2誘ってみる
「こっちこっち」
賑わう茶屋で手を挙げるのはお雪。
妙に仲良くなった二人は、こうして茶飲み友達になった。
「あんたまたそんな格好して……」
雪は葵の袴姿に嘆息した。
「だって、いつ何があるかわからないし」
「せやけどせっかく元はええのに、化粧のひとつも知らんし……おぼこやないんやから」
黙り込む葵に、お雪は怪訝な顔をした。
「あんたら、本当にまだしてへんかったん?」
「……別に、しなくていいもん」
「ほーん? その割には可愛い顔するやん」
どんな顔なの、と慌てて押さえた頬は熱を持っていた。
お雪は葵の団子を勝手に摘む。
「ぼやぼやしてるとどこぞの泥棒猫に持ってかれるで?」
「沖田さんはそんなことしないよ」
「葵は男に夢見すぎ。総ちゃんは修行僧やないんやから」
修行僧という単語に聞き覚えがある。原田だ。
原田にも『沖田は修行僧じゃないのだから、我慢させては可哀想だ』と言われたのだ。
念のため周囲をうかがうが、誰も葵たちを気にもとめていない。
それでも大っぴらにする話でもないと声をひそめた。
「一回進みたいって言ったけど……」
(ううん、あれは雪のことで揉めていたからちゃんと言ったうちに入らないのか)
「そんなに思い詰めた顔するなら、本人に抱いてってはっきり言えば事足りるわ」
「そんなことっ……」
がたんっ、と揺れて卓の茶が溢れる。あわあわ拭きながら、さらに声を小さくした。
「そんなこと言えないよ」
「せっかくええもん持ってるんやから、武器にしたら?」
お雪は葵の胸を指さし、ずずっと茶をすする。
「あんた、なんでそんな自信ないん? 男と付き合うたことないんか?」
「……一回お付き合いした人に、"つまらない"って言われた」
高校生の時に二ヶ月だけ付き合った彼氏だ。
「なんでそう言われたん?」
「うーん、初めて同士だったし、お互いどうしたらいいかわからなかったのかな?」
周りにからかわれたり、夏休みで噛み合わなかったりしてるうちに自然消滅した。
そして別れた後彼が、『つまんない女だった』と周りに話していると聞いた。
「それ別に葵のせいでもないし、総ちゃんにも関係ないやん。
どうせ『自分にも悪い所があった』とか言うんやろけど、そんなん相性だってあるしな?」
「雪先生……」
お雪は、師を仰ぐような眼差しをする葵を、手の甲で追い払う仕草をする。
「ま、好きな人を手に入れたいなら自分で動けってこと」
葵ははっとした。
「そうだよね、もらうだけじゃなくて返さないとね。今夜私から誘ってみる!」
はつらつと宣言した葵に、今度は雪が首をすくめ、周りをうかがった。
「誘うって……あんた急に大胆やな」
「え? ねえこの季節ならやっぱり梅かな? でも沖田さん忙しいから来てくれるかな……」
「なんや、そっちかい」
雪は立ち上がった。
「ほな行こか。あれうちでやるんやろ?」
店を出てお雪の家まで送って行く。
真冬の川っ風に吹かれながら、雪は少しでも温まろうと羽織をかき合わせる。
「冬は懐も寒いし嫌んなるわ」
もう荒々しい取り立ては来なくなったとはいえ、雪の借金はなくなったわけではない。
角屋でもらった給金は計画的に返済に充ててているが、暮らしに余裕はないという。
「葵は剣が強いからな。稼ぐ手立てがあって羨ましいわ」
強気に笑い飛ばす雪に、葵は自分の羽織を脱いでかけた。
彼女はきちんと綿がつまった葵の羽織を、厚みを確かめるように指で挟み、
「あったかいな」
笑って、少し歩を緩めた。
袴を履く葵は、大股で歩くとすぐに追い越してしまいそうだったから、さらに足取りをゆっくりにした。
――タイムスリップしたとき、新選組の屯所ではなく、その辺に飛ばされていたらどうなっていたのだろう。
直清の力がなかったら、新選組を追い出されていたかもしれない。
女がこの時代で生きていくことの不確かさを思うとやるせない。
じきに長屋が見えた。
「角屋に妹も一緒に住めば、って言ってくれはるんやけど、うちら美人姉妹やろ?
小春のこと、遊女にって連れられそうで決心がつかんのや」
淡々と吐き出して、お雪はがたがたいわせて戸を開いた。




