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幕間1 ニワトリ

――文久三年十二月――


「コケコッコー」


「うわっ!?」


 ニワトリが鳴きながらバサバサバサッと勢いよく羽根をばたつかせ、せっかく掃いたごみをまき散らかす。


 数十羽のニワトリが、じりじり葵に睨みを効かせていた。


 四散したごみを片付けつつ、持ったホウキに顎をつく。寒さに白い息を吐いた。

 

(小学校を思い出すな……)


 六年生で飼育委員だった。

 忙しい父が珍しく動物園に連れて行ってくれて、そこでうさぎに触った。それで、飼育委員になれば動物の世話ができると、安易に立候補したのだ。逃げ回るウサギやニワトリの世話は本当に大変だった。


「……この子、ボスに似てるかも」

 黒っぽい羽根のニワトリを当時そう呼んでいたのを思い出し、懐かしくなった。


「はい、どうぞ」

 エサを差し出すと、近づいたニワトリは、首を素早く左右へ回し、狙いを定めて葵の手のひらを高速で突き回した。


「いたいっ」

 慌てて手を後ろに引っ込める。意外に鋭いくちばしだ。鳥なので遠慮というものを知らない。手は赤く(あと)になっている。

  

 ここは小さな農家のニワトリ小屋。

 なぜこんな所にいるかというと――


「おう、新選組の坊主。まだいたんか」

 

 皺を刻んだ中年の男が、葵に声をかけた。

 彼はここの(あるじ)だ。


「もう終わりました!」

 てきぱきホウキを片付け、砂地の上に薄くわらを敷き直す。ニワトリ達は座ったり水を飲んだりして、快適そうにくつろいでいる。

 

「すぐ()を上げてこなくなると踏んだがなあ。まあ掃除をしたらって約束だったからな。たまご持って帰っていいぞ」


「ありがとうございます!」


「運搬は自分でやれよ」


 (あるじ)は、感心したような呆れたような顔をする。

「他のとこも回ってんだろ? よくやるなあ」


「……昨日も七軒ほど回ったんですけど全滅でした」


「冬はたまごは貴重なんだよ。また春になったら来な。いいの回してやるよ」


「助かります!」


 袋に入れてもらったたまごをしっかり抱えて、夕暮れの帰路を急ぐ。


「あ、お味噌なかったんだ」

 途中で色々買って帰ると、風呂敷やら木桶やら、荷物がいっぱいになってしまった。


 前から人が来るので、葵は端っこに避けた。葵と同じ年頃の娘達だ。皆、質素でも可愛い小袖を着て、高い声で笑い合いながら通り過ぎた。


 葵は紺色の地味な袴に目を落とす。女物の着物はお披露目のとき以来着ていない。着ていく場所もないので、大切に箪笥(たんす)にしまっている。

 顔を上げると、娘達の姿は小さくなっていた。

 

(……動くんだから。うん、袴は楽だよね)


 山盛りの荷物を胸の前で抱え、たまごだけは割らないようにと、さらに手首に袋を引っ掛ける。

 視界が荷物でふさがれるが、たまごがもらえた喜びで足は弾む。

 


 屯所に着くと、離れに近い方の裏門から入る。勝手口の戸を開けようとしたが、こんな時に限ってしっかり錠がかかっている。


(一回、荷物置かないと駄目か)


 後ろにさがると、とんっと背中がぶつかって、ひょいっと一つ二つの荷物がさらわれた。

 

「またそんなに抱えて」


 開けた視界に沖田がいた。


「も、戻りました……」

 

「うん、おかえり」


 嬉しそうにゆっくり目を細め、次々他の荷物も回収していく。葵が両手に抱えていたのに、彼は広い胸でバランスを取りながら片腕で全ての荷物を持っていた。


「見惚れてる?」


「……そうですね。筋肉が羨ましいなって」


「そこ?」


「同じだけ練習をこなしたら私だって、って初めは意気込んでたんですけどね……」 


 そもそも男であっても、沖田と同じだけ鍛錬を積むのは至難の(わざ)だった。

 

 以前は彼を、練習なんてしなくても、生まれ持った天賦の才だけでやってきた人なのだと誤解していた。

 

 しかし実際誰より剣に熱い。

 手を抜く隊士には厳しく指導し、稽古は意外に荒っぽかったりもする。

 色ごとや賭け事、そして食事よりも剣なのだ。

 

(そうやって情熱を傾けられるのも才能なのかな……)

 


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