第5話 尾ひれと背びれが付き、広がる冤罪
日向の家にお世話になってから、流れるように時間が過ぎて。
気が付けば、夏休みが終わっていた。
あれからは日向に勉強を教えたり、一緒に料理をしたりしていると本当にあっという間だった。
「う~ん、凄く行きたくない」
久しぶりに自分の家に戻って、制服に袖を通すけど凄く気が重かった。
あれ以降、スマホの電源を入れてないからどんな誹謗中傷を受けているのか。
「湊くん、準備できた?」
「うん、出来たよ。それじゃあ、行こうか」
「……手でも繋ぐ?」
「なんでいきなり」
「いきなりじゃないでしょ。だって、今の湊くん凄く不安そうな顔してるよ?」
実際不安だ。
夏休み中の登校日ですら、あんな感じだったのに。
それが毎日続くと考えると気が重くて仕方がない。
「……バレた?」
「わかりやすいからね。大丈夫。きっとお姉ちゃんが何とかしてくれるよ」
「教師が一生徒に構い過ぎるのは良くないのでは?」
「それはそうかもだけど、今回の湊くんは虐めの被害者だから」
でも、確かに教室内に頼れる人物が一人いるのは大きいな。
誰も味方がいない四面楚歌みたいな状況よりも、だいぶ精神的に楽になる。
「そか」
「そだよ。途中まで私もついて行くし」
「なにからなにまでありがとうね」
「気にしなくていいって。私がしたくてしてることだし」
日向はニッコリと笑みを向けながらそう言ってくれる。
今日は制服に身を包んでいるから、新鮮な感じはあまりしないけど髪型がいつもと違った。
ハーフアップと呼ばれる髪型で、所々から彼女のインナーカラーの青色が覗いていて凄く綺麗に見える。
「ありがとうね。あと、その髪型凄く似合ってる」
「そ、そうかな」
「うん。いつも髪をおろしてたから。雰囲気変わって凄く可愛いと思うよ」
髪型一つでこんなにも印象が変わるものなのだな。
そう思った。
いや、純粋に可愛い。
見惚れてしまうほどだ。
「そんなに褒めても何も出ないよ。それより、早く行こ」
「あ、ああ」
未だに怖くて、足がすくんでいる。
そんな僕の手を日向は引っ張ってくれる。
「大丈夫だよ。ね」
今日は気を使われてばっかりだな。
自分の体たらくぶりに苦笑いをしながら、僕たちは学校に向かった。
夏休み前はいつも楽しんで学校に行っていたはずなのに。
今日は心が鉛のように重かった。
◇
「みんなおはよう」
「おはようございます。望月先生」
校門で生徒に挨拶をしていたのは、望月小雪。
僕が昔からお世話になっているあの小雪さんだ。
家ではだらしなく見えた彼女だけど、こうやって仕事をしている姿はまさしく美人教師だ。
「おはよう湊。今日からまたよろしくな」
「はい。お願いします」
「お姉ちゃん。湊くんのことお願いね」
「ああ! それと、学校では望月先生と呼ぶように」
「は~い」
微笑ましい姉妹の会話を見ながら、僕は校舎を眺める。
いつもは、恋人であるほのかと会えるって言う理由で凄く楽しみに来ていたはずなのに。今となっては気の重さしか感じないのだから。
「じゃあ、湊くん。ホームルームが終わったら迎えに行くから待っててね」
「わかった。じゃあ、またあとでね」
日向と別れて僕は自分の教室にむかう。
中に入ると、今まで騒がしかった教室内は一気に静かになってこちらに視線が集まる。
僕の方を見ながら、みんながひそひそと何かを話し始める。
聞こえて来る言葉と言えば、僕が浮気したことについてや、何故か僕がほのかに暴力を振るっていたことになっていたとか。
『うわっ、まだ学校これるとかどんな神経してんだろうな』
『わかる。マジで暴力振るってくる男とかこわ~い』
『早く、帰ってくんないかな』
僕の方を見て、すでにヒソヒソではなくなった声量で悪口を言ってくる。
何もしていないのに……
だけど、ここで声を大にして抗議をしようともきっと彼らは聞かない。
人間は真実を求めているわけではなく、《《面白い嘘》》を求めているのだと誰かが言っていた。
「……はぁ」
もともと重かった気分は今の一瞬で更に重くなった。
だけど、泣き言を言ってはいられない。
帰りは日向と帰る予定だし、それまで頑張って耐えないと。
自分の机の上を見てみれば、様々な悪口の落書きが描かれていた。
「なにしたってんだよ。本当に……」
僕の心からこぼれ出た言葉は、僕に対する多すぎる悪口の声にかき消されるのだった。
◇
「はぁ~」
あんなに頑張ろうと決意していたものの、結局僕は耐えきれずに屋上にやってきていた。おそらく今頃小雪さんがこれからの授業についての説明をしてるはず。
小雪さんには申し訳ないけど、今回はサボらせてもらおう。
あそこまで、真っすぐ人に悪意を向けられたことのない僕にはあの環境は地獄すぎた。
「大丈夫? 湊くん」
「……日向? なんで」
「前と同じ。お姉ちゃんから湊くんがいないって聞いたから。ここにいるんじゃないかな~って」
「なるほど。そう言うわけか」
毎回毎回、ホームルーム中にスマホを触ってもいい物かと思わないでもないけど。
それのおかげでこうやって助けられてるワケだから文句は言えない。
「そう。とりあえず、座ろっか。もちろんフェンス側はダメだよ」
「わかってるよ。つい、逃げ出しちゃったけど死のうとしてたわけじゃないからさ」
「なら、良かったよ。ねぇ湊くん。一つだけ聞いてもいい?」
「ん? 僕に答えられることならなんでも答えるよ」
屋上の壁に背中を預けていると、日向も隣に座ってくる。
肩がくっつくかどうかくらいの距離感。
これがやけに心地いい。
「湊くんは元カノさんに未練はあるの?」
僕の目を覗き込んでくる青色の瞳。
グイっと顔を近づけて聞いてきたため、凄くドキドキする。
それを日向に気づかれないように表情筋を引き締めながら答える。
「ないよ。浮気されたし、あんな冤罪を着せてくる相手を好きで居続けられるほど僕の精神は強くなかったみたい」
「それが普通だよ。でも、良かった。それじゃあ、……」
「何か言った?」
最後らへんに彼女が何を言っているのか聞き取れなかったけど、きっとそこまで重要な事でもないのだろう。
僕は勝手にそう判断して、考えるのをやめる。
上空に広がる空は雲一つない青空で。
見ていて、少しだけ気分が落ち着くような錯覚に陥った。
「ここで一緒に時間潰そっか」
「いいの? 日向は戻ったほうがいいんじゃ……」
「そんな気分でもなくなっちゃったし。いいよ。今は湊くんと一緒に居たいから」
「わかった」
僕の肩に頭をのせながら、彼女はにししっと笑うのだった。




