第3話 絶望から一転
「起きて、湊くん。夕飯できたよ」
「ん、んん?」
「早く起きないとキスしちゃうよ?」
「ふぁっ!?」
目が覚めて真っ先に移りこんできたのは、日向の顔。
イタズラっ子のように口元に笑みを浮かべて、彼女は僕の顔を覗き込んでいた。
可愛いけど、こういう冗談は流石にドキッとする。
心臓に悪いのでやめていただきたい。
「おはよ」
「お、おはようございます」
つい、敬語になってしまってけどしょうがない。
寝起きだし、頭ちゃんと回ってないし。
「うん。夕飯出来たからリビング行こ。食欲はある?」
「大丈夫。というか、最近まともな物食べてなかったから凄くお腹すいてるかも」
夏休みに入ってから、ゼリー飲料とバランス栄養食しか食べていなかった。
だから、誰かが作る料理が食べたい。
「ならよかった。湊くんって普段は自炊とかしてないの?」
「普段はしてたんだけどね。夏休み前のアレがショックすぎてさ。料理をする気にもなれなかったって感じかな」
普段であれば、冷蔵庫に入っている物で自炊をしているしスーパーに行って買い出しだってする。
だけど、浮気されて何もする気力が起きなかった僕はネット通販で買ったゼリー飲料とバランス栄養食だけを食べていた。
「そか。なんか悪い事聞いちゃったね」
「気にしないでくれ」
気まずそうに視線を逸らす日向に、出来るだけ明るく笑いかけてからベッドから起きる。そして、リビングに向かうとそこにはパジャマ姿の小雪さんがお酒の缶を片手に夕食を食べていた。
「おはよ湊。気分はどう?」
「小雪さん、おかげさまでだいぶマシになりました」
小雪さんはさっき見たスーツ姿ではなく、ぴちっとした白地のTシャツに黒色のスウェットパンツを穿いている。
学校で見るキッチリとした教師像ではなく、年上の綺麗なお姉さんと言った雰囲気が強くなった。
「なら、よかった。ほら、お腹すいたでしょう。遠慮せずに食べてね」
「お姉ちゃんが作ったんじゃないでしょ。全く」
「そうだった。ごめんごめん。ひなちゃんの手料理は本当においしいからさ」
「これ、日向が作ったのか?」
「うん。家事はある程度できるようにしたの。そうじゃないと生活力皆無のお姉ちゃんと一緒に暮らせないからね」
日向はジト目で小雪さんは見ていた。
そんな視線を受けた小雪さんはバツが悪そうにお酒を一口グイっと飲む。
美味しそうに飲むな。この人。
「とりあえず、座ってよ。一緒に食べよ」
リビングの机は長方形で、椅子が四つ備え付けられていた。
このマンションは広いし来客も考えてなのだろうか。
「なにからなにまでありがとうね」
「良いって。今は気とか使わなくていいから」
日向に促されるままに、僕は机に座る。
テーブルには肉じゃがと白米。
生野菜のサラダにみそ汁。
凄く豪華な夕飯だった。
「いただきます」
「遠慮せずに食べてね」
日向は優しくそう言ってくれて、涙が出そうになる。
ついこの前までは世界の全てが敵のように思えていたけど、しっかり自分にも味方がいるのだとわかったから。
「とりあえず、お姉ちゃん。お願いできる?」
「もちろん。そもそも虐めを止めれなかった学校側に問題があるからね。明日から忙しくなりそう」
「大変だと思うけど、よろしくね」
「任せなさいな。このお姉ちゃんに!」
小雪さんはそう言いながら缶に入ったお酒をぐびぐび飲む。
あんなに飲んで大丈夫なのか見ていて心配になる。
「湊くん、美味しい?」
「凄く美味しい。本当に……」
自然と涙があふれてくる。
美味しいからと言うのもあるかもしれないけど、今までずっと一人で苦しさを抱え込んでたからこうやって誰かと一緒にご飯を食べれるのが嬉しい。
安心感に包まれるとでもいえばいいんだろうか。
一度涙があふれてしまったら止まらなかった。
「み、湊くん!? だ、大丈夫?」
「う、うん。ごめん。なんか安心しちゃって」
「そか、大変だったもんね。今日はゆっくりして明日からどうするか考えよ」
日向は僕の背中をさすりながら、落ち着けるように背中をさすってくれる。
年下の女の子に慰められるのは情けない気がしなくもないけど、今はこの優しさに甘えることにしよう。
「うん」
「ひなちゃん。湊の事は頼んだよ。私は少し忙しくなりそうだから」
「わかった」
それから僕は夕飯を食べて、そのまま溺れるように眠った。
久しぶりの心の底から安心できる時間だったと思う。
【日向視点】
「湊くんをここまで傷つけるなんて許せない」
私は先ほど、疲れて眠った湊くんの髪を撫でながら決心する。
彼を陥れたやつらを絶対に地獄に落とすと。
心優しい湊くんと付き合っておきながら、浮気をした挙句冤罪まで着せて。
彼の居場所を奪おうとするなんて許せない。
度が過ぎている。
「絶対に、絶対に許さないから」
私はそう決意をしながら、再び湊くんの頭を撫でる。
気持ちよさそうに寝息を立てている湊くんは凄く可愛かった。
凛とした顔立ち。
だけど、今は落ち着いたように寝息を立てている。
「安心してね湊くん。私は湊くんの味方だから」
絶対に聞こえていないことはわかってるけど、それでも安心させることができるように私は湊くんの頭を撫で続けるのだった。
【日向視点終了】
「ん、むぅ?」
目が覚めると、見覚えがない天井が真っ先に目に入ってきた。
何があったのか、頭を働かせながら記憶をたどる。
「そうか、僕は日向の家に泊まってるのか」
昨日から日向の家に泊まることになったのを思い出す。
なるほど、あの後すぐに寝ちゃったのか。
時計に目を向けると、時刻は九時。
早起きとは言えないけど、寝すぎともいえない絶妙な時間だった。
「おはよう湊くん。調子はどう?」
「おはよう日向。うん、おかげさまで凄く調子がいいよ」
僕が起きてすぐに日向が部屋のドアを開けてくる。
日向の姿は大きなサイズの白いTシャツに黒色のショートパンツ。
スベスベそうな太ももが惜しみなく晒されていて、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分になる。
「ならよかった。朝ごはん作ったんだけど、食べる?」
「食べる。ありがとう」
起き上がって、リビングに向かうとテーブルの上には美味しそうな朝食が並んでいた。きつね色の焼き目がついたトーストとサラダ。それにヨーグルト。
凄く健康に良さそうなメニューだった。
「湊くん今日って何か予定ある?」
「特に何もないよ。なんで?」
「少しは外に出たほうがいいなって思ってさ。一緒に出掛けない?」
「全然良いよ。僕も特にやるようなことないし」
日向の言う通り、外に出れば気分転換が出来るかもしれない。
いつまでも部屋の中に籠っていたら、気分が一層滅入ってしまう。
「そか、じゃあ今日は一緒に買い物行こ」
「わかった。ついて行くよ」
もしかしたら日向に気を使わせてるのかもしれない。
だけど、もう少し彼女の優しさに甘えていたいと思う。




