↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹よっ!! 兄を敬えっ!! ~天使に妹をお願いしたら、理想と現実が違いすぎた~  作者: 和泉 きよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/30

21.ほんとの仲直り

 目覚ましが鳴る少し前に、ドアが二回、軽く叩かれた。


 「兄貴」


 莉奈の声だった。


 「……起きてる」


 「ほんと?」


 「うん」


 「じゃあ起きて」


 「それ、起きてない人に言うやつだろ」


 「でも、まだ布団の中じゃん」


 「見えてるのか?」


 「声で分かる」


 「何だ、その超能力」


 ドアの向こうで、小さく笑う声がした。


 それだけで。


 胸の奥に溜まっていたものが、ほんの少しだけほどける。


 昨日。


 莉奈と喧嘩した。


 その前の日も。


 そのまた前の日も。


 俺たちは何かにつけて言い合っている。


 でも。


 朝に「起きて」と言われると。


 なぜだか、それだけで昨日のことが少し遠くなる。


 人間関係というのは、たぶん。


 大喧嘩の翌日に交わす「おはよう」の一言みたいなものなのだ。


 仲直りを宣言しなくても。


 昨日までと同じ場所にいて。


 同じように朝を迎える。


 それだけで。


 「まだここにいる」と確認できる。


 「兄貴」


 「ん?」


 「朝ご飯」


 「分かった」


 「あと」


 「まだあるの?」


 「……ネクタイ」


 「自分でやれ」


 「できない」


 「昨日できてただろ」


 「今日は無理」


 「なんでだよ」


 「お願い」


 俺は天井を見つめた。


 そして。


 笑ってしまった。


 「はいはい」


 ベッドから起きる。


 ドアを開ける。


 莉奈が立っている。


 制服姿。


 昨日より、少しだけ顔色がいい。


 目が合う。


 一秒。


 二秒。


 どちらも何も言わない。


 「……何?」


 莉奈が先に言った。


 「いや」


 「変な顔」


 「お前も」


 「私?」


 「うん」


 「どんな顔?」


 「……普通」


 「それ、悪口?」


 「違う」


 「ふーん」


 莉奈がネクタイを俺に差し出す。


 「これ」


 「自分でやれ」


 「兄貴」


 「……」


 「お願い」


 俺は受け取った。


 「はい」


 「ありがと」


 結び直す。


 きゅっと締めて。


 形を整える。


 莉奈が少しだけ俺の手元を見る。


 「……前より上手くなった」


 「そりゃな」


 「誰のおかげ?」


 「誰だろうな」


 「私でしょ」


 「調子に乗るな」


 莉奈が笑う。


 俺も笑った。


 たった数十秒のやり取り。


 でも。


 前までより。


 ずっと自然だった。


   ◇


 朝食の席。


 三人で食べる。


 母さんが俺たちを見ながら笑った。


 「今日は静かね」


 「いつも静かでしょ」


 俺が言う。


 「嘘」


 莉奈が即答する。


 「昨日だって大声で喧嘩してたじゃない」


 「喧嘩じゃない。議論」


 「何の議論?」


 「兄としての尊厳について」


 「くだらない」


 母さんが笑う。


 「仲直りしたの?」


 その言葉に。


 俺と莉奈は、同時に黙った。


 「……たぶん」


 莉奈が先に答える。


 「たぶん?」


 「うん」


 俺も頷く。


 「たぶん」


 母さんは少しだけ笑って。


 「それなら十分じゃない?」


 そう言った。


 十分。


 その言葉が。


 なぜか胸に残った。


 人は。


 完璧に分かり合わなければ、仲良くなれないわけじゃない。


 喧嘩をしなくなることが、仲直りでもない。


 昨日傷つけたことを、今日なかったことにはできない。


 でも。


 また朝ご飯を一緒に食べる。


 また同じ家から出ていく。


 また夜に「おかえり」と言う。


 そういう繰り返しが。


 関係を少しずつ元の場所へ戻していく。


 たぶん。


 家族というものは。


 「許す」よりも。


 「もう一度一緒にいる」のほうが大切なのかもしれない。


 「ごちそうさま」


 莉奈が立ち上がる。


 俺も食器を持つ。


 「手伝う」


 「いいよ」


 「昨日、手伝うって言っただろ」


 「……じゃあお願い」


 二人で台所に立つ。


 水の音。


 食器の触れ合う音。


 会話は少ない。


 でも。


 変に気を使う感じはなかった。


 「兄貴」


 「ん?」


 「昨日のこと」


 「うん」


 「……ごめん」


 俺は手を止めた。


 「俺も」


 「兄貴が謝ることじゃ――」


 「あるよ」


 「……」


 「俺、お前のことをちゃんと見てなかった」


 莉奈は何も言わない。


 「妹だからこうするだろ、とか」


 「……うん」


 「妹ならこう思うだろ、とか」


 「……うん」


 「そういうのばっかり考えてた」


 俺は皿を洗いながら続ける。


 「でも」


 一度、息を吐く。


 「お前はお前だもんな」


 莉奈の手が止まった。


 「……そうだよ」


 「うん」


 「私、私だから」


 「分かった」


 「兄貴より頭いい日もあるし」


 「それは認めない」


 「ほら、そういうところ」


 莉奈が笑った。


 俺も笑った。


 「じゃあ」


 「うん」


 「仲直り?」


 「……たぶん」


 「また『たぶん』かよ」


 「兄貴だから」


 「それ関係ある?」


 「ある」


 その答えに。


 俺はまた笑った。


   ◇


 学校へ向かう道。


 俺と莉奈は、いつものように並んで歩いていた。


 駅までは同じ。


 そこから先は、それぞれ違う高校へ向かう。


 「兄貴」


 「何?」


 「今日、帰り」


 「うん」


 「……待っててくれる?」


 「もちろん」


 「何時?」


 「今日も六時くらい」


 「分かった」


 「また確認?」


 「うん」


 俺はふと。


 前とは違うことに気づいた。


 以前は。


 「どうして帰宅時間を聞くんだろう」と考えていた。


 今は。


 その理由が少し分かる。


 たぶん。


 莉奈は。


 自分が帰ったときに誰かがいるかどうかを確かめたいのだ。


 もちろん、本人に聞いたわけではない。


 だから断定なんてできない。


 ただ。


 新しい家に来たばかりの頃の表情を知っているから。


 母親とは違う。


 父親とも違う。


 俺は。


 彼女にとって「同じ立場で家の中にいる人間」に近いのだと思う。


 だから。


 「兄貴は何時に帰る?」


 という質問が。


 「この家にちゃんと居場所はある?」


 という問いと。


 少しだけ繋がっているように感じる。


 人は。


 直接「寂しい」と言えないとき。


 別の質問をする。


 「何時に帰る?」


 「夕飯いる?」


 「明日休み?」


 そんな言葉の奥に。


 本当は。


 「いてくれる?」


 が隠れていることがある。


 莉奈がどうなのかは。


 まだ分からない。


 でも。


 俺はその質問を。


 もう面倒だとは思わなかった。


 「今日も六時くらい」


 「うん」


 莉奈が笑う。


 駅に着く。


 別れる。


 「じゃあ」


 「行ってらっしゃい」


 「兄貴も」


 「ああ」


 莉奈が歩いていく。


 俺も反対方向へ向かう。


 少しだけ。


 振り返る。


 莉奈は。


 もうこちらを見ていなかった。


 でも。


 それでよかった。


 それぞれの場所へ行く。


 それぞれの時間を過ごす。


 それでも。


 夕方になれば。


 また同じ場所へ帰ってくる。


 それが。


 俺たちの今なのだ。


   ◇


 学校。


 昼休み。


 俺は机に突っ伏していた。


 「神谷くん」


 灯里の声。


 「……何?」


 「眠い?」


 「少し」


 「昨日、何かあった?」


 「妹と喧嘩して仲直りした」


 「そっか」


 灯里が笑う。


 「よかったね」


 「うん」


 「じゃあ、今日はちょっと嬉しそう」


 「そう?」


 「うん」


 灯里は俺の机に小さなお菓子を置いた。


 「これ」


 「何?」


 「この前のお礼」


 「何の?」


 「文化祭の相談」


 「特に何もしてないけど」


 「話聞いてくれたでしょ」


 「それだけだよ」


 「それがよかったの」


 灯里が笑う。


 俺は。


 なぜか少し照れた。


 「……ありがとう」


 「うん」


 俺は思った。


 莉奈にも。


 灯里にも。


 最近、同じことを感じる。


 何かをしてあげることだけが人を大切にすることじゃない。


 相手の言葉を聞く。


 相手の決めたことを尊重する。


 必要なときだけ手を貸す。


 そういう小さなことの積み重ねが。


 人との距離を作っていく。


 そして。


 俺はその距離の取り方を。


 まだ勉強中なのだ。


 「神谷くん」


 「ん?」


 「今度、ちゃんと相談したいことがある」


 「もちろん」


 「……ありがとう」


 灯里が少しだけ視線を逸らす。


 その仕草に。


 俺の胸が、ほんの少し騒がしくなった。


 まだ。


 この感情に名前をつけるつもりはない。


 ただ。


 灯里のことを。


 もう少し知りたい。


 そう思った。


   ◇


 放課後。


 俺は駅で莉奈を待っていた。


 約束の時間。


 五時五十分。


 まだ少し早い。


 スマートフォンを見ながら待つ。


 五時五十八分。


 六時。


 六時五分。


 来ない。


 今日は遅い。


 俺は連絡を入れようとして。


 やめた。


 昨日までなら。


 何かあったのかと焦っていた。


 今日は。


 待つことにした。


 六時十分。


 人混みの向こう。


 莉奈が見えた。


 走っている。


 「兄貴!」


 「おう」


 「ごめん!」


 「どうした?」


 「先生につかまった」


 「何したんだ?」


 「何もしてない」


 「じゃあ何で?」


 「文化祭の係」


 「ああ」


 「手伝ってって頼まれた」


 俺は少し笑った。


 「ちゃんと頼られてるじゃん」


 「……まあ」


 莉奈が照れくさそうに言う。


 「嫌じゃなかった?」


 「うん」


 「ならよかった」


 それから。


 莉奈が俺を見る。


 「兄貴」


 「何?」


 「……待っててくれて、ありがと」


 「別に」


 「でも」


 一拍。


 「待っててくれたの、ちょっと嬉しい」


 俺は。


 何も言わなかった。


 ただ。


 「帰ろう」


 「うん」


 並んで歩いた。


 その帰り道。


 莉奈が突然言った。


 「兄貴」


 「ん?」


 「今日、一個お願いしていい?」


 「何?」


 「家帰ったら」


 「うん」


 「一緒にゲームして」


 「……」


 俺は立ち止まりそうになった。


 「それ」


 「うん」


 「妹イベントじゃない?」


 「何それ」


 「いや、何でもない」


 莉奈が怪訝そうな顔をする。


 「変なの」


 そう言って。


 少し笑った。


 俺も笑った。


 たぶん。


 これでいい。


 理想の妹である必要なんてない。


 兄を敬う必要も、たぶん。


 そんなにない。


 生意気で。


 面倒で。


 勝手で。


 それでも。


 「一緒にいたい」と思える。


 それだけで。


 十分なのだ。


 そして。


 その夜。


 俺たちは本当にゲームをした。


 俺が攻略方法を説明すると。


 「兄貴、説明長い」


 「教えてるんだから聞けよ!」


 「分かったって」


 「分かってないだろ」


 「分かってる」


 「じゃあ何でそこに行くんだ!」


 「こっちのほうが楽しそうだから」


 「ゲームオーバーになるぞ!」


 「兄貴が助けて」


 「結局それか!」


 笑う。


 喧嘩する。


 そして。


 また笑う。


 ゲーム画面の明かりが。


 夜の部屋をぼんやり照らしている。


 俺はふと思った。


 俺が昔欲しかった「妹との時間」は。


 もっと華やかなものだと思っていた。


 でも。


 実際に手に入れてみれば。


 こんなものなのかもしれない。


 くだらなくて。


 騒がしくて。


 思い通りにならなくて。


 それでも。


 あとで振り返ったとき。


 なぜだか、一番覚えている。


 そういう時間。


 莉奈がコントローラーを置く。


 「今日、楽しかった」


 「俺も」


 「またやろう」


 「うん」


 「約束」


 「ああ」


 その「約束」という言葉が。


 胸に残った。


 失いたくない。


 そう思った。


 でも。


 今度は。


 その不安に怯えるのではなく。


 今日を大切にしようと思った。


 明日のことを心配するより。


 今日、一緒に笑えたことを。


 ちゃんと覚えておく。


 それだけでいい。


 俺はそう思った。


 そして。


 夜。


 自分の部屋へ戻る前。


 莉奈が言った。


 「兄貴」


 「ん?」


 「……おやすみ」


 「おやすみ」


 ドアが閉まる。


 俺は一人になった。


 でも。


 もう。


 一人の夜だとは思わなかった。


 壁一枚向こうに。


 妹がいる。


 そして。


 明日の朝も。


 たぶん。


 「兄貴」


 と呼ばれる。


 その未来が。


 今の俺には。


 少しだけ。


 楽しみだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。