表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末男子の愛が重すぎます――あさぎに揺れて【新選組 沖田総司✕タイムスリップ恋愛小説】 【7/31に完結します】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
【第二部】三章 元治元年・江戸

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/124

1江戸城


 かくして、江戸。

 片道二週間の道のりを越えてたどり着いた。


 沖田が周囲を見回す。


「……葵の住まいだったのはこの辺り?」


「はい。多分」


 少し先には、圧倒的な存在感を放つ江戸城が見えていた。

 

 ここは現代でいう東京都千代田区飯田橋。


(当たり前だけど、現代と全然違う)


 高校の帰り道、自転車で友達と寄ったファミレスはない。

 飯田橋の駅から颯爽と降りてくるオフィスワーカーも、彼らが通っていたはずの高層ビルもない。


 そして、葵の家ももちろんない。


「様子が大分違うのですが、この辺に住んでいました」


「未来はどんな感じなの?」


「高い建物がたくさんあって……」


「高いったってなあ、江戸城ほど高くて立派な建物なんかねえだろ?」

 

 土方が胸を張り、誇らしげにしている。

 

「江戸城よりずっと高い建物がたくさんあります。なんなら倍くらい高い物もあります」とは何となく言えない。


 曖昧に笑う。沖田が心配そうな顔をした。


「平気、じゃないよな……」


 なにもかも失くした現実を目の当たりにして、葵がショックを受けていると思ったらしい。


「いえ、覚悟して来ましたから」


 あまりに違いすぎてショックすら沸かない。


「って、沖田さん!?」

 沖田は、突然その場に正座し始めた。


「葵のご両親には会えないけど、ご挨拶させてもらおうかと」


 侍が往来で座り込むから、周りの人が何か始まるのかと注目する。

 慌てて腕を引き上げようとするも、彼は地べたに座ったまま背筋を伸ばした。


「沖田総司と申します。かねてよりお嬢様のお人柄に深く傾倒しておりました。

願わくば、一生の連れ添いとしてお迎えしたく、本日はお許しを(たまわ)りに(さん)じました」


 朗々と述べると、顎を引き頭を下げる。


「なんでえあれ」「さあ、関わり合いにならねえほうかいいぞ」


 ひそひそ冷たい声が聞こえるが、沖田は真剣な顔でもう一度頭を下げて、立ち上がった。


「返事がもらえなくてすまないね」


 どうしてこの人は、億面もなくこういう振る舞いをするのだろうか。


「もう、これから大事な用があるのに……」

 

 なくなったはずの葵の人生を全力で肯定してくれるから、泣いてしまいそうになる。


「こんな素敵な人、父が反対するはずありません」


「そうだといいけど。大切な一人娘だろうからね。実際にお父上に挨拶に行ったら、門前払いされるかもよ」


 明るく背中を叩いてくれたので、葵も調子を取り戻そうと、沖田の膝下の砂をそっと払った。


「……門前払いされるというなら、私の方こそですよ」

 

 これから葵は新徴組の屯所に行って、夜は沖田家にお邪魔する。

 土方が心配するなと言う。

 

林太郎さん(総司の義兄)は剣を見ればわかってくれるだろう」


 彼は度々こうして「剣があればわかりあえる」という強引な一面がある。


(でも皆そうなのかな? 永倉さんなんかも剣と人柄を結びつけるし、総司さんも荒れてるときは剣に出るか)


義兄(にい)さんは、江戸から京都に行ったときも最後まで残ると言っていたんだけど、近藤先生が『妻子がいるだろう』と江戸に帰してね。

だから、義兄さんと俺達の仲は良好だから安心して」


 葵は頷くと同時に緊張してきた。

 林太郎さんに会うこともだが、つまりライバル関係にある新徴組と、これから対面することに、だ。


 沖田が陽射しを手で避けながら目をすがめる。

 

「新徴組の屯所、あれだ」

 

 新徴組の屯所は、新選組に比べて何倍も大きく、武家屋敷らしい威厳があった。

 

「あれ、林太郎義兄さん?」

 

 沖田が手を挙げると、門の近くにいた中年の武士が振り返った。

 沖田林太郎——総司の義兄は、穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「よく来てくれた。……こちらが葵さんか。総司から聞いています」

  

 林太郎の後ろで、年嵩の男が眉を上げる。

 

「このような女が屯所に上がるとは……京都の新選組はよほど人手が尽きたと見える」

 

 女が来ると事前に聞いていたらしい。

 彼は葵をジロジロ見た。今日葵は、袴だけ履いて男装はしていないから、居心地が悪い。


 もう一人の若い隊士、蛇川(へびかわ)が薄ら笑いをしている。


「新選組は八月十八日の政変で一躍名を挙げましたからね。こんなことなら俺も京都に残ればよかったなぁ」


 痩せ型で、目ばかりが大きい男だ。


 五十歳前の男が咳払いをした。石井武膳(ぶぜん)だ。新徴組の後の取締頭取。


「新徴組の格を下げるな」


 彼は太い眉の下の三白眼をぎろりと蛇川達に走らせる。

 

 土方も蛇川を一瞥し、前に出た。


「石井殿、初めてお目にかかる。新選組副長の土方歳三だ。

神木葵が女ということがお気に召さない者がいるようだが……どうです、屯所に上がる前に一手、交えてみないか」


 石井はたくわえた白い顎髭をなぞる。

 

「おい蛇川(へびかわ)。手合わせしろ」


「はっ!」


(い、今ここで!?)


 だが、この空気はもう決定事項だ。

 仕方なしに持ってきた竹刀を取り出す。


 沖田たちと昔からの知り合いらしい蛇川は、妙に甲高い声でにこやかに会話している。


「林太郎さんの義弟の、総司君だったね。久しぶり。俺は林太郎さんの組でのびのびやらせてもらってるよ。どうせなら天才と名高い君とやりたかったな」


「うちの葵もなかなか出来ますよ。欲目でなくね」


 沖田は、準備を終えた葵をずいっと前に押し出した。

 

「彼は低空の突きが得意だ。いつもの足さばきを忘れずに」


「はい」

 

 アドバイスを胸に剣を握った。


 構えた蛇川が、引きつったように片頬を歪ませた瞬間、身体がするりと沈む。

 床を這う影のように葵の懐へ滑り込んだ。


(低い……!)

 

 刀尖(とうせん)が、わずかな隙間を狙って毒蛇のごとく突き出される。


 息を詰めて交わす。


 次に蛇川が放ったのは、派手な大上段からの袈裟懸(けさが)け。

 しかしそれは囮だった。斬り下ろす直前で再び身体を沈め、低空の突き二連発を狙ってくる。

 

 葵は今度は迎え撃った。

 蛇川の刀が大きくはね上がり、姿勢が崩れた。

 

「ぐっ……!」

 

 その隙に素早く間合いを詰め、蛇川の剣を地へ叩きつけた。

 

 周囲の新徴組隊士たちから、驚きの声が漏れる。

 

「蛇川があんな細身の女に……?」

 

 石井武膳は無言のまま葵を見つめていたが、じきに背を向け門の向こうに歩いて行く。


「林太郎、屯所内を案内してやりなさい」


「承りました」


 葵は肩の力が抜けた。

 ひとまずは認められたのだ。


 蛇川は唇をぴんと引きつらせた。


「いやあ、恐れ入った。総司君の奥方候補は、ただ者じゃなかったようだね」


「いえ、蛇川さんの得意技を事前に聞いていましたから」

 

 蛇川に向けて手合わせの礼をした。

 遠巻きにしていた林太郎は、「謙虚なんだな」と沖田へ声をかけた。


「ええ、謙虚で正直者で優しくて、少々無理をするんで目が離せないんですが」

 

 土方は、延々と惚気る沖田の背を押した。

 

「ほら行くぞ。よく自分の義兄(あにき)に恥ずかしげもなく……」


「本当のことですから」


 閉口した土方はしかし「まあ、いい女ではあるがな」と林太郎へ葵を推薦することを忘れないのであった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ