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幕末男子の愛が重すぎます――あさぎに揺れて【新選組 沖田総司✕タイムスリップ恋愛小説】 【7/31に完結します】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
【第二部】二章 文久三年 大晦日〜

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★御名答

 文久四年(1864年) 二月中旬


 近藤の部屋を出た沖田は、廊下を数歩進んだところで立ち止まった。


「元治、か」


 元治は葵が予言してみせた、文久の次の年号。


――そこまで辿り着ければ


 目を閉じずとも浮かぶのは、ただ一人の笑顔だけ。

 

 沖田は堪えるように深く息を吐いた。



 ◆

 

 

 その日、久しぶりに剣を取った沖田はずらりと若い隊士に囲まれていた。


 稽古中の厳しい顔を潜めた彼は、冗談を言ってはけらけらと笑い、隊士たちもくつろいでいる。


「飲みに行きましょうよ、先生!」


「……そうだな」


「あれ、先生いつもならすぐ断るのに……良いことでもありました?」


「ん? まあね」

 

「ほら、藤堂さんからも言ってくださいよ」


 通りすがった藤堂はぐいと輪に引き入れられると、沖田と肩を組んだ。

 

「行こうよ、たまには」

 

 沖田は床を拭き掃除している葵を見た。

 一緒に行くかとの確認だ。

 葵は首を振り、いってらっしゃい、と目礼した。


「じゃあ、一軒だけ」


 隊士達はわあっ! と沸き立つ。

 遠巻きにしていた隊士たちも、笑い声を上げながら彼へ付いて出て行った。


 人がいなくなると葵は、下っ端の役目である雑巾がけを再開する。


(総司さんって男女問わず、もてる)


 剣を持たない沖田は一人の物腰柔らかな青年だ。にこやかにお年寄りに挨拶し、子どもと走って遊ぶ。


 近寄り難いくせに、笑うと相好が崩れる。

 しかし、気を許されたと踏み込めば、またわずかに距離が開く――


 それでもそんな掴みどころのない彼は、葵には色んな顔を見せてくれる。

 雪の一軒以降、ますます。


 知らずににやけかけた頬を引き締める。

 床を端まで拭き終えたとき、背後から声が落ちた。

 

「おい」

 

 振り向けば隊士が三人がいた。

 

 ()()この人たちか。

 腰を上げようとしたとき、目の前の雑巾に浅黒い裸足の足がどんと乗った。

 

「ここがまだ汚れてるぞ」

 

 踏みつけにされた雑巾を諦めて立ち上がると、男達は手を広げて道を塞いだ。

 葵の方が背が高いのに、三方向から一歩詰められると、視界が塞がるような圧迫感に身がすくむ。


「通れないので退いていただけませんか」


 下品な笑いが起きた。

 

「あんまり意地悪すると先生にどやされるかな」

 

「ははっ、言わないでいてくれるよな? 葵さんはお優しいもんな」

 

 彼らはわざとらしく互いを小突き合っている。


「私のなにがそんなに気に入らないんですか」

 

 一人がさっと顔色を変え、雑巾を葵へ投げつけた。

 

「剣の腕も大したことねえくせに生意気言うな」


 女に勝てない負け惜しみだ――そういうこともできたが、組紐を後ろ手に隠した。

 強さの秘密を彼らの眼前にさらすことが無防備に思えた。

 

「お前みたいな女を、なんで先生が気に入るんだよ」


(そんなの、私が知りたい……)

 

 床にへばりついた雑巾を無言で睨んでいると、一人がニヤリと口元を歪めた。

  

「屯所に女がいるのが珍しかっただけだろ。大方身体でも使って――」





  


「――それは、俺に対する侮辱?」


 突然割り入った声に男達は振り向き、

 ひいっ! と腰を抜かした。

 開けた視界の先には、沖田が立っていた。


 彼は背筋が凍るような微笑を浮かべながら男達の正面まで行くと、強引に顔を掴んで上げさせた。


「そんなに死に急いでるとは、知らなかったな」


 笑い出す沖田に、男達は声も出ずに縮み上がっている。 

 氷笑に当てられ、葵まで自身の肩を抱いた。沖田はそれに気づくと男を振り捨て、視線を足元の連中へ注ぐ。


「処分は後だ」


 その一言で、這うようにして男達は逃げ出した。


「葵」


 沖田はがらりと雰囲気を変えた。やっと息を吹き返した葵は、かすれた声で尋ねる。

 

「総司さん、皆と町に行ったのでは……」


「最近葵が変だったからね。聞いても教えてくれないし」


「ごめんなさい。あの、処分とは……」


 男達の処分を気にする葵に、彼は首をかしげた。


「知らないほうがいいと思うけど」


「一応お伝えすると、あの人たちから暴力は一切なく……」


「ふふ、葵は優しいんだね」


 沖田は腰を折り、葵の目を覗き込んだ。


「あんな奴等の心配までしてあげるんだから」


(あ……)

 彼の瞳に広がる湖が暗くなっている。

 両の口端がにっこり上がった。

 

「今、怒ってるんだけど」


「存じております……」


 怒っているのなら怒った顔をしてほしいのだが、こうして笑顔に隠されると脳が混乱する。


「どうして怒っているかわかる?」


「……あの人達を庇うようなことをしたからですか?」


「正解。半分は」


 と、唇が額に落ちた。

 慌てて入口に視線を走らせると、今度は余所見をしたまぶたに口づけられる。


「誰か来たらわかるよ」


 彼は人の気配を敏感に察するので、葵より先にわかる。


(そうだった。じゃあ安心――)


「じゃなくて、ここ稽古場ですよ。風紀が乱れ……」


 前にある喉奥で、くすりと笑い声が漏れた。


「自分の心配して?」


 唇がこめかみへ移動する。


「さて、怒っている理由のあと半分は? 正解したら終わりにする」


(え)


 引きつる頬へ吐息が(かす)る。


「ほ、報告しなかったから? 嫌がらせのことを……」


 しどろもどろに答えつつ、次の唇の行き先を察し、はっと手で耳を覆った。


「仕置きも含んでいるから、避けるのは無し」


 勝手な追加ルールに目を剥くも、耳から手を引き取られる。


「仕置きって……私、なにもしてないですっ」


 なにもしてないねえ? と意味深な唇が耳たぶへ落ちる。


「ん……やっ……」 

 

 最近の沖田は、葵が熱くならない温度を(わきま)えて触れてくれていたから、完全に虚を突かれていた。


「ちょっと、ストップ!」


 沖田は飛び出した謎の横文字を無視したが、目元が赤らんだ葵に「じゃあ」、と解答の選択を与えた。


 どれでしょうと涼しげに微笑まれる。

 その間止まらない接吻の嵐を交わしつつ、なんとか思考を繋げて整理する。


「私が、総司さんの愛情を疑うから……?」


「御名答」


 明朗に言うと唇を離し、彼は酸欠気味になった葵の腰を支えた。


「平気?」


「……平気じゃないです」


 ごめんごめん、と微笑う沖田はようやく、いつも通りに戻ってくれた。

 

(総司さんの愛を疑っているわけではなく、たまに自信がなくなるだけなんです)


 そんなことを溢して、またなにやらされては敵わないので口を噤む。

 自分はただの女子高生。かたや沖田は幕末の天才剣士。


 釣り合いが取れないと嘆くことすら、おこがましいかもしれない。


「さ、そろそろ行かなくちゃ。葵も用があるんでしょう?」 


「そうでした!」


「夜は会議があるから、遅くなったら待たずに先に寝ていて」


「はい」


 落ち着いてから一緒に屯所を出た。

 

 甘味処まで葵を送り届けると、

「今日は冷える。遅くならないように」

 過保護に言い置き、彼は去って行った。

 

 葵は振り回されるのも悪くないと思う自分に半分呆れながら、甘味処の木戸を開いた。

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