7またね
「ほら、そろそろ近づきますから」
と言っても葵はあくまでお雪に騙された恋人を演じるのだ。あまり警戒してもいけない。
楽しそうに鼻歌を歌う。途中彼女の頬にキスまでした。目当ての空き家に辿り着いた。
少々わざとらしく大声を出す。
「ここにお雪さんのお母さんがいるんですか?」
「せや……まあ入って」
足を踏み入れた。瞬間、腕を後ろ手に拘束された。
「誰!?」
軽く身をよじる。抵抗の素振りをしていると、二人目が現れた。
「お、自分の男を連れてくるたあ、さすがだな雪」
何回か会った取り立ての男だ。
彼は葵を雪の恋人と認識している。芝居はやりやすかった。
「どういうことですか、お雪さん!」
「堪忍な……うち……」
雪は身体を震わせ、目には涙が浮かんでいた。
芝居ではない。本物の恐怖が滲んでいる。それが浪士達の油断を誘う。
外から二人入ってくる。
「その辺から見てたがこいつ本気で女のこと信じてたぜ」
「ああ、女の親に会うつもりで浮かれてたな。気の毒に」
これで四人だ。
葵はその場に膝をついて顔を覆った。
「……私は騙されていたんですか?」
「ああ、そうだ。そいつの妹と引き換えにな」
「まさか小春ちゃんを!? まだ子供じゃないですか! 言うことなら聞くから……二人を解放してください」
「結構な心がけだが、そういうわけにはいかん。雪も妹も道連れだ」
「そんなっ、話が違うやん」
葵は静かに刀を捨てた。
「せめて、最後に小春ちゃんに会わせてくれませんか。刀も手放します」
男は、足元へ投げられた葵の刀と脇差を見てにやりと笑った。
「いいだろう」
土足のまま奥へ案内された。
そっと窺うが、他の部屋に人影はない。
「お姉!」
床柱に括り付けられた小春がいた。隣には男が刀を持って立っている。
(五人目。これで全部だ)
小春は葵を見るとぽろぽろ涙を流した。
「お姉……よりによって、あんなに良くしてくれたあおいさんを……酷いよ……」
「うち、どうしてもあんたを助けたかったんよ」
刀を捨てた効果もあり、葵の拘束はすでに解かれていた。
葵は歩み寄り、さりげなく刀を持った男と小春の間に座り込んだ。
「小春ちゃん……お雪さんを責めないであげて……」
涙ながらに三人で抱き合う。
さっと視線を走らせる。男達は刀をおろし、遠巻きに見ているだけだった。
葵が懐に手を入れたのを合図に、お雪が笛を鳴らした。
「な、なんだ!?」
男達が構えた。
戸が蹴破られ沖田達が押し入った。
「新選組だ!」
「てめえ、謀ったな!」
男が向かって来る。葵はさっと短剣を引き抜き、手首を迎え撃つ。
一瞬で沖田が距離を詰め、組み伏せる。
残る男達は、新選組との圧倒的な数の差に、戦うこともなく刀を捨てた。
◇
「おおきに」
何度も葵と沖田に頭を下げるお雪に、彼は存外冷たい声をかけた。
「借金が帳消しになったわけじゃない。あくまで暴利の部分が減っただけだ」
「それで十分や。総ちゃんがなんだかんだ言いながら話を聞いてくれたこと、ほんま嬉しかったんよ」
お雪は着物の裾を握り締めた。
「……総ちゃんうち、借金の理由嘘ついとって。ほんまは遊郭やのうて……」
咄嗟に葵は沖田の袖を引いていた。
「総司さんちょっと来てください……。その、ほら、向こうで呼ばれてますよ」
「葵、まだお芝居してるの?」
「……っ、違います」
見透かすような、それでいて優しい眼差しに、かあっと頬が熱くなった。
「めっちゃ意地悪したのに、うちのこと庇うん……?」
葵はひそひそと声を交わす。
「庇ったわけじゃないです。ただ、好きな人に知られたくないことがあるって気持ちは分かるので。
いや、言ってすっきりしたいならいいんですけど」
「また綺麗事言うて……せやけどそういうとこ、好きやで」
「えー、私、意地悪されたことは許してないんで、ちゃんと謝ってください」
くすくす笑うと、彼女はリスのような口を尖らせ、嫌そうに、しかし一応頭を下げる。
「堪忍なっ……」
「はい、いいですよ」
小悪魔っぽいと思っていたお雪がやたらと幼く見える。自分より背の低い彼女の頭を撫でた。
「話、終わった?」
後ろから沖田が顔を出す。
葵は、すっと席を外した。
二人になり、お雪は正面にいる沖田をじっと上目に見る。
「いい子過ぎて鼻につくけど、総ちゃんが離されへんのもわかるわ」
「でしょう? もう葵を悲しませることはしたくないから――」
お雪は首を振った。
「わかってる。総ちゃんにとって、うちはただの近所の子。可哀想な子を放っておけんかっただけ……」
「うん」
否定しないんか、と突っ込んで、お雪は袖で赤らんだ目元を押さえた。
「あおいのことは守ってあげたい、だけやないんやろ? 総ちゃん、昔っからもてたけど、そんな目で女の子のこと見るって知らんかったもん」
「どんな目?」
「それは、悔しいから言わん」
それきり二人は黙って、少し離れた葵を見た。
雪は「さいなら」と放り投げるように告げる。
沖田は頷いて、「またね」と声をかけ、振り返らずに葵の方へ足を踏み出す。
誰に紛れていても惹かれる彼女の笑顔を見て、移ったように微笑んだ。




