6身代わり
その三日後だった。
お雪から『話したいことがあるから誰にも言わず一人で来てくれ』と言われたのは。
迷ったが、まだ明るかったのと、小春のことも心配だったので行くことにした。
しかし、屯所を出てしばらく行くと指定された場所と全然違う所にお雪がいた。
気の強い顔から血色が失せている。
「ほんまに一人で来たんか。聞かれたくない話やから……この先や」
顎でしゃくった先は、昼なのに陽の当たらない薄暗い路地だった。
歩くほどどんどんさみしくなる。まるで人目を避けるようだ。
「……無理や」
お雪が立ち止まった。
「まだ間に合うから、逃げて」
「どういうことですか?」
「小春を人質に取られたんよ。金を用意するか、新選組を売れって言われたん。だからうち、あんたを……」
(小春ちゃんが――)
「場所はどこなんですか?」
お雪はすっかり取り乱している。
「あんたどこまでお人好しなん!? 遊郭に売られたなんて嘘を信じて……借金は、うちが自分で作ったもんなんや……!」
「そんなの今どうでもいい!」
自分以上に血相を変える葵を見て、お雪は正気を取り戻した。
「小春は今……」
相手は五人で腕は不明。新選組隊士と引き換えに人質を解放すると言っている。
状況を聞いてから、しばし目を閉じる。
小春を助ける最適解を導かなければいけない
「私が一人でいって油断させるから、新選組から人を呼んできて。小春ちゃんの安全を確保したら合図するから……」
背後に気配がした。
(――誰?)
刀を抜いて振り向くと、
「きゃあっ、総司さん……!?」
「恋人に抜刀しないでよ」
肩をすくめる沖田。
「攘夷派が絡んでいるならと上の許可が出た。頭数は揃えたから、相手を戦意喪失させるには十分だ」
見れば後ろに藤堂がひらひら手を振っている。
「だけど向こうを刺激して、万が一小春ちゃんに何かあったら……」
「そこは作戦を立ててあるから」
沖田はお雪に歩み寄る。
「葵を危ない目に合わせようとしたんだ。責任は取ってもらう」
一応笑顔を作っていたが、目は全く笑っていなかった。
◇
「総ちゃんは別の男と行け言うたやん。なんであんたと……」
「お雪さん文句言える立場ですか?」
葵はあえての新選組の正装のだんだら羽織を身に着けている。お雪と恋仲という設定だ。
沖田は「自分か藤堂が行く」と言い張ったが、葵が行くほうが都合のいい理由もあった。
――「もしもの時は」
人質を諦めてくれ。
そう言いかけて、沖田は口を閉じた。
葵の背を送り出す手が震えていたから、無茶なことはしないと、別れ際に告げてきた――
二人は指定場所の木屋町の空き家に向かっていた。
「危険が迫ったときは、私の指示に従ってください」
お雪はがたがた歯を鳴らしている。葵はそっと小柄な肩を抱いた。
「ここから恋人のふりでいきましょう。
大丈夫、震えているくらいの方が本当っぽいですよ」
真っ直ぐ背筋を伸ばし、男らしく大股で歩く葵を、お雪はしげしげと見上げた。
「あんた……意外と肝が据わってんのな」
場数を踏んだせいで多少は冷静に物事を見られるようにもなっていた。
「沖田さんもいますし」
「信頼してるんやね……」
「はい、うちの一番組長は京都一です」
葵は誇らしげな笑顔を見せる。お雪は「せやな」と息を吐いた。
「さっきの話やけどな、うち、本当は遊郭やのうて、男に……個人的に面倒見てもらってたんよ」
「……生活のためだったんですよね?」
「いや、楽な方に流されてただけや」
過去を戒める遠い目だ。
「妾生活をはしごするうち悪い男に当たってな。別れを切り出したら「今までお前に使った分返せ」って……」
そうして借用書を書かされた。
もう男とは切れたが、ふっかけられた法外な借金だけが残った。
自業自得だ、とお雪は片頬を引きつらせた。
「……せやから昔のうちを知ってる総ちゃんといると、汚れてない頃に戻れる気がしたんよ」
汚れてなんてない――言葉が出かかったが飲み下す。
「……小春ちゃんを、一生懸命育てたんでしょう?」
お雪はぽかんと葵を見て、ふんっと鼻を鳴らす。
「……やっぱうち、あんたのこと好きやない」
お雪の耳端が赤い。葵はふと口端を緩め、くっと彼女の肩を引き寄せた。




