5−11お披露目③
後ろから、静かな足音が近づいた。
「藤堂」
沖田の声だった。
藤堂はびくりと肩を震わせ、ゆっくり顔を上げた。
「……沖田」
沖田は二人から少し離れたところで立ち止まる。
「悪かった。葵さんが女だって知ってて、黙ってた……でも、俺は譲る気はないよ」
藤堂は目を丸くして、その後小さく笑った。
「はは……慰めに来たのかと思ったら、傷口を刀でえぐってくるじゃん」
「うん、ごめんね」
「……いいよ」
藤堂は、立ち上がって葵の正面に立った。
「あおい君。いや、葵ちゃん……これからもよろしく」
葵はほっと胸を撫で下ろし、差し出された右手と握手をした。
「藤堂さん、私、藤堂さんのこと、本当に尊敬できる先輩だと思ってます」
藤堂は悲しそうに目を伏せたが、すぐにいつもの懐っこい笑顔を見せた。
「……葵ちゃんが女の子だって知っちゃったら、今までみたいに気軽に肩組めないな」
ぎりぎりの所でほほ笑ましく見守っていた、沖田の顔色が変わる。
「は? 肩組んでたの? いつ、どこで、なんで?」
「沖田独占欲強すぎ、怖いんだけど……」
「そ、そろそろ戻りましょう? 皆さん待ってますよ!」
空気が張り詰めたのを感じ、焦った葵は先を行く。
一番後ろを歩いていた藤堂は、沖田へ声をかけた。
「止めに来てくれてありがとう」
「なんでお礼? 邪魔しに来たんだよ俺は」
「いや、あそこまで言ったのに、全く気付かれないなんて……完全に脈なしだよ。恥かく前に止めてくれてよかったかもなって」
最後のは、強がりも入っていた。
「沖田、幸せになれよ」
「うん、藤堂も」
藤堂の前に紅葉がはらりと落ちた。足を止めてゆっくりと一枚拾い上げる。
指先で縁をなぞると、冷たい秋の感触が伝わってきた。
「……あおい君と見た、清水寺からの紅葉を思い出すな」
鮮やかに染まった山々や、風に舞う葉の音まで蘇る。
紅葉の木も、もうすぐすべての葉が落ちる。
季節が終わっていくことが、沖田と葵のいつかの別れを象徴しているようで、藤堂の柔らかい部分が剥がれていく。
――彼女を本気で愛せば、別れはもっと辛くなる。自分にはその覚悟が持てなかったのかもしれない。
それでも沖田は、その道を選んだ。藤堂は紅葉を大切に袖にしまい、静かに歩き出した。
襖の前まで戻ると、 中から近藤の声が聞こえてきた。
「さて、藤堂も落ち着いたみたいだな。 総司、葵さん、入れ」
沖田が襖を開け、
葵を優しく中へ促した。
土方はまだ仏頂面だったが、 その口元がわずかに緩んでいるのがわかった。
沖田が口を開くよりも先に、葵は深く息を吸う。
「皆さん、改めて…… 私は、神木葵と申します。今まで男として過ごし、皆さまにはたくさん助けていただきました」
一度頭を下げる。
皆水を打ったように静まり返っている。
「お役に立ちたいという気持ちは本物です。これからは本当の自分で頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします」
少し震える声で言い切ると、 近藤が大きく頷いた。
「ようこそ、葵さん。
新選組はただ、剣と志を同じくする者たちの集まりだ。大いに自身を役立ててほしい」
近藤はちらっと沖田を見る。
「まさか、葵さんが自ら話し出すとは思わなかったよ。腹が据わっていて、総司よりよほど漢らしかったんじゃないか?」
「先生……」
沖田が困ったように眉を下げると、近藤は、はっはっはと豪快に笑った。
「男というのは好きな女のことになると弱いものなんだ。……いい女を選んだな」
沖田は胸を開き、くっと顎を引いた。
「はい、そう思っています」
近藤は、沖田の男らしい表情を目にして、嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに微笑んだ。
「他の隊士の目もある。本来は隊規に触れるが……二人で離れの角部屋に移りなさい」
「感謝いたします」
近藤は分厚い手で、葵の肩に触れた。
「総司をよろしく頼むぞ」
その重みは、ただの言葉以上のものを伝えてきた。
まだ少年だった沖田を手ずから育て、剣だけでなく声の出し方まで似ているほどの二人。
肉親同然に可愛がってきた沖田が、いつ消えるかわからない未来の女を傍に置くことを、
近藤はどれだけ複雑な思いで眺めているのだろう。
「必ず、沖田さんを幸せにします」
葵の顔は真剣そのものだった。
近藤が言った『漢らしい』がそのままはまっていて、沖田はあえて乗ってみた。
「幸せにか……では、お願いします」
「おいおい、逆じゃないのかい?」
近藤が冗談めかして言うと、部屋からどっと笑いが起きた。
「沖田、いくら局長公認だからって、部屋でうるさくすんなよ?」
原田がにやにやすると、沖田はにこっと笑って「だってよ、葵さん」と、話を振る。
「はい、ご迷惑をおかけしないように、静かにします!」
「意味わかってんのかよ?」
原田はからかってはいけないと、ぷるぷると笑いを堪えている。
「さあ、酒宴を設けているからそこで皆にお披露目するといい」
皆が立ち上がる。
よろめく葵を、沖田は自然に支えていた。
仲睦まじい二人を見た近藤は、故郷に残してきた家族を思ったのか柔らかい笑みを浮かべていた。




