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妹よっ!! 兄を敬えっ!! ~天使に妹をお願いしたら、理想と現実が違いすぎた~  作者: 和泉 きよ


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28/30

28.妹よ

 翌朝。


 目を覚ます。


 いつもと同じ朝だった。


 カーテンの隙間から光が差し込んでいる。


 時計を見る。


 六時四十五分。


 少し早い。


 俺は布団の中でしばらく天井を見ていた。


 昨日のことを思い出す。


 ミエル。


 天使。


 願い。


 そして。


 別れ。


 もう。


 あいつは来ないのだろうか。


 そう思うと。


 少しだけ寂しい。


 でも。


 昨日、ミエルに言われた言葉を思い出す。


 ――あなたの願いは、もう叶っている。


 叶った瞬間に終わる願いなら。


 たぶん、最初から願う必要なんてなかった。


 願いというのは。


 叶ったあとに。


 どうするかまで含めて。


 初めて意味を持つ。


 俺はベッドから起き上がった。


 廊下に出る。


 莉奈の部屋の前。


 いつものように。


 ノックをする。


 「莉奈」


 返事がない。


 「朝だぞ」


 少し待つ。


 「……兄貴」


 「起きてる?」


 「うん」


 「じゃあ、飯」


 「今行く」


 声は普通だった。


 でも。


 ほんの少し。


 元気がない気がした。


 俺は気になった。


 けれど。


 扉を開けようとはしなかった。


 相手が自分で出てくる。


 それを待つ。


 それが。


 今の俺にできることだった。


   ◇


 朝食。


 莉奈はいつもより静かだった。


 母さんが話す。


 「今日は帰り遅くなるかもしれないわ」


 「分かった」


 俺が答える。


 莉奈は味噌汁を飲んでいる。


 何も言わない。


 「莉奈」


 「ん?」


 「今日は?」


 「普通」


 「また普通」


 「……普通」


 笑おうとした。


 でも。


 上手く笑えていなかった。


 俺は。


 何か言おうとして。


 やめた。


 無理に聞く必要はない。


 自分から話したくなれば。


 きっと話す。


 そう思った。


 「ごちそうさま」


 莉奈が席を立つ。


 食器を流し台へ持っていく。


 そして。


 「兄貴」


 「ん?」


 「今日、何時に帰る?」


 「六時くらい」


 「そっか」


 それだけ。


 莉奈は玄関へ向かう。


 「行ってきます」


 「行ってらっしゃい」


 扉が閉まる。


 俺はその音を聞いた。


 いつもと同じ。


 でも。


 何かが違う。


 その違いを。


 俺は上手く言葉にできなかった。


   ◇


 放課後。


 今日は学校からそのまま帰った。


 文化祭の準備も一段落している。


 だから。


 早い帰宅だった。


 家の前に着く。


 玄関を見る。


 莉奈の靴がある。


 帰っている。


 俺は少し安心した。


 「ただいま」


 返事がない。


 「莉奈?」


 家の中は静かだった。


 自分の部屋へ向かう。


 その途中。


 リビングの扉が少し開いている。


 中を見る。


 莉奈がソファに座っていた。


 テレビはついていない。


 スマートフォンも触っていない。


 ただ。


 ぼんやり前を見ている。


 「……どうした?」


 「……別に」


 その『別に』は。


 今まで聞いてきたものとは違った。


 逃げるための『別に』だった。


 俺は隣に座った。


 「学校で何かあった?」


 「……」


 「話したくなかったら、いいよ」


 「……うん」


 それで終わり。


 俺も黙る。


 テレビはつけない。


 時計の音だけ。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 五分。


 十分。


 何も起きない。


 俺は。


 その静けさを受け入れた。


 助けようとしない。


 答えを求めない。


 ただ。


 ここにいる。


 それだけ。


 すると。


 「兄貴」


 莉奈が言った。


 「ん?」


 「……父さんと」


 一度。


 言葉が止まった。


 「どう?」


 「どうって?」


 「うちの父さん」


 「ああ」


 少し考える。


 「普通にいい人だと思う」


 「……そう」


 「なんで?」


 「……」


 莉奈は膝に手を置いた。


 「私さ」


 「うん」


 「ここにいていいのかな」


 その言葉に。


 胸の奥が詰まった。


 「何でそんなこと思う?」


 「だって」


 莉奈が笑おうとする。


 「ここ、兄貴とお母さんの家だったじゃん」


 「……」


 「私が来て」


 「うん」


 「お母さんと兄貴の生活、変えちゃった気がして」


 「それは――」


 俺は。


 思わず何か言い返そうとした。


 でも。


 口を閉じた。


 『そんなことない』と即答するのは簡単だ。


 でも。


 莉奈が今感じている不安を。


 言葉一つで消すことができるわけではない。


 不安は。


 本人にしか消せない部分がある。


 「……怖い?」


 俺は聞いた。


 「うん」


 莉奈が頷く。


 「時々」


 「そっか」


 「兄貴とお母さんは、元々家族だったから」


 「……」


 「私は後から来ただけだから」


 「……」


 「だから」


 莉奈の声が小さくなる。


 「兄貴に好きな人ができたら」


 「うん」


 「私は必要ないんじゃないかなって」


 その言葉に。


 胸が痛んだ。


 それは。


 少し前の俺だった。


 誰かに必要とされることで。


 自分の居場所を確かめる。


 でも。


 莉奈もまた。


 同じことを考えていたのだ。


 自分がいなくても。


 この家は回る。


 自分がいなくても。


 兄には他の人がいる。


 だったら。


 自分はここにいる意味があるのか。


 「莉奈」


 「ん?」


 「俺」


 一度。


 深呼吸する。


 「最初はな」


 「うん」


 「妹が欲しくて仕方なかった」


 「知ってる」


 「俺、たぶん」


 少し笑う。


 「すごく変な願いを持ってた」


 「うん」


 「だから」


 一拍。


 「お前が来たとき、最初は嬉しすぎて」


 「……」


 「俺の中で勝手に『理想の妹』にしてた」


 「最悪」


 「だろ?」


 莉奈が少し笑う。


 「でも」


 俺は続ける。


 「もう違う」


 「……」


 「今は」


 莉奈を見る。


 「お前が妹だから大事なんじゃない」


 「……」


 「莉奈だから大事なんだ」


 莉奈は。


 何も言わなかった。


 ただ。


 目を伏せた。


 「だから」


 「うん」


 「俺の人生に誰かが増えても」


 「……」


 「お前が消えるわけじゃない」


 「……」


 「家族って」


 俺は言った。


 「新しい人が入ったら、古い人が追い出されるものじゃないだろ」


 「……うん」


 「一人増えたら、一人減るんじゃない」


 「……」


 「ただ、増えるんだよ」


 莉奈の目が。


 少しだけ潤んだ。


 「だから」


 俺は続けた。


 「いていいとか、いてはいけないとか」


 「……」


 「そんなこと、考えなくていい」


 「……本当に?」


 「本当」


 「邪魔じゃない?」


 「むしろ」


 俺は笑った。


 「お前がいなくなったら、家が静かすぎる」


 「……」


 「たぶん、俺はそのほうが困る」


 莉奈が。


 ようやく笑った。


 小さく。


 でも。


 ちゃんと笑った。


 「……そっか」


 「うん」


 「兄貴」


 「何?」


 「私」


 一度。


 深く息を吸う。


 「ここにいたい」


 俺は。


 その言葉を聞いて。


 何も言わなかった。


 ただ。


 「うん」


 と答えた。


 「いて」


 「……うん」


 それだけ。


 でも。


 その一言で。


 何かが。


 少しだけ決まったような気がした。


   ◇


 母さんが帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


 俺が言う。


「おかえり」


 莉奈も言う。


 母さんは少し驚いて。


 それから笑った。


 「二人とも、ずいぶん仲良くなったわね」


 「普通」


 莉奈が答える。


 「また普通?」


 「うん」


 俺たちは笑った。


 夕飯を一緒に作る。


 三人で食卓につく。


 「今日は何があったの?」


 母さんが聞く。


 「別に」


 莉奈が答える。


 「そればっかりね」


 「普通だから」


 俺が笑う。


 莉奈も笑う。


 そして。


 食卓に。


 三人分の笑い声が響いた。


 父さんが亡くなってから。


 こんなふうに。


 家の中で笑うことが。


 少し減っていた。


 でも。


 今は。


 また。


 笑っている。


 それは。


 父さんを忘れたということではない。


 新しい幸せができたから。


 過去を消したわけでも。


 裏切ったわけでもない。


 失ったものを大切にしながら。


 新しいものも大切にする。


 人間は。


 それを同時にやっていいのだ。


 たぶん。


 家族というものも。


 そういうものなのだ。


   ◇


 夜。


 自分の部屋に戻る。


 ベッドに横になる。


 スマートフォンを見る。


 灯里からメッセージが届いていた。


 『今日は早く帰れた?』


 『うん』


 『よかった』


 俺は少し笑う。


 『莉奈と話してた』


 『そっか』


 そこから。


 少し時間が空いた。


 『妹ちゃん、大丈夫?』


 『うん』


 『よかった』


 その言葉に。


 俺は胸が温かくなった。


 灯里は。


 莉奈を嫌っているわけではない。


 自分が大切に思う人の大切な家族を。


 ちゃんと大切にしようとしてくれている。


 それが。


 嬉しかった。


 『ありがとう』


 送る。


 『どういたしまして』


 返事。


 俺はスマートフォンを置く。


 そして。


 ベッドへ横になる。


 今日。


 莉奈は言った。


 ――ここにいたい。


 俺も。


 いてほしいと思った。


 その二つが。


 ちゃんと重なった。


 家族というのは。


 誰か一人が望むだけでは作れない。


 お互いが。


 『ここにいたい』と思える場所を。


 少しずつ作っていく。


 俺たちは。


 まだ途中だ。


 これからも。


 きっと喧嘩する。


 腹が立つこともある。


 うるさいと思うこともある。


 それでも。


 明日の朝になれば。


 また。


 「おはよう」


 と言う。


 その繰り返しが。


 家族を作っていく。


 俺は。


 そう思った。


   ◇


 しばらくすると。


 コンコン。


 ドアを叩く音。


 「兄貴」


 「ん?」


 「おやすみ」


 「おやすみ」


 「……あと」


 「何?」


 「明日」


 「うん」


 「一緒に朝ご飯食べよう」


 「もちろん」


 「……じゃあ、おやすみ」


 「おやすみ」


 足音が遠ざかる。


 俺は目を閉じる。


 そして。


 ほんの少しだけ。


 笑った。


 昔の俺は。


 妹が欲しかった。


 今の俺は。


 妹がいる。


 その違いを。


 初めて。


 当たり前の幸せとして受け入れられた気がした。


 明日も。


 家に帰る。


 明日も。


 『ただいま』と言う。


 そして。


 誰かが。


 『おかえり』と言ってくれる。


 それだけで。


 十分だった。


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