5紅白①
「時間取れたよ」
そう言われたとき、葵は小躍りしそうだった。
そして今日がまさにその日だった。
せっかくなので彼にもらった着物を引っ張り出す。触るとしっとり手に馴染み、艶やかな色は眺めているだけで心を明るくさせる。
(一人で着たら時間かかっちゃった)
屯所の門にもたれている人影。
柔らかな黒髪が揺れる後ろ姿を見るだけで、駆け寄りたくなってしまう。
「お待たせしました」
「……それ、着てくれたんだ」
振り向いた沖田は相変わらず、愛でる心を隠すこともなく眺める。堪らず下を向いた。
「はい、総司さん今日の着物素敵ですね」
彼は、色味はいつも通り落ち着いた袴に羽織だった。だけど糊がパリッと効いてシワ一つない。
沖田は、ん? と腕を上げて羽織の袖を揺らした。
「今日のためにおろしたんだ」
さらりと言われた。葵のために時間を作って、さらに服まで新しくしてくれたと聞くと舞い上がらずにはいられない。
「では、行きましょうか」
自信満々に前を歩き出し、やっぱり隣がいいなと歩幅を小さくする。
「どこに行くの?」
「内緒です」
実は、梅を見に北野天満宮まで行くつもりだった。
しかし、
(あれ……こんな遠かった?)
二条城まで来て、予定より進んでいないことに気づいた。
(そうか、普段袴で歩いてるからだ。女性用の着物でこのままのペースじゃ、まだ一時間くらいかかるかも……)
どうしよう、と足が進まなくなっていく。
沖田は葵の進もうとしている方向をぼんやり見ていたが、ふと声をかけた。
「南の神泉苑に寄ってもいい?」
いつの間にか沖田が半歩前を行くような形で進む。小さな山門の前で、二人は軽く会釈をした。
中に入ると、さあっと清廉な香りがした。
大きな池には赤い橋がなだらかに架かり、豊かな日本庭園の風景に彩りを添えている。
さらに、橋の向こう側に見事な一本梅が咲いていた。
「源平咲きだな」
彼のつぶやきに導かれるまま橋を渡る。
木の下で見上げれば、一本の木に、紅白が競い合うように咲いていた。
「源氏が白旗、平氏が赤旗。紅白入り乱れて咲くことを、源氏合戦に見立てているんだよ」
沖田は落ちている梅の枝を拾い上げた。揺らすと百合や薔薇とは違う、風にふんわり溶けるような奥ゆかしい香りが漂う。
「梅が好きなんだ」
彼は梅の小枝を葵の横髪に挿し、黒髪に映える紅白梅に微笑んだ。
「寒さが厳しくても、百花に先駆けて咲く忍耐強さがあるから」
葵は桜もきっと似合うよ――と手を差し出す。
梅の木から後光が射して、沖田が一本梅の神木の精のように見えた。
(総司さんこそ、桜も梅も似合います……)
春にも彼と桜を見るんだと、半ば決めながら橋を戻る。
沖田は「この池は龍神様がいるから願いをかけたらどうか」などという話を教えてくれ、「冷えたから飲む?」と、屋台の甘酒を分け合ったりした。
そうこうしているうちにしっかり時間が経っていた。
「少しだけのつもりだったんだけど……葵が行きたい場所には、今度付き合うよ」
そう言われて葵は、本来の目的をすっかり忘れていたことに気づいた。
(私が北野天満宮に行こうとしたこと……わかった上でここに連れてきてくれたんだ。しっかりしないと)
「お昼はもう食べましたよね? この辺りに甘味屋さんがあったかと……」
通りに戻りながらきょろきょろ見回す。
事前に、意外と甘い物好きな斎藤に聞いた甘味処だった。評判が良いとの話で行くのを楽しみにしていた。
店の前に着いて葵は固まった。
【本日休業】
横からひょいと貼り紙を覗いた沖田は、ちらと隣を確認する。葵は目に見えて肩を落としていた。
「あのさ、一本向かいの通りにも店があって……行ってみたいと思ってたんだけど、どう?」
――結局、甘味処も沖田に選んでもらい、小さな茶屋に、二人は腰を落ち着けた。




