★4祝言③
R15指定版に改稿していますが、身体接触が濃いのでご注意ください。
離れの部屋に戻り、戸を閉めるとしんと静まる。
見慣れ始めた畳や障子が別物に感じた。
「もう一度見せて」
動こうとすると、彼は「そのままでいい」とゆっくり一周して、さらに反対に一周し、
「葵の花嫁姿、見られて良かった」
大切なものをしまい込むように腕に包んでくれた。
「私も、総司さんの紋付羽織見られて幸せです」
「もう着ることもないしね」
一生に一度だけ。
葵もその覚悟で臨んでいる。
この先、どういう運命が待っていようとも――
葵は沖田の前に正座した。
白い両袖が畳へ広がる。
すうっ、と息を吸った。
「総司さん、選んでくださってありがとうございます。
ふつつか者ですが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます」
沖田は目を瞬いた。
「選んでもらったのは俺のほうだよ」
「それはないと思うのですが……」
顔を伏せると、沖田は葵の前に膝を着いた。
「本当に、何にもわかってないね」
耳元で囁かれる声が熱っぽい。
音もなく純白の打掛が畳へ落ち、肩から重みが取れた。
「きついね。苦しくなかった?」
黙って頷いた。
心臓が痛いくらいに鳴っている。
婚礼の時とはまた違った種類の緊張が、葵の身体を縛り付けていた。
そうしている間にも、花嫁衣装は一枚また一枚と落ちてゆく。
開放感と、そして鎧を剥がされていくような心許なさに襲われ、きゅっと彼の袖を引いた。
「総司さんも脱いでください」
一人だけこんな下着みたいな格好なのは恥ずかしい。
沖田が紋付羽織に手を掛けると、何回か布が落ちた音がした。
「恥ずかしかったら、目を閉じたままでもいいよ」
畳を踏む音にびくっと身を縮めた。ふっと身体に浮遊感があって、反射的に手を彼の首へ回した。
左側に、いつもより熱い肌を感じた。
布団に下ろされ、抱きしめられる。
上半身を引かれ、力強い腕の中でそうっとまぶたを開くと、捉えたのは縁側の障子だけ。密着しているから目に互いの身体は映らなかった。
彼は葵の、恥ずかしいという気持ちを大切にしてくれている。そう思えば少し息がつけた。
襟を押さえていた手を優しく下ろされると、
どくどくと打っていた心臓が、どっくんどっくんと一拍ずつが大きく変わった。
長襦袢と、さらにその下の肌襦袢の二枚から左腕が抜けて体温が合わさった。
(あったかい……)
涙が出た。
変わらず心臓はやかましい。羞恥も完全には消えない。
それでも、ぬくもりが愛おしいことだと初めて知った。
「やっと、こう出来た」
「……はい」
わずかに肌が離れる。
「一生を懸けて護る」
真剣な沖田の面差しに、葵は広い胸を涙で濡らした。
自分には何もないから、限りある時間と心身を差し出さないと駄目だと思っていた。
でももう彼と過ごした日々の中で、それは違うということはわかっていた。
「全て、もらってくれますか?」
沖田は目を大きく開いた。
葵の望みが、本気で受け止めるべきものとわかると、唇で涙をすくってくれた。
彼は無理に曝すようなことはせず、葵の額から順に唇を落としていく。
目尻から耳へ、裏側から鎖骨へと伝う。
「何かあれば言って」
難しければ気づくようにする、と付け加えられると、ずっと肩ひじ張ってきた心が解きほぐれていく。
彼の身体が覆いかぶさり、顔が耳横すぐにうずまった。
「傷つけそうで……」
低く掠れた声に、胸が痛く締め付けられた。
「傷つかないです……」
告げると、心音がとくんと耳へ届く。
ありがとう、と聞こえた気がした。
葵の肩が、夜露を払うようにふるりと揺れる。
右手と、彼の左手首にある朱い組紐を結ぶように指を絡める。
唇が合わさり、ゆっくり心音が重なっていく。
「葵」
繋いだ手が強くなる。
酸素を吸っても、小刻みに胸が震えるだけだ。
その一つ一つに呼応するように、沖田は額に汗を滲ませる。
つ……と顎を伝った滴が、ぽたりと染みた。
反った喉で口づけを求めると、
「もう、十分だ」
彼の双眸が苦しげに揺れた。
「無理してないです」
むしろこのままは彼のほうが辛そうで、
何かできることがないかと聞いた。
「名前を呼んでほしい」
こくんと頷いて、背中にそっと手を回す。
「総司さん」
溢れる声から、やっと名前を口にした。
「葵」
名前を呼ばれてまた呼び返す刹那が、永遠に感じられる。
人生がこのときのためにあったのだと肯定してしまえるほどで、
心が幸福感に包まれる。
愛の理を揺れる頭の端で感じていた。
◇
二人は怖ければすぐに届く、額が触れ合う距離にいた。
「葵」
辛くないかと擦る手が、想いを伝えてくる。
いつもの切なげな、胸をかき乱される顔ではなく、欠けたところのない円い笑みを浮かべていた。
「眠れそう?」
「……今夜は、総司さんより長く起きていたいんです」
「同じことを考えてた。葵の寝顔を見ていたいって」
それきり言葉もなく、瞬きする瞬間まで確かめる。
だんだんまたぶたが重くなる。
最後に見た彼のまぶたは閉じていて、
ああ、寝たのかなと。
こんなに何も怖くない夜がまたありますように、と願って、
葵はまぶたに抗うことをやめにした。
体温が身体の隅々まで行き渡り、夢のない深い眠りに誘われた。




