5-9お披露目①
「準備できた?」
「すみません、帯が上手く行かなくて……」
葵は一人で着付け中だった。
店で着方を教えてもらったときは、理解できたと思ったのに、屯所でやろうとすると上手くいかない。
「入るよ」
沖田が部屋に入ると、葵は部屋の真ん中で帯を持ったまま、助けを求めるような目をしていた。
「上手く帯が締められないんです……なんだか他も自信がなくて」
「少し直すよ」
断りを入れた沖田の手が、後ろの襟首をくっと引いた。
「衣紋はこれくらいかな。首がきれいだから、抜きすぎない方が品が出る」
続いて沖田は腰紐を手にした。前の裾を摘み上げ位置を調節し、しゅるっと腰紐を結び直す。腰から下の着物が腿からぴたっと綺麗にすぼまり、粋な線を描いている。
「うん、いいね。じゃあ次は帯いくよ」
帯を胴へ二巻して、「息止めて」と葵へ声をかけ、ぐいっと帯を強く締める。
その力強さに身体が浮き、葵は締め上げられた腹から、蛙のような声が出かけた。
沖田は慌てて、帯を掴んでいた手を緩める。
「きつくない?」
まだ少し苦しかったが、着物はこんなものと思い「大丈夫」と返す。
沖田が、眉を寄せる。
「その大丈夫ってのやめて……ちゃんと教えてくれないとわからない」
「……すみません。でも、やってもらってるのに……」
「それ関係ある? 着慣れないものを着るんだから我慢しないほうがいい。お披露目中に倒れられる方が困る」
「ごめんなさい」
しゅんと肩を落とすのを見て、沖田は頬に手を差し込む。
「怒ってるわけじゃないよ。無理しないでほしいだけ。わかる?」
こくんと頷いた葵の耳が熱くなる。
その熱を指先に感じた沖田はふっ、と口の端を緩めていた。
「じゃあ仕上げるよ」
首尾よく帯と小物も結び、あっという間に着付けが終わる。
「なんでも出来るんですね」
手を胸の前で組み合わせ、尊敬の眼差しを向ける葵。
沖田はいや、と首を振った。
「買い被りすぎ。形にはしたけど、正直、帯結びは自信ないな。髪は……」
「一つにまとめようかなと」
「貸して」
紐を取ると、ぎりぎり結べるくらいの長さになった葵の髪に触れ、沖田は思い出し笑いをする。
「月代にされなくて、本当に良かったね」
月代は、額の生え際から頭頂部の前半分あたりまでを、ツルッと剃る髪型だ。葵は、タイムスリップしたときは、不揃いにぶつ切りにされた、短い髪だったのだが、
「髷も結わずに、不逞浪士みたいだから髪を剃れ」と、土方に言われたことがあった。
「懐かしいです。あの時沖田さんがうまいこと言ってくれて、剃らずに済ましたけど……」
「おでこが丸いし、剃っても似合ったと思うけどね」
女なのに月代が似合うと言われるのは褒められているのだろうか。
複雑な気分でいると、
「はい、髪もできた」
言い終えて正面に回った沖田は、葵の姿にしばらく見惚れた。
薄紫の着物には七宝の地紋があしらわれ、黒地に銀糸の博多帯が粋に結ばれている。
華美ではないが、かえって彼女の凛とした容姿を引き立たせていた。
彼はううんと唸って、さらに上から下まで三往復ほど見た。
「……失敗したかな」
「え……!」
驚いた声を出すと、葵の身体はぴったり彼に包まれていた。ちょうど頭一つ分違う高さにある顎が、葵の頭に乗り、ため息交じりの声が落ちる。
「閉じ込めておきたい」
そっと葵が沖田をすくい見ると、優しい眼差しが注がれていた。
「嘘。でも少し……いや、かなり浮かれてはいるな」
甘さと熱で、せっかくの着物が汗ばみそうだ。葵が小さく身じろぎすると、するっと腕が解ける。
「行こうか。混乱を避けたいから、先に幹部に話そうかなって」
手を引かれ、足袋で床をすって歩く。
ふわふわ身体が浮いているようで、固いはずの板敷きの廊下が柔らかく感じる。
土踏まずが攣りそうだった。
襖の前で立ち止まる。
中からは藤堂や斎藤の声がしている。
「……緊張してきました」
膝が笑い始めた葵に手を添え、沖田はふっと微笑んだ。
「大丈夫だよ、隣にいてくれれば」
「余裕なんですね……」
自分だけがこんなふうになっている気がして、情けなかった。
すると、彼は普段と変わらぬ表情のまま、
「全然余裕ないけど。って言ったら信じる?」
葵ははっとした。
(……そうか、沖田さんも顔に出ないだけで緊張してるんだ? 頼り切ってないでしっかりしないと)
しゃんと背筋を伸ばして沖田の手を取る。
「大丈夫です。私ちゃんと自分の口から説明しますし、沖田さんは座っていてください」
沖田は吹き出していた。
「あはは、信じないでよ。葵さんがあんまり震えてるから冗談言っただけ」
「ひどい……」
「ほら、笑って。緊張してる顔も可愛いけど、笑顔の方が好きなんだから」
内心舞い上がりそうなほどときめいたが、葵は照れ隠しにむくれた。
「……前から思ってましたけど、どこからそういう甘い台詞が出てくるんですか」
「本心からかな?」
「もう……」
その時襖が、がららっと開く。
土方だ。素早く後ろ手に襖を閉めると、ニヤッと笑う。
「お、さすがにいい女だな」
沖田が口をとがらせる。
「はあ、だから見せたくなかったのに」
「女の格好のが良いって言い出したの、沖田さんですよ?」
「そうだけどさ」
土方は呆れてため息を吐く。
「おい、いちゃいちゃしてんじゃねえよ。先に俺から軽く話したんだが……藤堂が……まぁいい、さっさと中に入れ」




