★3517大阪入り
船から降りると京とは違う、逞しい活気があった。軒を連ねる商家の暖簾が風に揺れ、行き交う人々の足取りはせわしなく早い。
(景色は違うけど、現代の大阪のイメージと変わらないかも)
きょろきょろする葵に、藤堂がにっと笑う。
「商人の町だからね。気を抜くと財布ごと持ってかれるよ?」
「脅さないでくださいよ……」
軽口を交わしながら歩き出す。
ほどなくして宿に到着した。
小さな宿で、急な階段を落ちないように上へ上がった。襖で仕切られただけの簡易な和室で、四人一部屋だ。
沖田は六畳ほどの部屋を衝立てで区切り、藤堂と斎藤に告ぐ。
「一応わけるからこっちは入らないで。あと、葵さんが着替えるときは部屋から出てってね」
「すみません、ご迷惑をおかけします」
頭を下げると、藤堂の「気をつけるようにするから、遠慮なく言ってね」という明るいフォローが入る。彼はいつでも紳士的だ。
荷物を置くと斎藤は、無表情のまま藤堂を捕まえる。
「行くぞ」
「ええ? 僕、葵ちゃんと……」
「いいから来い」
去り際に斎藤は、葵を振り向いた。
「先程の礼だ」
そして藤堂を引きずるようにして行き、ぴしゃりと襖を閉めた。
(お礼って、私何かしたっけ)
ぽかんとしていると、沖田が肩をすくめる。
「瓦の話聞いてくれたからじゃない? あの話、誰も最後まで付き合わないからね」
「そうなんですか……」
確かにかなり長い話には違いない。斎藤は帰りも話に続きがあると言っていた。
三十石船は片道六時間、帰りは逆流になるので半日かかる。
(つまりあの話は18時間……)
斎藤たちの板を踏む足音が完全に聞こえなくなると、沖田の唇が、にこっと弧を描いた。
(あ、この笑顔……)
企む時の笑顔だ。
思わず身構えると、耳を疑う言葉が飛び出す。
「じゃあ、脱いでくれる?」
「え?」
邪気のない笑顔に、聞き間違いだと首を振る。
(そうだよ聞き間違いに決まってる。こんな昼間から、いや夜でも駄目だけども……)
とりあえず頭巾と袷羽織を取ってみる。
二つを握りしめたまま沖田を見つめると、彼はさらに笑みを深めた。
「全部」
「ぜ、ぜっ、全部って!?」
声が裏返る。
沖田の指が袴の紐にかかった。
「手伝おうか?」
器用に片手でほどかれ、袴が腿を伝って足元に落ちる。腰紐と胸紐を取られ、着物の前が開くと、綿入袷の分厚い着物は、肩から簡単に落とされた。
着物の下に着る薄い長襦袢だけになって、葵は畳をすり足で後ずさる。
「私、今日は……」
背を向けて、土色のざらつく土壁に手をついた。ぎゅっとまぶたを閉じる。
何も聞こえない。
窓の外の喧騒さえも。
おでこも土壁に付けたとき、背後で衣擦れの音がした。葵の身体は柔らかい布に包まれた。
目を開けると、女物の着物が肩にかけられている。
「これ……」
捜査などで役に立つかと持ってきた、古着屋で買った、女物の小紋だった。
「え……もしかして、これに着替えろってことでした?」
沖田は振り返った葵に目を落とす。
彼女は肩にかけただけの着物の襟を、合わせるのも忘れ前がくつろげていた。
握りしめたせいかその下の長襦袢が乱れ、障子から入る光で、鎖骨のあたりまで朱くなっているのが、やけに目立った。
「いや、ごめん。初めは着替えさせるつもりだったんだけど、ちょっとぐらっとは来てる……」
彼はそれ以上見ないとでもいうようにすっと畳へ片膝をつくと、順序よく着付けていく。
「でも、今日は墓参りに行くんでしょ?」
葵は驚いた。
蒼井直清の恋人の、佳代の墓に行こうと思っていたことを言い当てられたからだ。
「言ってないのに、どうしてわかるんですか?」
「前に佳代さんの墓が大阪だって言ってたからね。
蒼井直清の知り合いに会うといけないから、女の着物のほうがいい」
支度を終え、二人は宿を出た。




