★5-12 離れの角部屋
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「広い……!」
一般の隊士にも挨拶を終えて、離れの角部屋へ移った葵たち。
今までの倍はありそうな部屋を、葵は弾むように見て回る。
「角部屋だから窓も二つあるし……」
はっと、口をふさぐ。
(はしゃぎ過ぎた)
だけどそれも無理はない。
昨日、蔵でキスしてから今日にかけて女だったと公表し、なんやかんやで隊公認の仲になったのだから。
憧れの存在だと言い聞かせ続け、気持ちに蓋をし続けてきた、彼と。
今こうして二人きりで離れの部屋にいる。
「本当に広くなったね」
彼は葵ほどではないが、それでも縁側からの景色を確認し、床の間に愛刀を置いては、下がって見映えを確認したりしている。
「そんなに喜ぶなら、どこか借りてもいいな」
「部屋をですか?」
そう、と沖田は押し入れを開けるので、葵も一緒に布団を敷きはじめる。布団が畳に擦れると、い草の香りがした。
「二人で安心して住めそうなところを」
「けど沖田さん忙しいから、結局屯所にいたほうが……」
ずっと一緒にいられる……と言いかけて、気づけば布団は敷き終わっていた。
「……そうだ、沖田さんのご家族に挨拶などは……」
「近くに世話をしてくれる人ができた、程度に俺から知らせておくよ」
「それで大丈夫ですか?」
「うん、今はそれで十分。おいおい夫婦になるときはまたよろしく」
(夫婦に……って、普通に言うんだな。この状況にどきどきしてるのも私だけ?)
離した布団を、沖田がぴったり寄せ直す。
部屋の広さは十分余裕があるのに、彼がそうしたことの意味を想像してしまい、葵はさらに緊張し始める。
「おいで」
招かれるまま、そっと隣の布団へ腰を下ろすと同時に肩を抱かれる。
目をつむり、全神経で息遣いを追った。
――来る
肩が上がりかけたそのとき、熱が遠のいた。
(あれ……?)
眉の間に、小さな痛みを感じた。
ぱちっと前を見れば、目の前の沖田はいつも通り余裕な顔で微笑んでいる。
眉間を指で小突かれたようだ。
「力入りすぎだよ」
葵は後ろを向き、床の間の刀を見ながら、指で眉間のシワを左右に引っ張る。
(なんか私、期待してたみたいじゃない?)
深呼吸していると、沖田の気配が丸ごと消えた。
胸を押さえて息を止める。背後で空気が揺らいだ。
振り返る瞬間、耳たぶへ彼の指がかすった。
「ん……」
唇を呑み込むような口づけに、息を求め身体を反らそうとするが、後ろ髪に指を差し入れられ動けない。
結い上げていた紐がするりと床へ落ち、黒髪が首筋へ流れ落ちる。
五感だけになった身体は、力の方向を失い、彼の腕だけで支えられている。
その支えもなくなると葵は背中から崩れた。
布団の冷たさが、上からの熱と溶け合っていく。
目を開けるのが怖い。
だけど閉じたままももっと怖くて、葵はそっと薄目を開けた。
彼の瞳には、自分が遠く映っている。
「――いい?」
注がれる眼差しに、葵はもう一度目を閉じた。
――駄目
と、いう理由はどこにもなかった。
彼になら良いと、そう思うのに。
「ごめん、ずるい聞き方だった」
唇が離れ、あたたかい腕に包まれる。
「そんなに震えないで」
背中をさすられながら葵は、自分がどうして震えているのかわからなかった。
彼を拒絶したわけではないと、それだけは知って欲しくて首を振る。
「……ごめんなさい」
「こうしていられれば十分」
涙ぐんだまま見上げると、その視線を受け止めた彼が、困ったように微笑う。
「信じられない?」
「……そんなに優しくされると、申し訳なくて」
「自分のためだよ。無理させるほうが許せないから」
やっぱり優しすぎる答えに、胸が締め付けられたけれど、痛みはない。
しゅんとした心が、正しい位置にゆっくり戻っていく。
「好きです」
言葉がこぼれていく。
沖田は目を見開いたが、すぐに目を伏せた。
「……急に?」
「好きです。大好き――」
一度口にしたら想いが止まらない。
沖田の喉が微かに揺れる。
「ちょっと待って……勿体ない」
葵の口は、大きな手に塞がれていた。
「もったいなくないです。何回でも言いますから……」
阻まれても手を引き下げて続けるが、
背中に回った沖田の腕が、苦しいくらいに強くなる。
「我慢できなくなるから、やめて……」
めったに聞けない余裕がない声色だった。
葵は慌てて返事をする。
「ごめんなさい、やめます」
さっきは緊張を与えてきた腕が、今は寄り添ってくれる。
安心したら少し先に進みたい気もして、
だけどせっかく耐えてくれた彼の気持ちを無下にするようで、葵は口を閉じた。
同じ布団に身を寄せ合う。
心の中がくすぐったい。
ずっと空いていた部分が、沖田への想いで少しずつ埋まっていく。
反面、誰にも見せたことのない自分を素手で掻き出されていく。
(大好き……)
何度も四文字を反芻した。
声に出さなくても彼に伝わるようにと。
じきに、とけるように眠りについた。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
第5章「想い愛」までで、第一部完結となります。
葵が幕末の荒波に揉まれながら、自分の意志で正体を明かして居場所を掴み取る話でした。
第二部は、沖田総司さんとの関係性の変化がテーマになります。
隊公認の仲となった二人ですが、さまざまな場面で愛を試されます。
ぜひお楽しみください♪




