4518お墓
《五章まであらすじ》
神木 葵は、朱い組紐に導かれ、幕末へタイムスリップする。前世の仇討ちを背負い、男(蒼井直清)として、新選組隊士になった。
新選組の男達に恋われても、葵の心にいるのは沖田総司ただ一人。
彼は五年後に結核で死ぬ運命だ。
「彼の笑顔を見ていたい」それだけの願いで、葵は歴史に抗う決意をする。
――しかし、残酷な事実が二人を引き裂く。
朱い組紐が切れれば、現世に帰され、沖田の中から、葵の記憶は消されてしまうという。
それでも二人は障害を乗り越え想いを伝え合う。幸せな日常が続く中、急遽大阪への出張命令が下った。
葵は前世の咎を背負って墓参りに行くのだが――
※二章に「蒼井直清の過去」があります
二人は黙ったまま歩いていた。
(佳代さんに、きちんと向き合わないと)
蒼井直清は佳代がいるのに他の女と婚約した。佳代は、裏切られた絶望の中死んだ。
喉をかき切られ、熱い炎に焼かれて――
近づくごとに、次第に胸が重くなる。
やがて視界の先に、低い山門が映る。
「葵さん」
不安を楽にするように、そっと沖田が背中に触れ、足取りを補強するように支えてくれる。
葵は頷き門をくぐる。
たくさんの墓石が並ぶ中を、葵はまるで場所を知っているかのように歩き出していた。
やがて一つの墓石の前で立ち止まる。
外れにぽつんと置かれていて、墓石を覆い尽くすように苔が生えている。
緑のそれに指で触れると、冷たく湿った感触がした。
「ここでいい?」
沖田が隣から手を伸ばし、丁寧な手つきで苔を拭うと、徐々に墓石に名前が浮かんでくる。
【小野家先祖代々之墓】
小野佳代の墓だ。
前世の罪を自分のことのように感じて、「隊を離れられない」と、半ば言い訳のように来ることを拒んだ墓に、両手を合わせる。
(来るのが遅くなって……ごめんなさい)
隣で、沖田も黙祷を捧げる。
やがて陽が傾き始め、冬の空気がいっそう冷たくなった。その時、後ろから砂利を踏む軽やかな足音がした。
「え……?」
振り返ると、清楚な着物姿の女性が立っていた。
松平千鶴——蒼井直清の元婚約者。
千鶴は葵の顔をまじまじと確認し、ぱっと顔を輝かせた。
「直清様? いいえ、でもとてもよく似ていらっしゃる」
彼女は慌てて口元を押さえた。
うっすら涙は浮かんでいたが、その表情は晴れやかだった。
「申し訳ありません、突然。女の方なのに……つい、声をかけてしまいましたの」
葵は深く頭を下げた。
「千鶴さま……ですよね。私は蒼井直清の遠縁の者です。直清が千鶴さまにしたことを、代わりに謝罪させてください」
千鶴は一瞬顔を伏せたが、すぐにまた柔らかく微笑んだ。
「いいえ……わたくしこそ、父が無理に縁談を進めたせいで、たくさんの方を傷つけてしまいました。
でも、こうして遠縁の方がお参りに来てくださった。きっと佳代さんも、喜んでいらっしゃいますわ」
彼女は葵の手を握った。温かく、力強い握り方だった。
「わたくし、今度結婚することになりましたの。 だから、どうか直清様にも心から……お幸せになってほしいと、そうお伝えください」
千鶴の声は明るく、祝福するように響いた。
その瞬間、胸に熱いものが込み上げた。
(……この人は裏切られたのに、こんなに前を向いている。 優しいだけじゃないんだ)
「千鶴さま。どうか新しい幸せを、精一杯掴んでください」
千鶴はにっこりと笑い、隣の沖田と葵を見比べた。
「あなたにもきっと、素晴らしい運命が待っていますわ」
千鶴の草履の音が遠くなる。
(千鶴さんは、前に進んでいる)
胸の奥が軋む。彼女が幸せになることを喜ばしく思う。その一方で、自分はいつまでも同じところにいる。
「前世の罪を背負うことはない」
優しさを拒み、葵は首を振る。
「直清さんも、私も同じなんです。大切な人はみんな、自分のせいでいなくなる」
直清は自分の裏切りで佳代を亡くし、
葵が飛び出していったせいで母は車に轢かれて死んだ。
(もし……)
自分はそういうさだめに生まれたのだとしたら。
指先に彼が触れたとき、それが確信に近いものになって、葵の心を凍てつかせた。
今隣にいる最愛の人もいずれ――
「俺はいなくならない」
嘘のない言葉。
少なくとも今の彼が発する時点では、一点の曇りもない。
想像に耐え難い結末は自分だけが知っているのだから。
葵の瞳の色が、夕闇を映し出して濃くなった。
(沖田さんに、もうこんな顔をさせちゃ駄目)
時を隔てて逢えなくても、彼の傍にいると決めた原点に立ち戻る。
ただ、笑顔を見るために。
そのとき隣で笑うのは自分でなくてもいい。
手をゆるやかにほどいた。
墓石に触れると、冷たいはずの石が、なぜかぬくみを帯びた。
――ありがとう葵さん
「佳代さん?」
墓石は変わらず静かに佇ずんでいる。
沖田は、葵が編んだ自身の組紐に触れた。
「俺にも……聞こえたよ」
(幻じゃないんだ)
前を向こうとしたことが佳代に通じたようで、葵は柔らかく微笑んだ。
「一緒に来てくれて、ありがとうございます」
笑い返した彼が手を繋いでくれる。
悴む指は冷たいけれど、心の氷よりずっと温かい。
じわじわ溶けるのを感じながら、山門を出た。
「夜は何が食べたいですか?」
「……斎藤がもう決めてるって言ってた」
「やっぱり、斎藤さん浮かれてますよね」
◇
その夜は魚すきを食べた。
宿に戻り、今夜はきちんと一人一組の布団に入る。
酒に弱い斎藤は先に眠り、藤堂沖田と「明日はどこから見廻ろうか」という話をしながら、
いつの間にか大阪初日を終えていた。




