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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ恋愛小説】―疼くようなときめきと、浸るような恋落ち旅へおいでませ―【7/31に完結します】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
【第二部】二章 文久三年 大晦日〜

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6紅白②


「足は疲れてない?」


 沖田は葵を気遣いながらも、さっと注文を終える。

 

 なかなか上手くいかないことに落ち込みながらも、座ると足が重力から解放されてほっとした。

 懐に手を入れる。取り出した物を沖田に手渡した。


「くれるの?」


「はい、買ってくださった着物のお返しには及びませんが」


 それは紺色の巾着で、槍梅(やりうめ)の刺繍が施されていた。

 

 槍梅のデザインは、枝が空に向かって垂直に、迷いなく伸びている。

 葵は、この直線的な姿を沖田の一本気な生き様に重ねたつもりだった。


 丁寧に針仕事をしたが、一般に流通するものよりは粗さがある。


「もしかしてこの刺繍、葵が?」


 緊張感のある面差(おもざ)しで頷く。

 沖田は顔をほころばせた。


「……いつの間に作ってたの? 忙しかったのに」


「少しずつ、雪に教えてもらって……」


 そうか、と沖田は目を細め、角度を変えたり、指で触れたりしている。


 そのとき、

「おまちどうさん」

 

 甘味を持った女が皿を置いた。

 もう片方の手で持っていた盆がかたむき、湯呑みが巾着をめがけて滑り落ちる。


 葵が「あっ」と言う前に、沖田の眼が光った。

 次の瞬間、彼の手が目にも止まらぬ速さで湯呑みの軌道を変えた。


「申し訳ありませんっ」


 湯呑みは沖田の胸に当たり、そのまま床へ落ちたようだ。

 あれだけ素早い動きだったのに、柔らかい当たりだったのか湯呑みに欠けはない。


「大したことはないのでお構いなく」


 葵が茶を拭くのを手伝おうと屈むと、沖田の袴の裾が染みになっていた。

 

(今日おろしたって言ってたのに……)


「葵にはかかってない?」


 彼は嫌な顔一つせずに人の心配を先にしてくれる。

 葵は布巾を力なく持った。


「……はい」

 

 雑談も、甘味を楽しむのも早々に二人は茶屋を出た。

  

 小さな橋に差しかかり、なんとなく立ち止まって川風に吹かれた。

 いつもなら肌を刺すほど冷たい風なのに、今はあまり温度を感じない。

 

 失敗続きのことが悲しくて、川の流れを羨むように追った。


「ごめんなさい……任せてくださいなんて言ったのに」


 俯いたまま顔が上げられなくなった。

 沖田は髪に挿した梅の花にそっと触れる。


「どうして? 楽しかったよ」


「違うんです。今日は、私が総司さんを楽しませたくて。なのに結局なんにもできなくて、せっかくおろした袴も汚れてしまって……」


「そんなふうに返そうとすることはない。何か、不安がある?」

 

「……何も持ってないから」


 沖田はわずかに眉を上げる。


「総司さんと比べたら、私何もない……」


 人通りのないひっそりした橋で、小さな嗚咽は川の流れに掻き消える。

  

「……男の格好してるくせに、剣の腕だって、直清さんの力で本当は私のものじゃない」


「そんなふうに思ってたの?」

 

 欄干(らんかん)を握る手に力が入る。

 

「半端で、護られてばっかりで、なのに欲しいって欲張りになるから……」

 

「いいよ」


 すくい見上げると、沖田は指では追いつきそうもないと、手ぬぐいで葵の涙を一度拭いた。


「欲しいなら、全部あげる」


 葵の冷えた手が、彼の温かな頬へ導かれる。


「そんなに思い詰めているとは知らなかったから。全てとは言わないけれど、想いの半分は伝わっていると」


「……残りも、くれるんですか?」


 彼の頬に触れている指先に熱が奔る。

 沖田は頷いて、ふっと微笑んだ。 


「ただ、よほど重いから、全部渡すと葵が潰れるかもしれない」


「そんなこと」


 そんな事絶対ない、と言おうとしたとき周囲がやけに騒がしくなった。

 触れ看板を持った男が、駆け回りながらなにか叫んでいる。


「改元だ改元だあ! 文久から元治になったぞー!」


 二人は勢いよく顔を見合わせた。

 

 改元の予言が当たった。

 これで土方や、内心で葵の正体を怪しんでいた人たちに納得してもらえる。

 葵は飛び跳ねたくなる気持ちを抑えきれず、手を取った。

 

 しかし沖田は唇を引き結び、双眼で葵を見据えている。


「総司さん……?」

 

 葵が首をかしげかけたとき、閉じた唇がゆっくり開いた。


「夫婦の(ちぎ)りを結びたい」


 息が止まった。

 

「……運命以外のものに葵を奪われたくない。曖昧なものじゃなく、証が欲しい」

 

 変わらず改元の叫び声が辺りでしている。

 

 周りは騒がしい。

 だけど抱きしめてくれる彼の羽織がすべてを消した。

 このときだけ、世界は二人きりだと思った。 


「……私で、いいんですか……」

 

「葵以外いらない」


 約束された答えに、信を重ねるように頬を預ける。

 それきり言葉はいらなかった。



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