第16話 修羅場のちに婚約者
「さて、湊。まずはなんで私の可愛いひなちゃんと一緒に寝ていたのか。ここで八時間くらい説明してもらおうか?」
「……八時間も説明したら、僕は学校に遅刻しちゃうし小雪さんも仕事に遅れてしまうのではないですか?」
「ほう? ここまで来てうちのひなちゃんよりも学校が大切だと? もう、君を殺すしかないみたいだ。ちょっと待ってくれ。確か、キッチンに包丁が」
「待ってください!? それは洒落にならないですって」
本気でキッチンに包丁を取りに行こうとする小雪さんを全力で止めて椅子に座らせる。
この人はシスコンだから本当に僕のことを殺しかねない。
「まあ、冗談はさておいて。手は出してないだろうな?」
「出してないですよ。ただ、小雪さんに言うか悩むんですけど……」
「なんだ!? 言えないようなことをしたのか?」
「そう言うわけじゃないですよ。ただ、一つ言っておきたいことがあって」
僕がそういうと、小雪さんは少しだけ訝しむかのような視線を僕に向けてくる。
これは学校での小雪さんの顔だ。
言ってしまえば、望月先生の顔。
「なんだ?」
「日向は少し、不安定なように見えます。なんでなのか。小雪さんは知っていますか?」
昨日、添い寝をした時に感じた違和感。
彼女はとても不安定だ。
見ていて危うさを感じる。
その原因を小雪さんは果たして知っているのだろうか?
そもそも、どうしてあそこまで日向は不安定になってしまったのか。
「……湊はひなちゃんから何も聞いていないのか?」
「聞いてないですね。何かあるんですか?」
「ああ。これを私の口からいうのはどうなのかと思うんだけどね。君に変な不安を与えるのも違うと思うから話すことにしよう」
それから小雪さんは僕の方を真剣に見つめてきて、静かに息を呑む。
空気が変わった。
そう錯覚するくらいに小雪さんは真剣な眼差しを僕に向けてくる。
「日向は不安だったんだよ。夏休みの登校日のあの日。君がこの家に来て、眠ってから日向は泣いてたんだ。もう少しで湊が死んでしまっていたかもしれない。あと少し、屋上に行くのが遅かったらってね」
「……そうなんですか?」
確かに、日向が来るのが後五分でも遅かったら僕はあのまま飛んでいたかもしれない。そして、僕と言う存在は永遠に消失していたかもしれない。
僕自身、あの時はそれを望んでいた。
「そうだよ。日向はずっと不安だった。湊がいつ死んでしまうかわからない。そんな不安をあの子は抱いて今まで生活してきたんだ」
「……」
それを聞いた僕は言葉が出なかった。
夏休みが明けてから、一週間自宅待機となったとき。
何故、あの子が一緒に居てくれたのか。
きっとそれは、一人にしてしまったら死んでしまうかもしれない。
そう危惧をしていたのかもしれない。
「君が気に病むことはない。だけど、私から言えることがあるとするならば、日向を安心させてやってくれ。どんな形でもいい」
「わかりました。不安定になってしまった原因が僕にあるのだとすれば、その責任は僕が取ります」
「良く言った。それでこそ僕の弟だ」
「任せてください」
僕はそれだけいって小雪さんの部屋を後にした。
まだ、朝早いから日向は僕の部屋で寝ていると思う。
だから、僕は日向が眠っている自室に向かう。
彼女の不安を払しょくするために。
◇
「すぅすぅ」
「気持ちよさそうな寝息をたててるな」
そこには、僕のベッドで眠っている日向の頭を撫でる。
こんな風に誰かを愛おしいと思ったことは今までないのかもしれない。
ほのかと付き合っていた時ですら、こんな感情になった事はないかも。
「湊くん……死なないで」
それはきっと寝言だ。
意識なんてない。だからこそ、心の底から出た言葉なのかもしれない。
「大丈夫。僕は死なないよ。君があの時助けてくれたから。あの時、僕の心を救ってくれたから」
彼女の目じりから流れる涙を指で拭う。
寝ている時にこんなことを言っても意味がない。
そんな事は僕だって理解している。
「んむぅ?」
「おはよう日向」
「うんにゅ? おはよう湊くん」
「おはよう日向。良い夢は見られたかな?」
「う~ん、夢は……見ていたような気もするし。見ていないような気もする……かな」
日向は目をこすりながら、眠たそうにそれだけ告げた。
僕は彼女の頭を撫でてから、安心させるように抱きしめる。
「ひゃ!? み、湊くん。どうしたの? 欲求不満!?」
「そんなんじゃないよ。ただ、安心させたくて」
「安心?」
「日向は僕が死んでしまうかもしれないって不安に思ってたんでしょ?」
「そ、それは……お姉ちゃんに聞いたの?」
「まあね」
それだけ言って、僕は日向を出来るだけ優しく抱きしめ続ける。
安心させるように、それでいて僕の存在をしっかりと彼女に伝えるように。
「僕は死んだりしない。少なくとも、自分から死のうとなんて思っていない。だから、安心してほしい」
「そんなの……わかんないじゃん。いつ、また世界に絶望して湊くんが死にたいって思うかわからないじゃん。不安なの。怖いの。湊くんがいなくなるのが」
「いなくならない。どうしたら、日向は安心してくれる?」
「わかんないよ。でも、怖くて」
「そっか。じゃあさ、一つ約束しないか?」
「約束?」
日向はポカンとしながら、おうむ返しをしてくる。
どう答えればいいのか。
何を言えば、どんな言葉を伝えれば僕は彼女に安心を与えることが出来るんだろう。
考えて考えて、僕は今の自分の気持ちを素直に吐露することにした。
「そうだよ。日向、僕たちが結婚できる年齢になったら結婚しないか?」
「け、結婚!?」
「ああ。未来の約束じゃ不安って言うのなら、今すぐに婚約しても構わない。それなら、安心できるかな」
「え、あ? でも、それって」
「別に、日向を安心させるためだけにこんなことを言ってるわけじゃないよ。僕がそうしたいからこういう提案をしてるんだけど。ダメかな?」
日向に命を救われて、寄り添ってもらって。
僕は日向のことを好きになってた。
彼女に浮気されてから、違う女の子に心変わりするなんて自分でもあまり良くないとはおもってる。
だけど、心の底から日向のことを好きになってしまったんだ。
「だ、ダメじゃない……けど」
「じゃあ、約束。僕が絶対に日向を幸せにする。そのために死ぬわけにはいかない。これで安心できるかな」
「うん。凄く嬉しい。それにそう言われると凄く安心する」
昔は幼馴染で、今は命の恩人。
それで、これからは婚約者。
凄く関係性が変わったような気がするけど。
「あとで、正式な書面で書いておく?」
「そんなことしなくていい。私の知ってる湊くんは嘘なんかつかないから」
「信頼して貰えてるようで嬉しいよ」
僕たちはこうしてこの日、婚約者になった。
学校での問題も何も片付いていないし、恋人をすっ飛ばして婚約者って言うのもおかしな話ではあるけど。
それはそれで僕たちらしくて良いのかもしれない。
そう、静かに思うのだった。




