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妹よっ!! 兄を敬えっ!! ~天使に妹をお願いしたら、理想と現実が違いすぎた~  作者: 和泉 きよ


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07.家族になる

 放課後。


 最後のホームルームが終わると同時に、俺は鞄を持ち上げた。


 帰ろう。


 今日は六時くらいに帰ると、莉奈に言ってある。


 別に約束というほどのものではない。


 ただの予定確認だ。


 それなのに、なぜか気になってしまう。


 時計を見る。


 午後五時十二分。


 早すぎる。


 まだ帰ってはいけないような気がした。


 いや。


 別に帰ってもいい。


 急いで帰れば六時前には着く。


 でも。


 莉奈は六時くらいと言った俺の帰宅時間を覚えているだろうか。


 そんなことを考えている自分が、少しおかしかった。


 「神谷」


 背後から声がした。


 「ん?」


 振り返る。


 白石灯里が立っていた。


 「今日、部活ないんだよね?」


 「うん」


 「じゃあ、駅まで一緒に行かない?」


 「……いいけど」


 俺たちは教室を出た。


 廊下を歩く。


 灯里は俺の少し横を歩いている。


 「妹ちゃん、元気?」


 「たぶん」


 「たぶん?」


 「最近一緒に暮らし始めたばかりだから、まだよく分からない」


 「そうだよね」


 灯里が笑った。


 「でも、神谷ってなんか嬉しそう」


 「またそれ?」


 「だって本当だもん」


 「そんなに顔に出てる?」


 「うん」


 「……気をつけよう」


 「なんで?」


 「兄としての威厳が」


 「ふふ」


 灯里が笑う。


 俺はその横顔を見ていた。


 明るい。


 よく笑う。


 クラスでも人に囲まれている。


 そういう人間は、最初から何でもできるのだと思っていた。


 人に話しかけるのも。


 笑うのも。


 誰かを頼るのも。


 でも。


 昨日、灯里がふと見せた表情は。


 少しだけ違っていた。


 何かを言いたそうなのに、言わない。


 助けを求めたいように見えるのに、自分で抱えている。


 俺とは逆だ。


 俺は頼まれると断れない。


 灯里は頼むことが苦手なのだろう。


 「灯里」


 「なに?」


 「……人に頼るのって、苦手?」


 灯里の足が、ほんの少しだけ止まった。


 「どうして?」


 「なんとなく」


 灯里は笑った。


 でも、その笑い方はさっきとは少し違った。


 「うん。ちょっとね」


 「そうなんだ」


 「神谷は?」


 「俺?」


 「頼るの、得意そう」


 「いや、俺は頼られるほうが楽なんだ」


 「どうして?」


 「……そっちのほうが、自分に価値がある気がするから」


 言ってから。


 しまった、と思った。


 なんでこんなことを話しているんだ。


 まだ高校のクラスメイトでしかない相手に。


 灯里は笑わなかった。


 からかいもしなかった。


 「そっか」


 ただ、それだけ言った。


 「じゃあ、神谷って優しいんだね」


 「違うよ」


 「違わないよ」


 「いや、本当に。困ってる人を助けるのって、結局自分が気持ちいいからやってるところもあるし」


 自分でも驚くくらい、自然に言葉が出てきた。


 「相手のためだと思ってたけど……助けたときに『ありがとう』って言ってもらえると嬉しいし。

 だから、俺自身のためでもあるのかも」


 灯里が少し考える。


 「それって、悪いことなのかな」


 「分からない」


 「私は、悪くないと思うけど」


 「そう?」


 「うん。誰かを助けて、自分も少し嬉しくなるなら。それって、両方が得してるんじゃない?」


 「……そういう考え方もあるか」


 俺は笑った。


 でも。


 心のどこかに、別の問いが残った。


 もし。


 助けているつもりで。


 相手が、本当はそれを望んでいなかったら。


 それでも俺は。


 「助けた」と言えるのだろうか。


 その答えは。


 まだ俺には分からなかった。


   ◇


 駅で灯里と別れた。


 「じゃあ、また明日」


 「うん」


 灯里は笑って手を振った。


 俺も手を振り返した。


 そして。


 スマートフォンを見る。


 時刻は五時二十六分。


 そろそろ帰ろう。


 電車に乗る。


 座席に座る。


 窓の外を眺めていると、昨日のことを思い出した。


 願い。


 妹。


 本当に全部が現実なのだろうか。


 もしあの女性が本当に願いを叶える存在だったとしたら。


 なぜ俺の願いを叶えた?


 なぜ。


 よりによって「妹」だったのか。


 そして。


 どうして俺は。


 あんなにも簡単に、その願いを口にしたのか。


 妹が欲しい。


 そう願ったことは、確かだ。


 でも。


 自分でもまだ分からない。


 なぜ、そこまで欲しかったのか。


 俺は窓に映った自分の顔を見た。


 普通の高校生。


 何の変哲もない。


 昨日までと何も変わっていない。


 なのに。


 たった一人、家族が増えただけで。


 世界の輪郭が少しだけ変わって見えた。


 家族というのは、不思議だ。


 血のつながりだけで決まるものではない。


 苗字でもない。


 一緒に住んでいるかどうかでもない。


 たぶん。


 「この人がいないと、何かが足りない」


 そう感じるようになった瞬間に、少しずつ家族になるのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、電車が駅へ着いた。


 俺は降りる。


 駅を出る。


 スーパーの前を通る。


 そこで、ポケットの中のスマートフォンが震えた。


 莉奈からだ。


 『兄貴』


 また、これだけ。


 『何?』


 送る。


 数秒。


 『プリン』


 …………。


 『自分で買え』


 『兄貴だから』


 またそれか。


 俺は思わず笑った。


 でも。


 今度は嫌な気持ちにならなかった。


 『分かった』


 そう送る。


 そしてスーパーへ入った。


 プリン売り場へ向かう。


 いくつか並んでいる。


 普通のプリン。


 少し高いプリン。


 季節限定のプリン。


 ふと。


 莉奈はどれが好きなのだろう、と思った。


 本人に聞けばいい。


 でも。


 聞かずに選んでみたくなった。


 俺は少し悩んで。


 一番無難なものを手に取った。


 会計を済ませる。


 袋を持って店を出る。


 歩きながら思った。


 俺は。


 昨日まで妹がいなかった。


 だから。


 何を買えば喜ぶのかも知らない。


 好きなものも知らない。


 苦手なものも知らない。


 それなのに。


 知りたいと思っている。


 その事実が、少しだけ嬉しかった。


 家族というのは。


 最初から相手を知っている関係ではない。


 知らないところから始まる。


 そして。


 知ろうとするところから、家族になっていくのかもしれない。


 玄関を開ける。


 「ただいま」


 「おかえり」


 母さんの声。


 「兄貴、おかえり」


 莉奈の声。


 昨日と同じ。


 それなのに。


 今日は、少しだけ違って聞こえた。


 「ほら」


 俺は袋を渡す。


 「プリン」


 莉奈が袋の中を見る。


 「……これ?」


 「何だよ」


 「これ好き」


 「そうなの?」


 「うん」


 「じゃあ、覚えた」


 「……何を?」


 「お前がこのプリン好きってこと」


 莉奈は一瞬だけ黙った。


 それから。


 「……別に。普通だから」


 「普通?」


 「そう。すごく普通」


 「さっき好きって言っただろ」


 「言ってない」


 「言った!」


 莉奈が笑う。


 俺も笑った。


 その笑い声を聞いて。


 胸の奥に、少しだけ温かいものが広がった。


 「兄貴」


 「ん?」


 「……ありがと」


 「どういたしまして」


 「明日も」


 「何?」


 「買ってきて」


 「お前な!」


 俺が叫ぶ。


 莉奈が笑う。


 母さんも笑う。


 その瞬間。


 家の中が少しだけ騒がしくなった。


 俺はその騒がしさを聞きながら。


 ふと思った。


 一人っ子だった俺が。


 ずっと欲しがっていたもの。


 それはもしかすると。


 「妹」という肩書きではなく。


 こうやって。


 どうでもいいことを言い合える誰かだったのかもしれない。


 けれど。


 その答えに近づくたび。


 なぜか胸の奥が少し怖くなる。


 大切なものは。


 失うことが怖い。


 父さんがいなくなったあの日から。


 俺は、そのことを知っている。


 だから。


 もしかすると俺は。


 「家族が欲しかった」のではなく。


 「もう家族を失いたくなかった」のかもしれない。


 そこまで考えたところで。


 「兄貴?」


 莉奈が首を傾げている。


 「何?」


 「なんか、変な顔してる」


 「そう?」


 「うん」


 「……考え事」


 「ふーん」


 莉奈はそれ以上聞かなかった。


 ただ。


 プリンを出して。


 一口食べる。


 そして。


 「おいしい」


 と呟いた。


 俺はそれを聞いて。


 なんとなく。


 父さんの写真を見た。


 笑っている。


 昔と変わらない。


 俺は心の中で。


 小さく言った。


 ――父さん。


 俺。


 妹ができたよ。


 そう思ったら。


 不思議と少しだけ、胸が軽くなった。


 そして同時に。


 俺はまだ知らない。


 この家族が。


 ただ仲良くなるだけでは終わらないことを。


 妹の「兄貴」という呼び方の裏側に。


 まだ言葉にならない感情が隠れていることを。


 そして。


 俺自身が。


 「妹が欲しい」と願った本当の理由に。


 まだ気づいていないことを。


 ただ今は。


 プリンを食べて笑っている妹を見ながら。


 思う。


 ――まあ。


 悪くない。


 妹がいる生活も。


 案外。


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