようにしか見えないけど、たぶん元々そういう顔なんだろう。……たぶん。
でも、やるときはやる。そういう人なのだ。
ゼンノーさんが一ノ瀬さんを連れて出て行った後、僕はひとり車内の開いた窓から外の様子をうかがっていた。
よくよく見るとゼンノーさんがスマホを置いていっていた。まだゼンチさんと繋がっているようだ。
「あの、ゼンチさん。どういうことなんですか?」
外では両側の車からそれぞれ人が出てきている。要するに、囲まれた、というやつだ。
『状況はどんどん良くなってるわね。』
「いや、こういうときは『悪くなっている』なんじゃ。」
僕のツッコミは無視された。しょうがないのでもう一度外を見る。
『顔出し過ぎないでね。危ないから。』
……気を付けます。
ゼンノーさんは、一ノ瀬さんを背中に隠すようにしながら、車から出てきた黒服達に立ち向かう。囲まれても、ゼンノーさんは頭一つ飛び出ているからよく分かる。
『ねえ普賢くん、あれ、どう見える?』
「どうって……悪い人たちに追われたヒーローみたいな?」
でも、ちょっと妙だ。いつものゼンノーさんだったら、6人くらいならばばっと片付けてしまう。まあ一ノ瀬さんがいるから、荒事を避けているのかな。
「やめろ!あんたら何なんだ!」
急にゼンノーさんが大声を上げた。いつもは手より口を先に出してるのに……こんなの珍しいなんてものじゃない。電話越しに、ゼンチさんが大爆笑している。
『ひーっ、爆笑、といえば、ふふ、一人じゃ、でき、ふふ、あーっはっは。』
ヒーヒー言ってる。落ちついてから話せばいいと思う。
ともあれゼンノーさんの方に意識を戻すと、一等柄の悪い男がゼンノーさんに近づいてきた。
「おうおう、ウチのもんやっといて何とは何だってんだァ?テメェが何やってくれてんだってハナシだよ!」
ゼンノーさんの脇をかすめるように喧嘩キックを壁に打ち込む。一ノ瀬さんはビクッとゼンノーさんの背中にしがみつくように小さくなっている。
「危ないだろ!当たったらどうすんだ。」
ゼンノーさんがさらにらしくないことを言う。いや、普段のゼンノーさんを知ってるかららしくないんだけど、シチュエーションには合ってるのかもしれない。
「ふざけんな!」
「やっちまうぞ!」
取り巻き達もゼンノーさんの芝居がかったセリフに合わせるように、それっぽいヤジを入れている。ゼンチさんは今にも呼吸困難になりそうな勢いだ。とりあえず受話音量は下げておこう。
と、遅れて車からさらに一人出てきた。他の人たちよりもパリッとした服を着ているように見える。どうも偉い人っぽい。サングラスしてるし。
「あ、アニキ!」
「おう、いつまでギャーギャー騒いでんだ。」
「あ、アンタ誰だよ。」
……そろそろ僕も笑いそうになってきた。ゼンノーさんっぽくない。アンタって。こう、身の程知らずの若者感。
「……悪いことは言わんからさっさとその女を置いてどっかに去ね。痛い目見たくないだろう?」
『アニキ』の声は荒げているわけではないのに迫力がある。これが本物って奴なんだろう。
「それは、脅迫か?」
「警告だ。身の程知らずほど世を渡るのに悪いものはないぞ、兄ちゃん。」
「へぇ。」
ゼンノーさんは『アニキ』に近づいて、顔をまじまじと見つめる。遠目にも『アニキ』が怒りにぷるぷる震えているのが分かる。
そして『アニキ』を見下ろしながらサングラスをあげて
「はっくしょい!」
目の前でくしゃみ。当然つばが顔全体にかかる。ゼンチさんがまた大笑いしている。
「あ、悪い。でも……・意外とつぶらな瞳してるんだな。」
これはひどい。こんなにひどい満面の笑顔はあまり見ない。誰だってこんなの怒るだろう。だが『アニキ』は案外冷静にハンカチを取り出して顔を拭いている。まさか怒ってない……?
「やれ。」
『アニキ』の号令で通りまきが一斉にゼンノーさんに殴りかかる。やっぱり怒ってたか。
いつもだったら見事なカウンターを決めるところ、今日のゼンノーさんはやられっぱなしだった。一ノ瀬さんも思わず甲高い悲鳴を上げる。と思ったら両側から路地に入ってくる足音。
「警察だ!大人しくしろ!」
佐々木さんと門倉さんが挟み込むようにやってくる。殴っていた男達は一瞬逃げようとするも時すでに遅し。2,3人は逃げてしまったが、『アニキ』はゼンノーさんに足を掴まれていた。
それで暴行の現行犯逮捕。なんというか、ひどい茶番だった。




