2祝言①
◆
祝言当日。
沖田は紋付羽織と袴の正装に身を包み、先に屯所の奥座敷の新郎席に腰を下ろしていた。
周りにはいつも二人を見守ってくれていた同志。
今日はいつもに比べれば、皆口数が少ない。
藤堂がそわそわしている。
「葵ちゃんどっち選んだのかな? 沖田も知らないんでしょ?」
「うん」
「おい、位置逆だぞ」
土方に指摘され、三々九度の盃の場所を慌てて直す。
心なし白い顔を、何度も入り口に向けた。
「お前でも緊張するんだな」
「……それもあるんですが」
――どちらを選んだかは秘密です
そう言った葵の顔が離れない。
あの時の声は、ただ式を楽しみにしている花嫁のものではなかった。
今ごろ、離れで一人きりなのだろうか。
そう考えたら、膝の上に揃えていた手を知らず強く握っていた。
◆
葵は離れの部屋で、支度を終えていた。
「沖田 葵……」
ぽつりと一人呟く。
何度口にしても途中で舌が絡まる。
18年間ずっと「神木」で生きてきた。自分が考えていた以上に苗字に愛着があったらしい。
「沖田さん」といえば浮かぶのは沖田総司の顔だ。
沖田葵になって、町で初対面の人に「沖田さん」と呼ばれても反応できずに素通りしてしまうかもしれない。
葵の身を包むのは、名の重みを形にしたような、ずしりと沈む着物に、綿帽子。
選んだのは一点の穢れもない、眩しいくらいの純白の白無垢だった。
白無垢を選んだのは、「結婚式といえば白」という憧れがあったから。
なのに――もともと幕末に存在しない"神木"葵は今日、真に消え逝く。
だから、"死装束"なんて言葉がよぎるのだろうか。
自分はまっさらだ。
白に包まれているうち、薄れて消えてしまいそうだった。
葵は左胸の懐剣に触れ、裾を引いた。
お披露目の時も通った廊下は、陽が射してまだ明るい。
あのときは沖田が隣りにいて、緊張はしたがどきどきで一杯だった。
廊下の突き当たりまで来た時、
不意に黒色に視界が塞がれた。
(あ……)
広く大きい感触にぶつかって
確かめる必要もない人をすくい見た。
「……総司さん」
沖田は、手の平で葵の頬を包む。
「綺麗だ。だけど、少し辛そう」
切ない顔にこちらまで泣きそうになる。
せっかく晴れの日なのに。
無理に笑おうとした唇の端へ、沖田の指が触れた。
「不安になってもいいよ」
強張っていた口元が、ゆっくりほどける。
「……総司さん、どうして白無垢が良いって言ってくれたんですか?」
「え? 綿帽子が可愛いから」
葵はぱちりと瞳を開く。
「それだけですか? もっとこう、婚家の色に染めるとか」
「家督は義兄さんが継いでるんだし、そんなに難しく考えなくても」
「……婚前の自分を捨てる覚悟とか」
「そんな気持ち一切ないよ」
彼は苦笑した。
「葵は何色にもなれるけど、最後は染まらないから。黒より白無垢が似合うと思って」
(そんな、嬉しい理由で選んでくれていたなんて)
喉の奥が熱くなる。
結婚したら神木葵はいなくなってしまうと思ったけれど、沖田は消えるとも、染まれとも言わない。
ただ「そのままの葵でいいよ」と言ってくれる。
「色々考えすぎてました……」
「うん、出陣前みたいな顔してたよ」
改めて見上げた沖田は、黒羽織に仙台袴。
端正な顔立ちと相まって、まるで絵から抜け出してきたようだ。
だけど、少し落ち着きなく袴を直している。
葵は目を潤ませた。
「総司さん、素敵です……」
「それは、こっちの台詞。見飽きない」
沖田は少し照れたように顔を背けるが、逃げたつもりの横顔が仄かに朱いから、葵は笑っていた。
「総司さんと同じ"沖田"になるのが、楽しみです」
「本当? 遠い先から来て、名前も変わるんじゃ……
男にはわからない気持ちもあるかと、心配してたんだ」
葵は何度も首を振る。
もう、不安は塵のように飛んでいった。
「……名前が変わると、慣れるまで少しかかるかもしれませんが」
彼の唇がゆっくり弧を描く。
「また練習してくれるの?」
「はい、頑張ります」
二人は互いの組紐に触れた。
手を引かれ、後ろではなく横を歩いた。
襖の前に辿り着く。
胸を押さえて深呼吸すると、隣で彼が同時に息を吐いた。
「笑って」
そう言う彼の笑顔が硬い。
葵はさっきのように、指で彼の頬をほぐした。
「ありがと」
「いえいえ」
ふっ、とほほ笑みを交わし、門出の扉を静かに開いた。




