表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/121

★4祝言③

R15指定版に改稿していますが、身体接触が濃いのでご注意ください。

 離れの部屋に戻り、戸を閉めるとしんと静まる。

 見慣れ始めた畳や障子が別物に感じた。


「もう一度見せて」 


 動こうとすると、彼は「そのままでいい」とゆっくり一周して、さらに反対に一周し、

 

「葵の花嫁姿、見られて良かった」

 

 大切なものをしまい込むように腕に包んでくれた。


「私も、総司さんの紋付羽織見られて幸せです」

 

「もう着ることもないしね」


 一生に一度だけ。

 葵もその覚悟で臨んでいる。

 この先、どういう運命が待っていようとも――


 葵は沖田の前に正座した。

 白い両袖が畳へ広がる。


 すうっ、と息を吸った。


「総司さん、選んでくださってありがとうございます。

ふつつか者ですが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます」


 沖田は目を瞬いた。

 

「選んでもらったのは俺のほうだよ」


「それはないと思うのですが……」


 顔を伏せると、沖田は葵の前に膝を着いた。


「本当に、何にもわかってないね」


 耳元で囁かれる声が熱っぽい。

 音もなく純白の打掛が畳へ落ち、肩から重みが取れた。 


「きついね。苦しくなかった?」


 黙って頷いた。

 心臓が痛いくらいに鳴っている。

 婚礼の時とはまた違った種類の緊張が、葵の身体を縛り付けていた。

 

 そうしている間にも、花嫁衣装は一枚また一枚と落ちてゆく。


 開放感と、そして鎧を剥がされていくような心許なさに襲われ、きゅっと彼の袖を引いた。


「総司さんも脱いでください」


 一人だけこんな下着みたいな格好なのは恥ずかしい。


 沖田が紋付羽織に手を掛けると、何回か布が落ちた音がした。


「恥ずかしかったら、目を閉じたままでもいいよ」


 畳を踏む音にびくっと身を縮めた。ふっと身体に浮遊感があって、反射的に手を彼の首へ回した。

 左側に、いつもより熱い肌を感じた。


 布団に下ろされ、抱きしめられる。

 上半身を引かれ、力強い腕の中でそうっとまぶたを開くと、捉えたのは縁側の障子だけ。密着しているから目に互いの身体は映らなかった。


 彼は葵の、恥ずかしいという気持ちを大切にしてくれている。そう思えば少し息がつけた。


 襟を押さえていた手を優しく下ろされると、 

 どくどくと打っていた心臓が、どっくんどっくんと一拍ずつが大きく変わった。

 

 長襦袢と、さらにその下の肌襦袢の二枚から左腕が抜けて体温が合わさった。


(あったかい……)


 涙が出た。

 

 変わらず心臓はやかましい。羞恥も完全には消えない。

 

 それでも、ぬくもりが愛おしいことだと初めて知った。


「やっと、こう出来た」


「……はい」


 わずかに肌が離れる。


「一生を懸けて護る」


 真剣な沖田の面差しに、葵は広い胸を涙で濡らした。

 

 自分には何もないから、限りある時間と心身を差し出さないと駄目だと思っていた。

 でももう彼と過ごした日々の中で、それは違うということはわかっていた。


「全て、もらってくれますか?」


 沖田は目を大きく開いた。

 葵の望みが、本気で受け止めるべきものとわかると、唇で涙をすくってくれた。


 彼は無理に曝すようなことはせず、葵の額から順に唇を落としていく。


 目尻から耳へ、裏側から鎖骨へと伝う。


「何かあれば言って」


 難しければ気づくようにする、と付け加えられると、ずっと肩ひじ張ってきた心が解きほぐれていく。


 彼の身体が覆いかぶさり、顔が耳横すぐにうずまった。

 

「傷つけそうで……」


 低く掠れた声に、胸が痛く締め付けられた。


「傷つかないです……」

 告げると、心音がとくんと耳へ届く。

 

 ありがとう、と聞こえた気がした。

 

 葵の肩が、夜露を払うようにふるりと揺れる。

 右手と、彼の左手首にある朱い組紐を結ぶように指を絡める。 

 

 唇が合わさり、ゆっくり心音が重なっていく。

 

「葵」


 繋いだ手が強くなる。  

 酸素を吸っても、小刻みに胸が震えるだけだ。


 その一つ一つに呼応するように、沖田は額に汗を滲ませる。

 つ……と顎を伝った滴が、ぽたりと染みた。

 

 反った喉で口づけを求めると、


「もう、十分だ」

 彼の双眸(そうぼう)が苦しげに揺れた。


「無理してないです」

 

 むしろこのままは彼のほうが辛そうで、

 何かできることがないかと聞いた。


「名前を呼んでほしい」


 こくんと頷いて、背中にそっと手を回す。


「総司さん」


 溢れる声から、やっと名前を口にした。 


「葵」 

 

 名前を呼ばれてまた呼び返す刹那が、永遠に感じられる。

 

 人生がこのときのためにあったのだと肯定してしまえるほどで、

 心が幸福感に包まれる。


 愛の(ことわり)を揺れる頭の端で感じていた。







 

 二人は怖ければすぐに届く、額が触れ合う距離にいた。

 

「葵」

 辛くないかと擦る手が、想いを伝えてくる。


 いつもの切なげな、胸をかき乱される顔ではなく、欠けたところのない(まる)い笑みを浮かべていた。

 

「眠れそう?」


「……今夜は、総司さんより長く起きていたいんです」


「同じことを考えてた。葵の寝顔を見ていたいって」

 

 それきり言葉もなく、瞬きする瞬間まで確かめる。

 

 だんだんまたぶたが重くなる。


 最後に見た彼のまぶたは閉じていて、

 ああ、寝たのかなと。

 

 こんなに何も怖くない夜がまたありますように、と願って、

 葵はまぶたに抗うことをやめにした。


 体温が身体の隅々まで行き渡り、夢のない深い眠りに(いざな)われた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ