3刺繍
「あおいさん!」
「小春ちゃん、これどうぞ」
買っておいた金平糖を渡すと、小春は飛び跳ねた。
「ちゃんとお礼言い!」
お雪は母親のような顔で刺繍道具を取り出した。
「はい、これ続きな」
葵は沖田に買ってもらった着物のお返しに、刺繍したものを渡すことにしていた。そろそろ完成だ。
お雪に教えてもらっている。
「ねえ、雪の刺繍って売れないの? 教室とか開けそう」
「こんなん売れんやろ。おかんから教えてもらっただけやもん。人さまに教えるなんて無理無理」
「そうなのかな」
まじまじ見ても綺麗だ。この間、沖田に連れて行かれた大店にあったのよりも、糸がきちんと揃っている。
なにより刺繍のデザインに独自性があった。
雪本人は「習ったこともないから好き勝手やってるだけ」と言うが、好きな人はお金を出して買いそうだ。
「これ買ってもいい?」
香袋を手に取った。
「物好きやな」と照れつつもお雪は頷く。
「ありがとう、可愛い!」
お代を払い終えたところに、小春がお手玉を手に寄ってきた。
「あおいさん、遊んでー!」
「いいよ!」
「あんた小春に甘いなあ……飽きもせず何度も同じ遊びしてくれるし、子ども好きなん?」
葵は三つのお手玉を放りながら、首をかしげる。
「小春ちゃんのことはかわいいよ」
幕末にこなければ、葵もいつか結婚して家族を持っただろうか。
たまに考えなくはない。
でも、考えることとあり得ることは同じ土俵には上がらない。
今の葵にとって、家族を持つことは雲を掴むより遠い。
「小春は葵の前だと素直やからね」
雪は文句を言いつつお手玉に加わってきた。刺繍はあんなに器用にこなすのに、お手玉はあっちこっちに飛ばして、小春に叱られている。
彼女は葵と年も大して変わらない。だけど身寄りをなくして、大黒柱として妹を養っている。
(江戸時代では珍しくないのかもしれないけも、やっぱり雪はすごいよね)
この時代の人は寿命が短いからなのか、皆実年齢よりずっと大人で、もっと必死に生きている。
考えていたら、お手玉が明後日の方にいき、お雪の頭の上に乗った。
「あおいさんすごい! 乗せようとしてもなかなか乗らないよ〜」
小春はけらけら声を立てている。
笑い声が雪と同じなんだ、と頬が緩んだ。
「私京都に友達いなかったから、雪と小春ちゃんと話せて楽しい」
雪は「うちも……」と小さく肯定し、ふいっと顔を背けた。
「ほらそろそろ帰りっ。んで総ちゃんとどこまで進んだか報告しに来てや」
「だけど、雪はいいの? その……」
「総ちゃんのことなら、本当に未練はない。うちには大切なものがあるって気づいたんよ。葵のおかげでな」
お雪は目を細めて小春の頭を撫でた。
◇
「総司さん全然帰ってこない。やっぱり遅いのかな」
離れの部屋で、淹れたお茶はすっかり冷めた。
もし予定通り会議が終わればと、生姜とはちみつも用意していた。
火鉢の炭も詰めた、布団も敷いた。
「繁忙期に終わりはないってことなの? ねえ?」
葵は、沖田にもらった根付を人差し指で撫でる。
木彫りの狐は、つんとこちらを見ている。ツゲの木は、葵がしょっちゅう触るから手の脂が馴染み、少しつやが出てきていた。茶色が濃くなって味わい深い。
それだけ彼との時も進んでいる。
八月一日にここに来てから、もう半年は過ぎている。
(あとどれくらいここにいられる? もう半年? 一年? それとも……)
詮無いことだ。
もしかしたら組紐は、明日切れるかもしれないし、いつか沖田が言った通り、葵が死ぬまで切れないかもしれない。
(幕末で死ぬんだとしたら、私はどうやって、何歳で死ぬのかな)
「お茶、淹れ直して来よう……」
急須を手に取り、思い直す。
先に寝ていてと言われたのに、こんなに準備万端に待ち構えていると迷惑ではと。
「やっぱり今日はもう寝よう……」
用意したものは跡形なく片付けた。
部屋の灯りを一つだけ残して、布団に入る。
(寝られない)
布団の下で冷たい足先を擦り合わせていると、そーっと忍び込むように沖田が帰ってきた。
葵は寝たふりをして息を潜めた。
すみません、投稿ミスしてました。本日二話投稿して6/13㈯はお休みします。




