表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/77

5-5居場所


 唇が、触れかけた――



 けれど届かない。


 引き裂かれるように、指先が離れていく。


『来世で、約束を――』

 誰かの声が遠くで掠れた。














 

 重いまぶたに陽の光が差し込む。


「ん……」 


 近頃冬が近づき朝は冷える。だというのに、今日はあたたかく心地よかった。

 薄い掛け布団からは得られない、堅いのに柔らかい不思議な感触。


――この感じ、ずっと前から知ってる


 そっと目を開ければ、沖田に抱きしめられていた。健やかな寝顔を見るだけで鼻の奥がつんとする。


 自分の唇に触れる。

 遠い記憶が疼くように胸の奥が熱くなった。


 何かを忘れているような。


――忘れる――


(沖田さんに、忘れられちゃうのに……)


 隠したまま口付けを受け入れてしまった。

 自分が彼を覚えていればいいと。

 

 いつの間にか、透き通る黒い瞳がこちらを穏やかに見ていた。


「おはよう」

「おはようございます」


 自分のずるいところを見透かされたようで、腕から抜け身体を布団に滑り込ませた。


「何で隠れるの?」


「いや……」


 布団の感触も手足の感覚もはっきりある。

 キスも、今こうして彼の腕で朝を迎えているのも夢ではない。今さら恥ずかしさが出てきた。


 

 潜り込み長々と出てこない葵に、沖田は布団をめくった。


「出ておいでよ」


 彼の寂しそうな笑顔を見ると、胸の内をずたずたに引き裂かれるような痛みと、甘い蜜のような疼きが沸き起こる。 


 

 すっと半身を起こして布団から離れると、朝の冷気に襲われ身体が震えた。


「葵――」

 

 沖田に手を引かれるがまま、大きな胸に飛び込んだ。


「……昨日はごめん。本当は帰すべきだってわかってるのに」


 葵は首を振る。

「ここにいたいと、そう言ったのは私ですから」


 背中を撫でていた彼の手が、つと止まる。


「隊が決めたことなら、俺は今後も従う。次の日には普通に飯も食べるし、いつもみたいに笑える」


 弱々しい声の裏にあるものを感じ取ろうと、葵は耳を澄ませる。


「葵さんと俺は違う……」


 部屋が静まると、彼が息を吸う肋骨が広がる音だけが目立った。


 沖田の言葉はどれも葵を突き放すものばかりで、そしてことさらに自分を傷つけようとするものだった。


 『もう苦しまないでほしい』と慰めたかった。他にも色んな言葉がこぽこぽと湧き水のように浮かぶが、収束するのは結局一言。

   

「傍に、いたいです……」


 幾度も沖田に伝えてきた言葉だ。

 葵と自分は違うと言い切る彼の目には、何が映っているのだろう。

 天井か宙かを一心に見詰めている。


 葵は身動きできなかった。


 冷えたと思った身体は沖田にすっかり温められた。

 陽が動き、影の向きがわずかに変わったころ、彼はやっと口を開いた。

 

「土方さんに女だって伝えた?」

 

「……恐らくお気づきだと思うのですが、最終的には男でいいと言ってくれました」

 

「よし」

 沖田は気合を込めて立ち上がる。黙々と身支度を終え、葵へ再度問いを投げる。


「……本当にここにいたい?」


「はい」

 力強く頷いた。


 沖田は返事はくれなかったが、ふっと目を細め襖の前で振り返った。


「ちょっと出てくる」


 彼が出ていくと急に心もとなくなった。

 手首の組紐に指をかける。

 何本もの糸が複雑に組み合わさって、綺麗な模様を紡いでいる。

 密度がしっかりあって簡単に切れそうにはない。それは、葵の不安定な心を落ち着けた。


(組紐が切れたら忘れられちゃうのに、傍にいたいだなんて。本当にこれでよかったのかな……)


 沖田に真実を言わないのはずるいことなのだろうか。

 どのみち忘れられるのなら、言っても言わなくても同じと居直れたら楽なのに、とため息をつく。


「沖田さんどこに行ったのかな……」


 胸騒ぎがした。

 昨日沖田は、鞘のままとはいえ土方に刀を当てていた。 

 さっと血の気が引く。


 襖を勢いよく開け、急いで土方の部屋に向かった。 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ