幕間2 台所
二人は話しながら暗い炊事場に入る。
かまどの火は落ち、まな板には刻みかけの菜っ葉が放置されていた。
「これどこに置けばいいの?」
沖田が醤油が入った大徳利を持ち上げる。
「小瓶に移し替えてもらえますか? あと、味噌はこの木桶で、大根は干しちゃいます」
「了解」
葵は薪や水瓶をチェックしていた。一通り済もうかというとき、瓶が倒れる音がした。
「ごめん」
沖田が醤油を移し替えていて、小瓶をひっかけたようだ。
「拭くから大丈夫ですよ」
布巾で拭きつつ、ぱっと周りを確認する。整然と並ぶ大根の横で、沖田が結んだ大根はあっちこっち適当な向きに吊るされている。
味噌やほかの食材は、まだ台の上に広がったままだ。
(そっか、炊事場に来ないもんね……)
普段は葵たち新入りで炊事を担当している。
「頼んでしまってすみません。私がやるのでいいです」
「いや、これを機に覚えるから」
昔は食事の支度だってしていたんだ、と引き下がらない。ムキになるようなことでもないのに、葵はだんだんおかしくなってきた。
「沖田さんにもできないことがあるんですね。なんでも出来ると思ってました」
くすくす笑いながら、しまってくれた味噌の木桶を見た。
「ふふっ……ここ、味噌はみ出てますよ」
彼は拗ねてそっぽを向いている。
まるで子どもの使いのようで、葵は最後には口を大きく開けて笑っていた。
「あはは、沖田さんかわいい――」
突然ぐっと引き寄せられて、唇が重なる。まぶたが自然に閉じた。
(あ……いい匂い……)
味噌や醤油の生活の香りに混ざって、木の落ち着いた香りがする。
静かに唇が離れ、額が触れ合う。
「なんでもなんて出来ないよ。もしそう見えてるなら、格好付けてたのが上手くいってただけ……」
小さく甘えたような声に、葵の胸がきゅうっと縮まる。
お披露目から少し経ち、最近こんなふうに隙のあるところを出す沖田に、葵の心はさらに振り回されている。
(もう、これも計算なの? っていうくらいなんだけど……)
格好良いところはそのまま真っ直ぐときめくし、こういうところも可愛い。
「はあ、なにしても許せるなんて、結局大好きってことなのかな……」
「……葵さん、声に出てるよ」
照れ隠しによしよしと葵の頭を撫でて、そのまま荷物を持った。
「夜には帰る。冷えるからちゃんと火を入れてね」
「はい」
多忙を極める沖田と、任務以外で一緒にいられるのは久しぶりだった。
名残り惜しい背中が消えてしまうと、「よし」と気合を入れる。
入り口で声がした。
「すげーな! たまご本当に手に入ったのか!」
原田だ。
開いた風呂敷にあるたまごに、隣で藤堂も「すごい」と手を叩く。
葵が取引条件はニワトリの世話を手伝うことだと言うと、原田が大笑いする。
「わははっ、それで袴にフンなんかついてんのかよ!」
いつの間につけられたのか、白く乾燥したものが裾に付いている。恥ずかしさで顔を赤くし、袴をぱたぱた揺らす。
顔を出した土方が、呆れたように口を出す。
「ニワトリの世話ってお前……付近の見回り強化とか他にいくらでもあんだろうが」
「だけど、北の方の農家さんで、新選組の管轄外でしたので……」
「相変わらずクソ真面目で融通が利かねえ奴だな。んで、何にすんだ今日は」
「"たまごふわふわ"を作ります」
たまごふわふわとは江戸時代、将軍家のもてなし料理や高級朝食として親しまれていたらしい。近藤勇の好物だったとかで、葵の父がよく食べていた。
「へえ、いいね。葵ちゃん作り方わかるの?」
「大体は……」
藤堂が手元をのぞきこむ。葵は料理書を開いた。
★たまごふわふわ★
【材料】
たまご、だし汁(薄口醤油や塩で味付け)
【作り方】
①卵白をメレンゲにする
②①に黄身を加える
③だし汁を沸騰させて火を止めたら卵液を入れて蓋をして蒸す
★出来上がり★
葵が箸を四本まとめたもので泡立てようとすると、土方が横入りした。
「貸せ」
「なはは、鬼の副長が形無しだな」
「うるせえ、原田も藤堂も手伝え」
泡だて器がないので重労働だ。
(申し訳ないけど、助かる)
その間に鰹節でだしを取る。
いい香りが立ち込め、味見をする。
「意外に筋力がいるな」
「葵ちゃん、これくらいでいい?」
「まだあんのかよ〜」
後から来た炊事担当の隊士たちは、幹部が炊事場でたまごを泡立てていることに面食らっていた。
それを横目に、葵は次々作り上げていく。




