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5519大阪見廻り

「次はどこ行く?」


 藤堂は頭の後ろで手を組み、のんびり言った。

 今日は朝から、大阪での任務だ。


 商家に犯罪予告状が届いたということで、大阪へ派遣された葵達。

 

 まるで不幸の手紙のように色んなところにばら撒かれているという。なので、手当たり次第取り締まることになっていた。


 今のところ大きな問題もない。

 

 斎藤が地図と睨み合い、「こっちだ」と言いかけたとき――


「てめえ!」


 怒鳴り声に、沖田が真っ先に動いた。


「行くぞ」


 四人は頷き、中へ踏み込む。


「新選組だ!」


 相手は八人。見るからに荒れた身なりの不逞浪士だった。


「ああん? 新選組ぃ?」


 聞き慣れない名前に、どっと笑い出す。


「なんや小僧、刀なんか持って。どうせ人を斬ったことも――」


 空気が裂けた。

 沖田の姿が消える。次の瞬間、男の喉元に切っ先が触れていた。


「無駄な血は流したくない。大人しく縄につけ」


 男は声を失った。いつ抜いたのかも、どう踏み込んだのかも、分からない。


(目がいいと言われる私でも、ようやく見えるくらい)


 静まり返った浪士たちの中で、一人が唾を吐いた。


「……ビビらせときゃ勝ちと思てんのか」

「ナメんなや、ガキが。ここで泣かしたるわ」

 

 ぎろりと視線が葵に集まる。

「一番弱そうなん、あいつやろ。先に潰せ」

 

 数人が同時に踏み込んできた。

 

(来る……)

 

 一歩身を引き、流れるように刃を受け流す。すれ違いざまに軽く打ち据え、もう一人も崩した。

 

「なっ……速っ……!?」

「誰や弱そう言うたん。こいつ、ただもんやないで……!」

 

 動揺が広がる。だが、残る者たちが、なおも葵へ殺到する。

 

 途端に三人の動きが変わった。

 葵の前に、割り込むように影が滑り込む。

「下がれ」

 短く言ったのは斎藤だった。無駄のない一太刀で、葵へ伸びた刃を弾き落とす。


「そっちは行かせないっ!」

 横から藤堂が踏み込む。さっきまでの軽さは消え、荒い一撃で間合いごと押し返した。


 さらにもう一人が抜けて葵へ向かおうとした。

 刹那、沖田の疾風のごとき太刀が閃く。


 一太刀――のはずだ。

 

 それだけで、敵三人は同時に膝をついていた。手にしていた刀が、遅れて地面に落ちる。

  

 沖田が無表情に見下ろしていた。

 

「これ以上は無用だ」

 

 もう誰も向かって行こうとはしなかった。



  



 商家の外には大阪奉行が待ち構えていて、不逞浪士は捕縛された。


 引き続きの見廻りを行う。

 先ほどの騒ぎで『恐ろしく腕がたつ剣士四人がいる』と噂になった。

 おかげで刀を抜かなくとも相手の方が葵たちを恐れるので、小競り合いの処理は楽なものだった。


 日が暮れ始めた大阪の町。

 四人は一度宿に戻っていた。


「無事任務達成ですね」

 沖田に声をかけたが、彼は浮かない顔をしている。

 

「先ほどの浪士が予告状の実行犯いうことだけど、それにしては随分呆気ないな……」


「僕たちとの実力差に、抵抗する気力をなくしたんでしょ?」

 

 ふふんと得意げに言う藤堂。斎藤は刀をさっと拭くと立ち上がる。


「調べが入れば明らかになる。行くぞ」


 取り調べの場に、新選組も呼ばれていた。

 葵も畳から腰を浮かすと、斎藤に止められる。


「三人で十分だ」


「葵ちゃん、取り調べって言っても、綺麗なもんじゃないんだ。黙られたら、こっちも手段を選べなくなるし……痛みで崩れるのを待つこともある」

 

 藤堂が申し訳なさそうに言う。

 この時代の取り調べは容赦がない。悲鳴、呻き、血の匂い。女が見るものではないという彼らの主張はわからなくはない。


 静かに沖田が視線を伏せた。 

「葵さんに見せたくないのもあるけど、俺が……見られたくない」


 ――取り調べ中の「顔」

 誰かを追い詰めることに迷いがない顔。感情を切り離して、機械のように責める顔。普段の優しさがまるごと消えた、仕事としての沖田の姿。


 葵が「でも……」と口を開いた瞬間、沖田の表情が冷たく変わった。


「来ないで」

 彼はそれ以上何も言わず、背を向けた。

 

 一人取り残された葵は、畳に座り込んだ。

 

(私は、沖田さんの辛いところには踏み込めないんだ)


 自分は彼から、あたたかな陽の光だけを受けて、夜の冷たさを知らないふりをしているのではないか。


「まるごと受け入れるって、どうしたらいいのかな……」



 そのとき、旅籠の一階から荒い足音が上がってきた。



「うまくいったのう」



(長州弁……?)



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