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6520真の謀

 そのとき、旅籠の一階から荒い足音が上がってきた。


「うまくいったのう」


 葵は息を潜めて壁際へ張り付いた。


(長州弁?)


 芸妓に扮して潜入捜査に行ったときの、長州志士らの(なま)りにそっくりだった。


 沖田達が出て行った襖は開け放されたままで、葵はちょうど男たちの死角になっていた。

 誰もいないと思っているのか、彼らは上機嫌に話を続ける。

  

「あのような端金で転がしちょる奴等なんぞ目眩ましじゃて」 


「ああ、真の(はかりごと)を見抜けんとは、まっこと愚か者じゃのう」


「これ、声が高い。行くぞ」

 

(真の(はかりごと)?)


 男たちが再び出ていくと、葵は大急ぎで女物の質素な小袖に袖を通し、懐へ短刀を忍ばせた。

 

 階下へ急ぎ、使いを頼んだ。


「すみません、大阪町奉行所にいる沖田総司という方へ、言付けをお願いできますか」


「あい、承ります」


「危険があるといけません、必ず灯りのある大通りから行ってください」


 よくよく念押しし外へ出ると、すっかり暗くなった大阪の町は、提灯の火だけが細く冬の風に頼りなく瞬いている。

 

(いた……!)

 男達は五人で何処かへ向かっている。


 葵は途中、屋台に寄った。

「すみません、その串焼き二本ください」

 

 香ばしいタレの匂いがする串焼きを手に、町娘に溶け込んだ。

 ときに立ち止まり串をかじったり、巾着を覗いてみたりして標的と歩調を合わせる。


(油断してるみたい)

 

 男達の足取りはゆったりと余裕があり、肩を叩き合って談笑している。

 周囲を警戒する雰囲気もない。


(あ……)

 つと、彼らが脇の通りに入った。見失わないようにちらと覗くと、急に人通りが少ない道になる。


 闇が魔物の口のように見えて、足が止まった。


(大丈夫……きっと、来てくれるから……)


 一人の顔を思い浮かべて、引き返したくなる気持ちを落ち着かせ、一歩を踏み出す。


 影もできないような寂しい道を抜けて辿り着いたのは、そびえ立ち、四方を睨み守るような大きな城――


(大阪城……)

 

 男達は東を守る要所、玉造口(たまつくりくち)にたむろし、皆大阪城を見据えていた。 


「混乱に乗じて――狼煙(のろし)を合図に攻め落とす」


 風に乗って話が漏れ聞こえる。


(よく聞こえないけど、まさかこの人たち大阪城を襲撃しようと?)


 大胆不敵な計画に恐れと、そして止めなければという気持ちが沸き起こり、衝動的に懐の短剣に手をかける。


――動く前に見ろ

 斎藤に叩き込まれた言葉を反芻(はんすう)する。

 

 懐から手を抜き、目を凝らした。

 男達は体躯も良く、刀と脇差の二刀差しだ。一対五で短刀のみの装備では、組紐の力があっても組み伏せられるのがオチだ。


(……冷静にならなきゃ)


 汗が冬風に冷たくなって、背をゆるりとなぞり落ちた。


(私に、できること……)

 

 ぐっと串焼きを握りしめ、手で頭巾を下へ引っ張った。


 心臓を押さえて、男達に近づく。狙うは、彼らの中心にいるリーダー格の総髪(そうはつ)の男だ。


 粗野な男たちと一歩ずつ距離が詰まるたび、心臓が張り裂けそうに鳴る。

 標的を右横に、通り過ぎざま足を絡める。ゆらりと身体を(かし)がせ、男の胸へ倒れ込む。


「なんじゃあ!」


 汗と土埃の匂いが鼻をつくと同時に、太い腕が背中と腰に回り、葵の身体が強張る。


 金縛りのようになったのを奮い立たせて解き、男の胸元と右手に、串焼きのタレをべったりつける。


「……ああ。なんていうことを、申し訳ございません……拭きますので」

 

 手ぬぐいを取り出し、拭うふりをしてわざとタレをべたべたと塗り拡げていく。


「ちっ、こんなときに……」

「おいおい大丈夫かあ?」


 男達は苛立つものもいれば心配する者もいる。

 

 五人もいれば反応は様々だ。

 葵はさらに声をか細くした。


「どうか、お許しください……」


「ちっ、わかったけえ、もう行け!」


「ですがそれでは、申し訳が……お名前を教えていただければ……」


「良いと申しちょろうが!」


 だらだら押し問答していると、空気が冷えた。


 見上げると、新たな男が姿を現していた。


「俺が斬りましょうか?」


 唐突な発言に、男達は一拍静まり返った。

 過激な志士たちと言えど、町人の女をいきなり斬り捨てるようなことはしない。


 だから葵も大胆に接触しているのだ。


 なのに若い男は平然と続ける。

「女、斬ってみたかったんですよねえ」

 

 まるで面白いおもちゃをもらった子供のようだ。

 彼だけ、周りの志士たちの緊迫した空気とまるで違う。


(なんなのこの人……)

 

 男の顔を見て、あれだけ激しく動き回っていた心臓が、止まった。

 

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