第42話 世界で一番大好きだから
「良かった。間に合った」
依然として問題は何一つ解決していない。
だけど、日向が殺されるという最低の結末を回避することはできた。
「退いて! そいつを絶対に殺すから」
「舐めるな。ここで退くほど僕は往生際が良くない。ボロボロの日向を見捨てて自分の命を優先できるほど腐っちゃいない」
ここで日向を……世界で一番好きな人を見殺しにするくらいなら、僕が殺されたほうがマシだ。
僕はもう、日向のいない世界に耐えられる気がしないから。
「みな……とくん?」
「遅れてごめん。全ては僕の判断が甘かったせいだ」
日向を一人で校門に行かせてしまった事。ほのかを野放しにしてしまった事。
彼女の僕への執着を見誤ったこと。
そのすべてが、僕が招いた判断ミス。この事件の遠因は僕にある。
なら、この手のひらの焼けるような痛みは甘んじて戒めとして受け入れよう。
「くっ」
「とりあえず、離れろよ」
ナイフを力いっぱいに握りしめる。鮮血が流れ落ちて、屋上の床を汚す。
ポタポタと水音が静寂に包まれた屋上に鳴り響く。
「湊くん……血が」
「大丈夫。日向はそこで座ってて」
左手の手のひらは絶えず、激痛を訴えているがいったん無視だ。
それよりも、目の前の出来事に集中するべきだ。
「なんで! なんで庇うの!?」
「世界で一番大切だからに決まっているだろうが! ふざけるのも大概にしろ」
許せない。日向を傷つけたこいつが。
それ以上に、この状況を招いた自分自身が。
僕がそう怒鳴った瞬間に怯んだほのかは包丁から手を離して距離を取る。
掴んだ包丁を入り口の方に投げ捨てて、日向の方を見る。
両足に切り傷があって、血が滲んでいる。出血量はそれなりに多そうだけど、命に別状はなさそうだった。
そこだけは一安心だ。
「湊がそこまで洗脳されてるだなんて。わかった、死なない程度に痛めつけてそこの女を殺してやる」
「それだけは絶対にさせない。僕が生きているうちは。日向を殺したいんならまずは僕を殺してからやるんだな」
今のほのかの目からは正気を感じない。
どう考えても、まともじゃなかった。
「大丈夫だよ。湊は殺さない。そこの泥棒猫だけだよぉ~殺すのはさ」
いいながら、ほのかは制服の胸ポケットからナイフを取り出す。刃渡りは八センチほど。かなり大型のナイフで対応を一つ間違えたら一瞬であの世行きだ。
「日向、何とかして小雪さんに連絡を取ってくれ。時間は僕が稼ぐ」
「う、うん」
「私を無視してイチャイチャするな!!」
「……チッ」
ナイフをブンブンと振り回してくる。当たればほぼ致命傷。
小雪さんが駆けつけてきてくれるまでの数分を何とかして稼がないと。
「おい、そんなの振り回してたら僕が死んじまうかもしれないぞ?」
「大丈夫。加減はしてるからさぁ」
未だに手を振り回して僕のことを切りつけようとするほのかの手首を何とか掴む。
「握ってくれるなら手が良いんだけど?」
「馬鹿言え、僕はもう彼女がいる」
「その彼女ももうすぐ私になるけどね」
取っ組み合って、ナイフが当たらないようにするけど。
それではどうしようもない。
「ふっ」
なんとかして、ほのかを投げる。
柔道なんて出来のいい物じゃない。
力任せに投げただけだけど。
充分に効果的だったようで、ほのかは苦悶の声を上げる。
これでどうにかできると思っちゃいないけど。
「湊! ひなちゃん! 大丈夫か?」
屋上の扉を蹴り開けて、小雪さんと教師陣数名が屋上に入ってくる。
それを見たほのかは諦めたような顔をしながら、手に持っていたナイフを手放す。
……ことは無く、日向にナイフを力いっぱい投擲した。
確実に日向に当たる軌道。顔を目掛けて放たれたそれは、距離的に小雪さんじゃ止めるのは間に合わない。
教師陣も同様だ。
「間に合え!」
何とかして日向の元に駆け寄って、腕でナイフを止める。
腕に深々と突き刺さったけど、日向に当たることは回避できた。
「湊くん大丈夫!?」
「大丈夫……とは言い難いけど。まあ、無事ではあるかな」
めちゃくちゃ痛いけど、命に別状はない。
その向こうでは、教師陣に拘束されたほのかが連れて行かれていた。
「大丈夫か!? 湊」
「だから、大丈夫ではないかもですって。それよりも救急車を呼んでください。日向の傷が心配です」
「……多分君の方が重症だ。でも、既に救急車は呼んであるからちょっと待ってくれ」
こうして僕と日向は救急車によって運ばれた。
◇
「命に別状がなくて本当に良かったよ。二人とも」
「いえ、僕がもっと早く行動できていれば日向が傷つくことは無かったのに。自分の落ち度です。本当に申し訳ないです」
「何を言う。そもそも君がいなかったら、無事じゃなかった。最悪死んでしまっていたかもしれないんだ。君はちゃんと日向を救った。誇っていい」
「……ありがとうございます」
日向が診断を受けている間に、僕は小雪さんと話していた。
あの後、ほのかは警察に連れて行かれたらしい。
状況から判断して、佐山を刺したのもおそらくほのかなのだろう。
なんであそこまでおかしくなってしまったのか。
僕にはわからない。分かりたくもないわけだが。
「ありがとうございました」
「ひなちゃん、大丈夫だったか!?」
「うん。湊くんの傷よりは全然深くないし。両足の傷も思ったほど深くは無かったから」
「ならよかったよ。本当に」
病室から出てきた日向をたまらず抱きしめてしまう。
他の視線とか気にならなかった。
「湊くんはもっと自分のことを心配してほしいんだけど」
そんな風に呆れられながらため息をつく日向を笑いながら抱きしめる手は緩めないのだった。




