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5-6土方への告白①

「私の首に代えても」


 沖田の声だ。


 襖の前で耳をそばだてていたら、はっきりそう聞こえ、葵は部屋に飛び込んでいた。


 二人が驚いた顔をしている。

 いつも人の気配に敏感な沖田さえ目を見開いている。よほど話に集中していたようだ。


「勝手に開けて申し訳ありません。沖田さんの声が聞こえてしまって……」


「とりあえず入れ」


 お辞儀をして(ふすま)を閉め、まだ呆気にとられている沖田の隣に正座した。

 葵は顎を引いて話し出す。


「副長である土方さんに刀を当てるなど、あるまじきことかと思いますが、全て私が元凶ですので……」


 土方はめんどくさそうに「もうその件はいい」と片手を振った。


「あおいを危険な任務から外せというんで、正体を明らかにしろと詰めていたんだ。

だが口を割らねえで、自分の責任で引き受けると言うんでな」


 それで沖田の首を懸ける話になったというので、葵は身震いした。


「任務も今までどおりでも構いませんし……私の正体も全部話しますから」


「葵さん、ちょっと黙ってて……」


 沖田は今にも葵の口を塞ぎそうなほど焦っているのが、顔にそのまま出ている。


 庇い合う二人に、土方は呆れた顔をする。


「なんなんだよお前らは。もういいだろう総司。本人が話すって言ってんだ」


 話し方次第では、土方がどう出るかわからない。沖田はそれを心から案じているようだ。


 それでも葵は首を振った。

 土方が副長を務めているのは、剣の腕もさることながら、その統率力と観察眼にある。彼へ下手な小細工は通用しないと、葵は初めから正直に話した。


 話が進むにつれ、土方の眉間の縦皺が一層深く刻まれる。



「総司、お前はこれを信じてんのか?」


 自然な反応だ。

 未来から来た、前世の仇討ちを託されていると言われて、信じた沖田が稀有(けう)なのだ。


「信じています。だいたいそれ以外に、蒼井直清と瓜二つな女がいる説明がつきません」


「双子の妹とか……あおい、いや葵? が嘘をついてるようにも見えねえが……」


「……女の身で男の人と打ち合えるわけがありません。この組紐のおかげなんです」


 土方は、葵が差し出した右手首の朱い組紐を、妖でも見るように目をすがめる。

 

「葵、本当に未来から来たっていうんなら、なんか予言してみろよ」


(私が知ってる歴史の事件って……

池田屋事件あたりとか、江戸幕府が負けて江戸時代が明治時代になることくらいなんですけど)


 後はこまごました隊士たちの逸話と、

――沖田の結核


 しかし、この中でどれを言えばいいのか迷ってしまう。特に、江戸幕府が負ける話は、そのまま新選組の悲惨な終焉(しゅうえん)につながる。


「私、歴史はあまり詳しくなく……」


「ああ? 俺たち新選組に関すること、何か一つくらいあんだろうが」


「……新選組は未来ではあまり有名ではないんです」


 苦し紛れな言葉に、沖田がぴくりと反応した。


 葵は浪士組が新選組になることを事前に知っていた。それなのに今は、新選組は有名ではないと言う。どこか矛盾した話を、沖田は不審に思ったのかもしれない。


「未来を葵さんに聞くのはやめましょうよ。自分が過去に行って、歴史を話せって言われたらどうですか?

いい未来なら言えるでしょうが……

たとえば家康公に『三方ヶ原で大敗する』みたいな真実を言えますか?」


「進言した上で家康公を勝たせればいいだろうが」

 

「そんな無茶苦茶な……その一点を変えたせいで、死ぬ者が生き、生きる者が死ぬかもしれない」


 葵はもっともな正論に(うつむ)いた。本来五年後に死ぬはずの沖田の余命をどうにかしようと、それだけで日々行動しているのだ。


「とにかく、ここで喋らせるのは酷です」


 土方は憮然としている。

 葵は何かないかと素早く記憶の海をさらう。


(あ……これなら言ってもいいかも)


 控えめに手を挙げた。


「元号が変わります。文久(ぶんきゅう)から来年の初めには、元治(げんじ)という元号に変わるはずです」

 

「ほう。……来年は甲子(かっし)だ。『改元がある』なんて誰でもわかるぞ。だがお前は、迷いなくその年号を口にするか」


 土方は小さく鼻を鳴らし、「元治か……」と名をなぞる。


「土方さん、葵さんは不可抗力でここに来たんです。

決して新選組を(あざむ)こうと、女の身を偽ったわけじゃ……」


 土方が手で制し、咳払いをした。

 閉じられた二重まぶたの裏で、眼球が気忙しく動いている。


 葵は息を止め、判決を待つ罪人のように胸の前で手を握りしめた。


 やがて審判が下る時が来た。

 土方は顎に添えていた手をゆっくり下ろした。


「お前が今まで築き上げてきたものに、信を置く」


 それだけだった。

 しかし、積み重ねた時間が認められたことに、葵は瞳に涙を(たた)えた。


 あぐらを組み直した土方は、取り出した煙管(きせる)で、沖田を指す。


「総司を切るわけにはいかないからな。確信犯め」

  

「冗談ではありませんよ。本心です」


 彼が即座に返すと、土方は目を伏せた。

 

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