★4狸寝入り ※6/13㈯休載します(後書き参照)
もう深夜だろうから、こんな時間まで待っていると知られたくなかったのだ。
奥の部屋で寝間着に着替えているようだ。
今のうちに寝てしまおうとするのに、頭がどんどんはっきりしてくる。
行灯を消すじゅっという音がした。
(起きてるって言えばよかったな。そうしたら一緒に布団に入って……)
「葵、起きてる?」
タイミングがばっちり過ぎる。
今起きました、というふうに眠そうに目をこすって出ていこうか。
だけど狸寝入りを指摘されたら恥ずかしすぎる。
「寝てるか……」
正面というより、目と鼻の先で残念そうな声がする。いつの間にこんなに近くに来ていたのだろう。
心音がアクセルを踏んでいく。
起きてます! と手を挙げたいのに、顔だけは涼しく寝たふりを張り付けた。
暗闇でさらに気配が近づく。
同じ布団に身体が滑り込む。
冷えていた背中に、熱い体温が忍び寄ってくる。
沖田の胸が背中にぴったりと密着し、逞しい腕が腰に回された。
(くすぐった……い)
寝たふりをしたままで、顔を反対方向に向けると、首筋に熱が落ちて、ぴくんとまぶたがかえりかけた。
彼が笑ったような声がした。顔をぐっと戻される。鎖骨から徐々に唇が這い上がり、
「よっぽど疲れてるんだね。可哀想に」
頭を優しく撫でてくれるから、解放されるかな、と葵は心の内でホッとする。
次の瞬間、柔らかい唇が耳たぶに触れ、軽く吸われた。
「は……」
びくっ、と肩が跳ねそうになるのを、必死に堪えた。
交わすことも、応えることも出来ず、身体が熱を持ち、足の指が布団の中で丸まる。
もう抑えきれない甘い声と素直な反応に、とうとう沖田が笑い出した。
観念して瞳を開けると、彼はくっくっと手で口を押さえている。
「可愛いな本当に」
指の背で自身の目尻に浮かぶ涙を拭う、彼のその仕草こそ可愛くて、
葵の心臓のアクセルが踏み抜かれ、頬を冷たい枕に押し付ける。
「……気づいてたんですか?」
「うん? 消えた行灯の芯がまだ熱かったからね」
(じゃあ、最初っからバレてたってこと……?)
「早く言ってくださいよ。一人で恥ずかしいじゃないですか」
沖田も同じ枕に頭を乗せた。暗闇でも表情がわかるほどの距離で、葵の潤んだ瞳を覗く。
「もう少し葵を見ていたくて」
甘い囁きに、わずかに胸が痛む。
好きの比率が自分ばかりどんどん大きくなっている気がした。恋の秤は、釣り合いが取れなくなったらどうなるのだろう。
「総司さん」
「なに?」
優しい笑顔で受け止めてくれるのに、
葵は、この期に及んで『やっぱり良いです』と言葉を飲み込みかける。
(いや)
「……今度出かけたいんです。二人で」
そして顔も見ず、返事も聞かない前から、大急ぎで二の矢を継ぐ。
「と言ってもお忙しいと思うので、半日か、いえ、もっと短くても良くて――」
彼がいるはずの右枕は、しんと静まり返っている。
(……返事ない。寝た? いや、後十秒待とう)
心の中で『1、2、3……』とカウントしていると、6秒目で返事が来た。
「時間作るよ。どこに行きたいの?」
はっ、と葵は起き上がっていた。
急にめくれ上がった掛け布団の下で、沖田が「寒い」と震える真似をする。
「すみません」
急いで彼に掛け布団をかけて、おまけに、隣で持て余された掛け布団も二重に掛けた。
「行く場所は私が考えるので、総司さんは身体一つで来ていただければ!」
葵が前のめりになるから、沖田はふふっと微笑む。
「気合入ってるね」
「はい、楽しみにしてます!」
胸の奥に温かいものが灯った。
(楽しみ、言ってみてよかった)
布団に入り直して身を寄せた。
沖田が一瞬身じろいだ。しかしすぐに規則正しい呼吸が聞こえてきた。
(寝ちゃったんだ。続き……して欲しかった……)
続き……
試しに自分で耳たぶを引っ張ってみる。首に手を当ててみる。
なんともない。
(なんで? さっきは)
思い出しかけて、枕を放り投げたくなった。
(駄目だ……もう寝よう……寝て忘れよう)
溢れつつある想いの入れ物に、無理やり蓋をする。
(はあ……総司さんのこと考えるのやめよう? もっと違うことを……)
初めは仕事のことを考えた。
それでも彼が頭の中に割り入ってくる。
果ては土方の面紐が赤いのは洒落てるだとか、斎藤の御朱印はどこにしまっただとか……
瓦礫を投げ込むように、思いつく限りにことを次々浮かべた。
だんだん思考が鈍くなってくる。やっと葵は夜に抱かれた。
しばらく後――
葵の意識が眠った後、寝入ったふりをしていた沖田は、ひっそりため息をつく。
「……もう無理かも」
大阪から帰って、触れ合うことを"練習したい"なんて言うから、沖田の方で温度を調節していた。
「ん〜……」
寝ぼけているのか、葵は手を背中へ回してきた。
薄い夜着越しにいろいろ伝わって、一瞬でさっきの甘い声と、肌の感触が蘇った。
「葵……」
手が伸びかけて、いやいやと目を閉じる。
こんな無防備な彼女に触れたら終わる。
わかっているのに。
そっと半開きの口へ、唇を押し当てる。
髪に触れてから、もう一度。
片手を腰のくぼみまで下げて抱きしめた。
完全に脱力した身体は柔らかくて、理性が丸裸で高波にさらされているようだ。
もう、いっそこの波に押し流されたい――
「そうじさん……だいすき……」
寝言に、はっとした。
そうっと離れて隣の布団に移ろうとするのに、背に回された葵の腕は意外と強い。
「けじめをつけるのが先だろう……」
呟いて、細く息を吐いた。
すみません、投稿ミスしてました。本日二話投稿して6/13㈯はお休みします。




