2新徴組
《ここまであらすじ》
神木 葵は、朱い組紐に導かれ、幕末へタイムスリップする。
沖田総司に惹かれ始めるも
――残酷な事実が二人を引き裂く
朱い組紐が切れれば、葵は現世に帰され、
さらに幕末の人達から、葵の記憶は消されてしまうという。
それでも紆余曲折を経て隊公認の仲になり、沖田総司にプロポーズされた葵。
このたび江戸に行くとに。
目的は
◆新徴組メンバーとのプライドをかけたぶつかり合い
◆沖田総司の家族に結婚を認めてもらうこと
果たして二つは上手くいくのか
新徴組の屯所は飯田橋の黐ノ木坂下に構えた旧武家屋敷をそのまま用いていた。
庄内藩の預かりとして威厳を保つに相応しい佇まいだ。
(うわ、稽古場もすごい)
広々とした板間は百畳近くもある。
床板は磨き上げられ、大きな格子窓からは陽光が差し、埃一つない空間を明るく照らす。
「隊士も多いですね」
「図体ばかりでかくてもな」
土方は新選組の三倍はいそうな新徴組メンバーを見廻して吐き捨てた。
柱についた無数の刀痕に気づき、じっくり深さや軌道を測っている。
「ふん、江戸のおまわりは伊達じゃなさそうだ」
うずうずしているのか肩を回している。林太郎が止めに入る。
「すまないな土方さん……蛇川が葵さんに負けたことで、うちの連中は殺気立ってるようだ。今日のところは見学だけにしていただきたい」
「林太郎さんがそういうなら仕方ねえ」
土方は、案内されるまま遠慮なくどっかり一番いい席に腰を下ろす。
「おい葵、責任持ってこの空気どうにかしてこい」
(自分が手合わせしろってけしかけたのに、そんな勝手な……)
だが副長命令は絶対なので、しぶしぶ立ち上がる。
(どうにかって言われても)
端のほうで、怪我人を手当てしているのに出遭った。空気を変えられるかは別として、そっと輪に入る。
「失礼します」
隊士達の顔色が変わる。だが葵が蛇川に勝ったことを威張らないとわかると、徐々に空気が柔らかくなってきた。
(江戸ではこうやって手当てしてるんだ)
西洋医学所と呼ばれる解剖・教授・種痘の3科を備えた教育・診療機関が在するだけあって、江戸のほうが医療はリードしているようだ。
(江戸は蘭方医学が進んでる。それでも結核を治すことはできないのか)
葵は持ってきた医療衛生道具を並べながら、視界の端にいる沖田をうかがった。
彼は土方の隣に腰を下ろしている。
時に歓声をあげ、稽古を眺めている。
右手が空を切っているから、無意識に型を真似ているんだとわかった。
年上のはずの彼が、十八歳の自分より若く見える。
葵は笑みを浮かべて、すぐに目を伏せた。
(どうして総司さんなのかな)
どうして自分は幕末に来て沖田を好きになって、どうしてその彼は悲しい最期を背負うさだめなのか。
そんな、何度考えたって答えが出ないことを思って、心に暗い影が忍び寄る。
「神木さん、これはなに?」
はっと我に返った。
「しゃぼんです。あとは、怪我の手当をする前にこれを吹きかけると、化膿が防げます」
小瓶を手に取る。近藤に手に入れてもらったランビキ(蒸留器)で焼酎のアルコール濃度を高めたものだ。
「ほう。神木さんは女ながらに医学の心得があるのか」
「そんなに立派なものではありませんが……」
葵は怪我した隊士の腕を取り、傷を診る。
「すみません、染みるかも」
眉を寄せて消毒液をかける。
うっ、と隊士が呻く。慌ててさらしで傷を押さえた。
「痛かったですか?」
「別に……」
「おい、お前何照れてんだよ。さっきは女なんてってバカにしてただろ」
葵が顔を上げると、しかめっ面をした隊士がきまり悪そうに口を曲げた。
「うちにも女はいるんだ。あそこ」
言われて首を回すと、170cmはありそうな大柄な隊士がいた。幕末の男達に比べて頭一つ抜けていて、隙のない男装と凛々しい立ち姿で周囲を圧倒している。
「葵さんみたいに普通の女がここに来るのは初めてだから……君の見た目だけで誤解していたよ」
「気にしていませんから、大丈夫ですよ。それより、色々教えていただけると助かります」
葵が微笑むと、彼はぴたりと動きを止めた。
「どうしましたか?」
「いや……傷の手当て助かった」
「良かった。そうしたら、包帯を巻きますね」
包帯を手にとって巻こうとしたとき、
「葵」
沖田が近くに寄り、隊士達に視線を一巡させた。
「失礼、義兄が葵と手合わせしたいと言うので」
腕を引かれるがままに付いていく。
林太郎は石井、土方となにやら話し込んでいる。
「今の幕府は――」
「いや、それはいささか飛躍している」
議論が熱を帯び、声が大きくなっていく。林太郎が困ったように間でとりなしていた。
沖田は布手提げを手に取った。
「そろそろ荷物をまとめようか」
葵は首を傾げた。
「あれ? 林太郎さんと手合わせするんじゃ……」
「嘘だよ」
目を見開く葵に構わず、沖田は布手提げに荷物をぐいぐい詰め始めた。
「葵があの人たちに優しい顔するから……つい」
葵は横に膝をついて、荷造りを手伝う。
「沖田さん、それって」
やきもちですか? とここで聞くのは、さすがにはばかられた。
「総司で」
「え?」
「沖田だと、義兄さんもいるから。夫婦になったら……沖田さんは変でしょ」
彼はふいと顔を背けた。
「だから、総司」
(か)
(かわいいんですけど……)
普段は余裕の化身みたいなくせして……不意打ちの表情に内心で悶え、はち切れそうな布手提げを引き取る。
「……総司さん、もうそれ一杯ですよ」
適当に入れられた物を出して畳み直す。
沖田の耳の端がほんのり朱に染まっているのに釣られて、なぜか葵まで赤くなった。
「葵、赤くなってる」
「っ、知ってますから。言わないでくださいよ」
いっそ、「総司さんこそ赤い」とからかってしまおうかと考えたが、
拗ねられてこの顔が見られなくなったら嫌だななんて、しっかり自分の頭の中が花畑になっていることを自覚した。
(夫婦になったら、この異様などきどきも落ち着くかな?)
その前に、彼の家族に認めてもらえるのか。
急に氷水をかけられたように身体が冷えた。
背後から声がした。
「待たせたな」
振り向くと、身支度を終えた林太郎と土方が立っていた。
――あとがき――
文中に出てくる女剣士は、実在の中沢琴です。
物語には今後出てこないのですが、チート能力もなく、女伊達らに男と剣を交えていたと思うと驚きですよね。
ちなみに新徴組メンバーは、蛇川以外の沖田林太郎、石井武膳は実在です❀
明日は沖田家に行きます♪
沖田総司の姉、沖田みつは本作ではどのような女性なのか……葵の結婚は認めてもらえるのか。
引き続きお付き合いください!




