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妹よっ!! 兄を敬えっ!! ~天使に妹をお願いしたら、理想と現実が違いすぎた~  作者: 和泉 きよ


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14/19

14.妹の友達は何でも知っている

 莉奈が風邪をひいてから、三日が経った。


 もう熱は下がっている。


 学校にも行った。


 食欲も戻った。


 つまり。


 俺の役目は終わった。


 ……はずだった。


 「兄貴」


 「何?」


 「今日、駅まで送って」


 「いつも送ってるだろ」


 「じゃあ今日も」


 「はいはい」


 俺は靴を履く。


 莉奈も隣で靴を履いている。


 病気になる前と、ほとんど変わらない。


 口数も。


 表情も。


 俺への態度も。


 「兄貴」


 「何だよ」


 「この前ありがと」


 「もういいって」


 「でも」


 「元気になったなら、それでいい」


 「……そう」


 莉奈は少しだけ笑った。


 俺は、その笑顔を見て安心する。


 人間は。


 誰かが元気になった姿を見るだけで、これほど嬉しくなれるのだろうか。


 たぶん。


 それは「助けた」という感覚とは少し違う。


 自分のしたことが役に立ったから嬉しいのではなく。


 目の前の人間が、ちゃんといつもの姿に戻ったことが嬉しい。


 その違いは小さいようで、大きい。


 少なくとも俺は。


 少しずつ、そういう感情を覚え始めていた。


 「じゃあ、行くぞ」


 「うん」


 二人で家を出る。


 秋の朝。


 空気が冷たい。


 莉奈が少しだけ肩をすくめた。


 「寒い?」


 「ちょっと」


 「上着着てこいよ」


 「兄貴に言われたくない」


 「俺は着てるだろ」


 「それなら私も着てる」


 「そういう問題じゃない」


 どうでもいい会話。


 でも。


 最近は、このどうでもいい会話が好きだった。


 何も起きない朝。


 それが、少しだけ特別に思える。


 駅が近づく。


 俺と莉奈はいつもの場所で別れる。


 「じゃあ」


 「うん」


 莉奈が歩き出す。


 そして。


 数歩進んだところで振り返る。


 「兄貴」


 「何?」


 「今日も、六時?」


 「たぶん」


 「そっか」


 「何で?」


 「別に」


 まただ。


 でも、もう聞き返さない。


 莉奈が自分から言える日まで。


 たぶん、待っていればいい。


 「じゃあ、また」


 「うん」


 莉奈が今度こそ歩いていく。


 俺はその背中を見送りながら。


 小さく笑った。


 妹がいる。


 ただそれだけのことが。


 最近の俺にとっては。


 毎日を少しだけ楽しみにする理由になっていた。


   ◇


 昼休み。


 「神谷」


 灯里が俺の机の前に立った。


 「何?」


 「ちょっと聞きたいことある」


 「何?」


 「妹ちゃんって、どんな子?」


 「どんなって……」


 俺は考える。


 「面倒くさい」


 「ふふ」


 「口が悪い」


 「ふふふ」


 「でも」


 そこまで言って。


 俺は笑った。


 「結構、いいやつ」


 「へえ」


 「何だよ」


 「いや」


 灯里が少し首を傾げる。


 「本当に好きなんだなって」


 「妹だからな」


 「うん。そういう意味」


 その言葉に。


 少しだけ胸がくすぐったくなる。


 俺は妹を大切に思っている。


 それはもう。


 ほとんど疑う余地がない。


 でも。


 「大切に思う」という感情は。


 案外、曖昧だ。


 守りたい。


 知りたい。


 笑っていてほしい。


 困っていたら助けたい。


 そういう感情がいくつも重なって。


 ひとつの「大切」という気持ちになる。


 家族というのは。


 もしかすると、そういう曖昧な感情の集合なのかもしれない。


 「そういえば」


 灯里が言った。


 「昨日、妹ちゃんの学校の近くで友達と一緒にいるのを見かけたよ」


 「え?」


 「女の子二人と歩いてた」


 「それ、莉奈?」


 「たぶん。前に見せてくれた写真と制服も同じだったし」


 俺は少し考える。


 「……楽しそうだった?」


 「うん」


 その答えに、なぜか安心した。


 「そっか」


 それだけで。


 午後の授業まで少し気分が軽くなった。


   ◇


 放課後。


 俺は駅前の本屋に寄った。


 特に理由はない。


 強いて言えば。


 莉奈が前に買っていた参考書の続きがあるか見たかったくらいだ。


 その帰り。


 「――あれ?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向く。


 そこには。


 莉奈がいた。


 そして。


 見知らぬ女の子が二人。


 制服を見る限り、莉奈の友達だろう。


 莉奈が固まる。


 「何してるの?」


 「本を探してる」


 「見れば分かる」


 「じゃあ聞くなよ」


 女の子の一人が、俺と莉奈を交互に見た。


 「え?」


 もう一人が驚いたように言う。


 「もしかして……」


 莉奈の顔が一瞬で赤くなる。


 「ち、違う!」


 「何も言ってないけど」


 「言い方で分かる!」


 友達が笑う。


 「もしかして、お兄ちゃん?」


 「……うん」


 莉奈が小さく答えた。


 友達が俺を見る。


 「へえ」


 「どうも」


 「何かイメージと違う」


 「どういうイメージ?」


 「もっと怖い人かと思ってた」


 「何で?」


 「莉奈が散々文句言ってるから」


 「ちょっと!」


 莉奈が友達の腕を掴む。


 俺は思わず笑った。


 「俺、そんなに文句言われてるの?」


 「うん」


 「何て?」


 「えっとね」


 「やめて!」


 莉奈が遮る。


 しかし。


 もう一人の友達が続けた。


 「『兄貴って鈍い』とか」


 「ちょっと!」


 「『いちいち心配してくる』とか」


 「それも言ってない!」


 「あと――」


 「ストップ!」


 莉奈が真っ赤になっている。


 俺は笑ってしまった。


 家では。


 俺に対して平然と文句を言うくせに。


 学校の友達に俺の話をされるだけで、こんなにも慌てる。


 なんだ。


 ちゃんと恥ずかしいという感情もあるじゃないか。


 「でも」


 友達の一人が笑った。


 「莉奈、結構お兄ちゃんの話するよね」


 「……」


 莉奈が黙る。


 「朝起こしてもらったとか」


 「……」


 「プリン買ってもらったとか」


 「…………」


 「風邪のときそばにいてくれたとか」


 「………………」


 莉奈は。


 完全に黙ってしまった。


 耳まで赤い。


 俺も。


 なんだか恥ずかしくなった。


 「そんなに話してるんだ?」


 俺が言う。


 「……知らない」


 「いや、お前だろ」


 「知らない」


 「顔真っ赤だけど」


 「うるさい!」


 友達二人が笑い始める。


 莉奈も怒っているのに。


 どこか本気ではない。


 その場には。


 なんとなく柔らかな空気が流れていた。


 俺は少しだけ嬉しくなった。


 莉奈には。


 ちゃんと友達がいる。


 俺がいなくても笑える場所がある。


 俺の知らない世界で。


 俺の知らない人たちと。


 俺の知らない莉奈が生きている。


 それは寂しくもあるけれど。


 同時に。


 安心でもあった。


 家族だからといって。


 四六時中そばにいる必要はない。


 むしろ。


 離れている時間があるからこそ。


 帰ってきたときに話したいことが生まれる。


 「じゃあ」


 俺は言った。


 「俺、帰るな」


 「うん」


 莉奈が答える。


 すると。


 友達の一人が、俺を見てニヤニヤした。


 「お兄ちゃん、優しいね」


 その言葉に。


 莉奈が少しだけ笑った。


「……兄貴だからね」


 それは。


 俺に向けたというより。


 自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


   ◇


 家へ帰る。


「ただいま」


「おかえり」


 母さん。


 それからしばらくして。


「……ただいま」


 莉奈が帰ってきた。


 玄関で靴を脱ぐ。


「……おかえり」


 俺は振り返った。


 「今日、友達といたな」


 「最悪」


 「なんで」


 「学校の私見られた」


 「別にいいだろ」


 「よくない」


 「何で?」


 「……恥ずかしいから」


 俺は少し笑った。


 「でも、楽しそうだった」


 「……うん」


 「よかった」


 それだけ言う。


 莉奈は少し黙った。


 「兄貴」


 「ん?」


 「……私のこと、変なふうに思わないでね」


 「どういう意味?」


 「家ではああだけど」


 一瞬、言葉が途切れた。


 「学校では、ちゃんと頑張ってるから」


 俺は。


 その言葉の意味を考えた。


 家では。


 わがままで。


 口が悪くて。


 俺をパシリにして。


 でも。


 学校では。


 友達の前で笑って。


 自分の役割を果たして。


 たぶん。


 いろいろなことを我慢している。


 人間は。


 場所が変われば。


 少しずつ違う顔になる。


 それは嘘ではない。


 どの顔も本人だ。


 だから。


 家で俺にだけ見せる顔があるなら。


 それは。


 俺のところを少しだけ安全だと思ってくれているからなのかもしれない。


 「変になんか思わないよ」


 俺は言った。


 「むしろ」


 「むしろ?」


 「学校でちゃんとやってるなら、俺は安心する」


 「……そっか」


 「うん」


 莉奈は視線を下げた。


 そして。


 「兄貴」


 「何?」


 「今日」


 「うん」


 「友達が言ってたこと」


 「なに?」


 「……忘れて」


 「どれだよ」


 「全部」


 「無理だろ」


 莉奈が睨む。


 「兄貴のくせに」


 「またそれ」


 「……でも」


 「ん?」


 「風邪のとき、いてくれてありがと」


 小さな声。


 俺は笑った。


 「どういたしまして」


 莉奈も。


 ほんの少しだけ笑った。


   ◇


 その日の夜。


 俺はベッドに横になりながら。


 今日のことを考えていた。


 俺はずっと。


 「妹が欲しい」と思っていた。


 でも。


 今の俺が知りたいのは。


 「妹とはどんな存在か」ではない。


 莉奈が。


 何を考えて。


 何を見て。


 何を怖がって。


 何を嬉しいと思うのか。


 そのほうが気になる。


 それは。


 たぶん。


 妹という「役割」に興味があるのではなく。


 一人の人間として。


 莉奈に興味を持っているということなのだろう。


 家族になるというのは。


 相手を全部知ることではない。


 むしろ。


 知らないことがいくつもあると分かった上で。


 それでも。


 少しずつ知っていこうと思えることなのかもしれない。


 そう考えていると。


 スマートフォンが震えた。


 莉奈からだった。


 『起きてる?』


 『起きてる』


 『明日さ』


 『うん』


 少し間があって。


 『学校終わったら一緒に帰らない?』


 俺は思わず笑った。


 『いいよ』


 すぐに返事。


 『じゃあ、駅で待ってて』


 『分かった』


 それだけ。


 たったそれだけなのに。


 俺の胸の奥が、少し温かくなった。


 誰かから。


 「待っていて」と頼まれる。


 その言葉には。


 不思議な力がある。


 自分が必要とされているような気がする。


 でも。


 もう俺は。


 「必要とされる自分」に酔わないようにしたいと思っていた。


 莉奈が俺を必要としているからではなく。


 俺も。


 莉奈と一緒にいたいと思っているから。


 それだけでいい。


 それが。


 家族なのかもしれない。


 俺はスマートフォンを置いた。


 明日の帰りは。


 また駅で莉奈に会う。


 学校では、別々の世界を生きる。


 でも。


 帰る場所だけは同じだ。


 そのことが。


 今の俺には。


 なんだか嬉しかった。


 そして。


 翌日の放課後。


 俺は駅で。


 莉奈を待つことになる。


 そこで俺は。


 今まで知らなかった莉奈の一面を。


 もう一つ知ることになるのだった。


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