5-7土方への告白②
未来から来たという葵に、土方は疑問をぶつける。
「葵、お前はずっとここにいるのか?」
「……私にもわかりません。組紐が切れたら帰るようです。
それが、蒼井直清の未練の解消なのか、時の経過なのかはわからないんです……」
煙草の煙を吐き出し、土方は帰還のことには触れず、仇の話題を持ち出した。新選組隊士も大分やられているので、情報があれば流すとのことだった。
葵は礼を述べ、歴史を変えるということをもう一度考えてみた。
(沖田さんの言う通り歴史を変えると、その後すべてが変わってしまうのかもしれない……)
隣にいる沖田。
葵のために首まで懸けると言ってくれた彼は、五年後に結核で死ぬ。
痩せ衰え、咳に苦しみ、仲間と離れて一人で逝く。
想像するだけで葵は、胸から血が流れ出るような痛みを伴う。
何に背くことになっても、ただ黙っていることは出来なかった。
「……私は医者ではありませんが、未来の知識はここでは十分お役に立つかと思います」
健康や衛生面に関すること。結核の予防法など、思いつくままに伝える。
土方は「使えそうだな」と興味を見せた。
「葵さんを医療担当にしたらどうですか」
沖田が再度土方へ訴えた。
「沖田さん、私は仇を自分で探したいんです。蒼井直清と約束したんです」
「……危険な目に遭ってほしくないんだ」
それでも引き下がらないでいると、土方が煙管を打ちつける。
「どうしてもというなら、俺は女だろうと容赦はしない。危険な任務でも関係なく任せるぞ」
「それで結構です」
土方は頭を下げる葵を見て、もう煙草は吸い終えたというのに、細く長く息を吐く。
仕切り直しというように膝を打ち、思いもかけない言葉を口にした。
「女だってことは、いつ隊内に明かすつもりだ? このまま隠し通すのも面倒だろうが……お前はどうしたい?」
葵はさらしでぺたんこにした胸に触れた。
毎日男装を完璧に保つこと。
声のトーン、歩き方、風呂の時間、着替え、怪我をしたときの対応……
全部が神経をすり減らす。
特に最近は、
「蒼井の奴、なんか女みたいだよな」
「手が細いよな」など、小さな違和感を指摘される回数が増えていた。
「……言ってもいいのでしたら、明かした方が、楽になれる気がします」
「葵さん……本当にいいの?
隊内に女がいるって知れたら、かなりざわつくと思うけど」
土方は腕を組んで、ニヤリと笑った。
「はん、総司は葵を独り占めしたいだけだろう? 隠し事はいつか火種になるぞ」
「ですが、男の装いをしていても、特別な視線を向ける隊士もいるというのに。女だと知れたら……」
「総司の女だと言えば、誰も手を出さねえだろ」
示し合わせたように沖田と葵は黙り込む。
「は? 違うってのかよ? 同じ部屋で寝起きしてて、今まで何にもないってか?」
答えたのは沖田だった。
「……土方さんが思っているようなことはありませんよ」
「随分純情なんだな」
「はい、遊びのつもりはないので」
迷いなく言い放つと、
沖田は葵の柔らかな頬を、指の背で優しくなぞる。
「重い?」
胸に熱いものが込み上げる。
葵はただ懸命に首を振った。
「じゃあ決まりだな。今日の夕刻にでもお前の女として正式に表明しろ」
置物のようになった葵を、沖田が覗き込む。
「葵さん、確認するけど……男が人前で『自分の女』として紹介する行為は、この時代ではただの恋人とか、気軽な付き合いって意味じゃない」
「……はい」
「男の矜持の全てを引き渡すことと同義だ。一蓮托生。つまり、妻に……」
葵の瞳が大きく揺れる。
様子を見ながら、沖田は調子を軽くして言い直した。
「いや……妻に近い関係だってことになる」
沖田は大切なものを触れるように、もう一度葵の頬を両手で包む。
「俺は本気だよ。……ただ、気持ちが追いつかないだろうから、形だけでもかまわない」
彼が本気であることは、首を懸けるという発言以外にも、
すでに痛いほど伝わってきていて、軽い気持ちで返事をすることは出来なかった。
色々飛び越えることに驚きはあった。だが葵の気持ちは決まっている。
阻むものがあるとすれば――
「……私は、いついなくなるか分からない身です」
「それは承知の上だよ」
きゅっと唇を噛む。
(今言わなくちゃ駄目だ……)
「……組紐が切れたら、私に関することは沖田さんの記憶から消えるんです」
一息に言ってしまうと、葵は俯いた。
こんな大切なことを、一瞬でも隠そうとしたことが信じられなくて、沖田の顔が見られない。
腿上で握りしめていた手に、彼の大きな手が重なる。
「葵さんの気持ちを聞かせて欲しい」
「私は……」
赦されるなら云いたい言葉があった。だけど口にしてもいいのか。迷いが消えてくれない。
葵は、誰に何を赦されたいのかわからなくなっている。赦されたい人は、こんなにも自分を想ってくれる彼なのだろうか。
だけど、沖田に全ての重さを渡すわけにはいかないとかぶりを振る。
襟を正して背筋を伸ばした。
「……私はこれからも、沖田さんの傍にいたいです」
沖田は答えがわかっていたかのように優しく微笑み、葵を抱きしめてくれた。罪悪感が蝋のように溶け出していく。
「おいおい、俺の前で惚気るなよ。二人でやってくれ」
沖田は今気づいたという様に煙管に目を止め、眉を寄せて持ち主を見つめた。
土方は静かに首を振っただけだった。
「土方さん……感謝申し上げます」
沖田は深々と腰を折る。
煙管は土方が普段愛用していた、金蒔絵のものではなく、黒塗りの質素なものに変わっていた。
それが意味するところを葵は知らなかったが、沖田は顔を上げても固く唇を結んでいた。




