3祝言②
「こちらに」
一番前の赤い毛氈に、沖田と腰を下ろす。
いつもの賑やかな空気はなく、ぴんと張り詰めた雰囲気だ。なかなか顔が上げられない。
少しずつ視線を移動させる。
前の小さな木の台には、三々九度の準備がされている。
さらに顔を上げると、近藤と土方が数歩の距離に座している。
その後ろの列に、斎藤、藤堂、永倉、原田が並んでいた。
皆、隊服ではなく、紋入りの正装に身を包んで神妙な顔をしている。
葵はあるものに気づき、目を瞬いた。
「……きれい」
その一言に場の緊張が一気に緩む。
藤堂が手を上げる。
「僕が花を生けたんだよ」
床の間には、松竹や祝い花が武骨な花瓶に色とりどりに挿してあった。
「ありがとうございます。この提灯も、紅白の飾りも……?」
奥座敷はだだっ広くはあるが、普通の和室だったはずだ。
なのに、今は見ただけで祝言の場なのだとわかるように飾り付けられている。
提灯は数が足りなかったのか、誠の文字が入ったものも足されている。
紅白の布が腰壁に直に釘で打たれている。
途中継いだのだろう。後ろの方は紅白の幅が変わっていた。
「全員でやったんだ! 高いところの飾り付けは斎藤がやったんだけど、台から落ちてさー」
「言うな」
(嬉しすぎる……)
「皆さんお忙しいのに、こんなに……」
じーんと来てしまい、急いで俯く。
「おーい! まだ泣くにははえーぞ」
原田が野次を飛ばす。
「……泣いてません」
「ふん、一番組長の嫁はそんなんじゃ務まらねえぞ」
「おい、土方いいじゃねえか。感動してるんだよな?」
永倉が助け舟を出してくれたので、葵は袖で顔を隠し、こくこく頷いた。
近藤が場を取り仕切る。
「二人とも、よくここまで想いを貫いた。
新選組の総司と葵さんの祝言を、私たちがこうして見届けられる。
まことにめでたい。……今日という日を、皆で心から祝おうではないか」
近藤が軽く咳払いをして儀式を進める。
「それでは、三々九度を執り行おう」
土方が無言で頷き神酒を注ぐ。
三つの大小異なる盃が順に並べられた。
沖田が盃を受け取り静かに口に運ぶ。
次に葵へと渡される。
葵は震える指で盃を持ち、唇を湿らせた。
飲み込むと、じわっと喉が温かくなった。
三献目が終わると、近藤が再び声を上げた。
「無事に三々九度を済ませた。
沖田総司、葵。これより二人は夫婦となる。
……どうか、末永く」
「はい……」
葵の声は小さかったが、はっきりしていた。
式の雰囲気が反転し、一挙に和やかになった。
「よし! めでてえ! 酒だ酒!」
土方が「騒ぐな」と言いながらも、酒を注ぎ足している。
「……葵、顔が赤いけど」
沖田に指摘され、触れれば頬が熱を帯びている。
「神酒を水に変えておけば良かったな。気分は?」
(少しふわふわするけど……)
答える前に原田がにじり寄る。
「うおい! 沖田お前過保護すぎだろ! ほら飲め飲めぃ!」
そこへ目頭を押さえた藤堂が、徳利を持ってやってきた。
「ううっ、葵ちゃん本当に綺麗だよ……白無垢、僕の花と合うよね、ねっ?」
泣きながらどぼどぼ酒を注いでくる。
「藤堂さん、飲み過ぎです……」
「こんな日だよ!? 飲まないでどうする!」
「藤堂、葵に飲ませるのやめて。って左之さんもやめてください」
「んじゃお前が代わりに飲めよっ!」
「いいですけど、夜があるんで……」
(夜?)
「後で離れで、ゆっくりね」
その甘い眼差しにもう、お辞儀をするように顔をうつむかせた。
斎藤はとっくに寝ていた。
なぜか冷たい板の間にて、
「ったく、嬉しいからって飲めもしねえのに……」
永倉がずるずる畳の上へ引っ張ってあげている。
「よしっ、俺の切腹跡を披露してやらあっ!」
「左之さん、葵ちゃんの前で脱ぐのやめてくださいっ!」
藤堂が必死に羽交い締めにしている。
酔った原田は、寝入った斎藤相手に自慢の傷を開帳していた。
(賑やかだなぁ……)
「総司、葵さん」
「近藤先生」「近藤さん」
近藤はにこやかに沖田の肩を叩いた。
「二人はまだ若い。困ったことがあれば言いなさい」
「有難うございます」
肉親同然の近藤の祝福は、沖田にとって何より嬉しいようだ。
頬には笑窪が浮かんでいる。
「局長」
葵も畳に指をついた。
「この度は、形式面を全てお任せしてしまい。お手数をおかけいたしました」
葵は未来から来た女。ではなく、身寄りのない女として、形式上、近藤が義父となった。そのあと沖田家に嫁いだのだった。
「総司の姉の時も似たようなことをしたからね。お安い御用だよ」
土方が近藤の肩を抱いた。
「礼を言うより、お前らが今後幸せでいることがなによりの恩返しだ」
行動で示せという土方の言葉に、それでも言い足りなくて礼をした。
近藤も土方も、息子を見る眼差しを沖田に向けている。
(結婚式しなくてもいいと思ってたけど、そういうことじゃないんだ)
白無垢を着て普段と違う姿を見せるというのは、恥ずかしさもあったが
これから夫婦としてやって行くんだなと一つけじめがついた。
なにより、こうして盛大に祝ってくれる人達に対するけじめでもあるのだと。
(お父さん、お母さん。葵は、沖田葵になりました)
「幸せになります」
囁くように言った。
そして騒がしさと、それに交じる祝福の声に耳を傾け、
「総司さん、皆から愛されてますね」
「そうかも。改めて気づくもんだな」
沖田の膝には、酔いつぶれていびきをかく藤堂が頭を乗せていた。
「もちろん葵のことも、皆大事に思ってるからね?」
つんつん突かれた藤堂が、ふごっと大きな寝息を立てた。
「うん〜皆葵ちゃん大好きぃ……」
うむ、と皆示し合わせたように頷いてくれる。
「ありがとうございます」
もう一度、今日という日を迎えられた全てに感謝して、葵は深く頭を下げた。




