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1白無垢?黒引?

「白無垢」


「いや、黒引き振袖だろ」


 沖田が白無垢。土方が黒引き振袖。

 なんでか知らないが、江戸から帰るなり小一時間言い争っている。


「僕も白無垢派ー!」


 からりと襖が開き揚々と藤堂が入ってくる。

 

「ほら、葵には絶対白無垢が合いますって」


 沖田がふふんと得意満面になる。

 土方と言い争う彼は二、三は若く見える。


 斎藤の声がした。


「武家の女なら黒引きだ」

 

 明け放された襖から入ったのだろうか。斎藤はいつの間にか土方の隣へ正座をして、試合前のように背筋を伸ばしていた。


 味方を得て、今度は土方の声が大きくなった。

 

「それ見ろ、これで二対二だな」


「あのー……」

 葵が遠慮がちに声をかけるが、その声が拾われることはない。まるで空気だ。

 婚礼準備は当の本人を無視して進んでいく。


 おいおい、と声がした。


「永倉さん!」


 彼は自分を持って意見をはっきり言うので、豪胆で荒っぽく映るが、バランス感がありいつも場を中和してくれる。

 この謎の言い争いを止めてくれるかも、と内心期待した。 


「俺は白無垢と島田髷(しまだまげ)がいいと思うぜ。色に染まるって意味があんだろ?」

  

(永倉さんまで……)


 あっさり期待が裏切られる。


「肌の色が白いから濃い色のが映えるだろお! 黒引き!」


 原田の大きな声に障子がびりびり揺れる。


 とうとう近藤も現れた。


「お前達、葵さんの意見をちゃんと聞いたのかい?」


 しん、と七人全員が一斉に葵に注目した。


 話を聞いてほしいとは思っていたが、新選組の男たちの目に気圧され、


 葵はしどろもどろに両手を上げて押し返すようなポーズになる。


「買っていただいた外行着がありますから、あれを着ようと……」


 沖田が信じられないと言った表情で絶句する。


「駄目、絶対」


「絶対って、そんな」


「あれはお披露目に買ったんだから、婚礼衣装は別でしょ」


「総司さん」


 葵はすっと隣に寄った。


「私、あの着物大好きなんですけど……」


「却下」


 宥めてもムキになる沖田は、先程からあれがいい、何処は駄目だとああだこうだ言っており、

 葵よりよほど結婚に夢を持っているようだ。

 「葵ちゃん、なんでそんな遠慮するの?」


「そうだそうだ、沖田はどうせ女も酒もやらねえんだからこんな時くらい散財させろいっ!」


 藤堂と原田が口々に言った。

 葵も沖田がこんなふうに、結婚を純粋に喜んでくれているのが嬉しくもある。


 でも――と思うのである。


「わざわざお金をかけることもないかと」


 藤堂がやれやれと身をすくめる。


「出たー。手当用品買うときも切り詰めるよね?」


「父子家庭で育ったので、無駄遣いする余裕はありませんでしたから」


 父はどんぶり勘定だったので、物心ついたときには葵が家計簿をつけていたのだ。

 だから、普通の高校生よりは節約志向が強いかもしれない。

 

 ちなみに葵とて18歳。


(結婚式に夢がないわけじゃないけれど)


「今は忙しい時期なので、簡単に済ませたほうがいいかと」


(しん)に忙しければ、こんなに全員集合しまい」


 ぼそっと斎藤が斬り込むと、それもそうだと皆頷く。 


「さっきから無駄とか簡単にとか……」


 沖田は今まで見たことないくらい悲しそうな顔をした。


「あ、ごめんなさいっ。そんなつもりでは」


 この結婚を叶えるために奔走してくれた沖田に、失礼だったかもしれないと慌てた。


「……俺の紋付羽織、興味ない?」


「総司さんの」

――紋付羽織


「見たい、です……」


 それはもう、自分の花嫁衣装なんかより価値があるだろうと、見もしない内から葵の頬はほのかに朱に染まる。


「俺も同じか、いや、それ以上に葵の晴れ姿が見たいんだよ」


 甘く真っ直ぐに見つめられると、


――もうこのままキスされたい 

 催眠術にかけられたように思考が占拠される。葵はそっと目を閉じた。


「はいはい、皆いまーす!」

 唇が本当に触れるのではという寸前で、藤堂が沖田を押して、葵から遠ざける。


「よっ、ご両人っ!」


「お前ら、どこでも二人きりになれるのなんなんだよ」


「特技ですかね」


 沖田は全く悪びれずに言ってのけ、本題に戻した。


「葵は、何が着たい?」


 改めて聞かれると、どちらが着たいだろうか。

 実のところ、沖田が白無垢と言っている時点で九割九分そちらにかたむいている。


 どうせ着るなら喜んで欲しい。


「未来ではどんな衣装を着るの?」


「えと、ドレスっていう異国の着物があって。真っ白でひらひらしてて……」


 こんなやつです、とビスチェタイプのプリンセスラインのドレスを半紙に墨で書いてみた。

 

 沖田は思い切り顔をしかめた。


「こんなに肩出すの?」


「えっ、すご……葵ちゃんこれ着るの?」

 覗き込んだ藤堂は、葵の肩口のあたりに視線を止める。

 沖田がさっと葵の前に入った。


「いや、着ないから。勝手に想像すんのやめて。頭の中でもやめて」

 強い口調で早口で言う。


「相変わらずの独占欲だね沖田。葵ちゃん、そのうち離れに閉じ込められるかもよ」 


「あはは」

 沖田の乾いた笑いが響く。

 ちょっと本気っぽいところがなんとも言えない。


「そこは否定しろ」


 土方の突っ込みも意に介さず、沖田は葵に耳打ちする。


「どうしてもこれがいいなら、二人だけの時なら着てもいいけど……」


「いえいえ! 和装がいいです!」


 父とヴァージンロードを歩く絵を思い描いたこともあったが、ここでウエディングドレスなんて着たら裸同然だと卒倒されるだろう。


「あ」


 沖田がぽんと手を打つ。


「白無垢も黒引も両方着ればいいんだ。なんで思いつかなかったんだろう」


 名案だとばかりににこにこしている。


「いや、一着で十分です」


「なら選んでよ。俺だけじゃない、皆楽しみにしてくれてるんだから」

 

 はっとした。

 皆暇だから、面白いからここにいるわけではないのだ(多分)。


 全員の顔を改めて見て、葵はよし、と息を吐いた。


「私が着たいのは――」


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